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第5のカレンとレディ“D”(1)

ご無沙汰してしまいました。

今日から三日連続の投稿です。

お楽しみいただけたら幸いです。

「レディ、こう…もうちょっと引き手の肘を張って」


「はい」


 カレンは、低くはない木の上で弓をつがえていた。

 今日は弓技に特化した第5部隊での訓練だ。



 以前、第5部隊隊長のエルメが願ったとおり、カレンは特別枠で第5部隊に所属することになった。

 領主夫人の立場ではあるが、有事の折りには出動が可能となる。


 ジェラルドは予想どおり渋ったが、最後はカレンの願いを聞き入れた形となった。

 しかし、承諾した後もなお、カレンの第5部隊入りを快く思ってはいないことは、カレンはわかっていた。


 その理由のひとつに、カレンの直接の指導者が“ラック”という、訳ありの射手であることにあった。



「ラックはホレ…ちょいと変わっとるが、射弓の腕はワシが保証する」


 第5部隊隊長の老エルメの言う“変わっとる”の真意はわかりかねたが、エルメはカレンの直属の上司だ。信用して黙って受け入れる。


 しかしカレンの予想に反して、初めて会ったラックは、極めて常識的な対応でカレンに接した。

 なるほど、決して必要以上は喋らないし、打ち解けもしない。言うなれば素っ気ない。


 だが、嫌な感じは受けない。


 ダヴィネス軍のいわゆる変わり者には数知れず合ってきた。今度は一体どんな変わり者に指導されるのか緊張していたカレンは、少し拍子抜けしたのだ。



 カレンは第5部隊に所属してから、訓練の後、たまに兵舎の食堂でランチを取っている。

 最初こそ騎士や兵士達の視線が痛かったが、今は敢えて何でもない風を装ってくれているのか(たぶんそうだろう)カレンへの注目はそれほどでもなくなり、カレンもホッとしていた。

(但し、チラチラとした視線は常に感じている)


 訓練を受けたある日のランチの時間、カレンは老エルメと護衛のネイサンとで食堂に向かった。


 ふと見ると、ラックが一人でランチを取っている。


「あ、ラックだわ。ねぇ、声を掛けてもいいかしら?」


 何も考えずにネイサンに聞いた。


 しかしネイサンは予想に反してカレンの言葉に眉を曇らせた。


「……すみませんレディ、俺はラックとは一緒に食事は取れませんので…」


「?」

 どういう意味だろう。

 所属の違う者とは一緒に食事しないということだろうか?

 でも、普段は別の騎士団の騎士や兵士達とも気軽に食事しているのをカレンは知っている。射手隊だから、という訳でもないだろう。


「フォッフォッ、レディ、ラックのヤツはいっつも一人なんじゃて。気にせずともええ。さ、ワシらはここでランチじゃ」


「…はい」


 カレンは老エルメの言葉について考える。

 いっつも一人って…?一匹狼とか?

 よくわからないが、取りあえず老エルメに従って席に着いた。


 カレンはランチを取りながら、それとなくラックの様子を伺う。


 不思議なことだが、誰一人、ラックには話し掛けない。

 ワイワイとした賑わいの中、まるでラックの周りだけ静かな空間ができているようだ。


 通常、騎士や兵士にとって厳しい任務や訓練の間に取る食事は、息抜きの楽しい時間だ。

 顔見知りであればもちろん声を掛け合うし、そうでなくても気軽に挨拶程度は交わすはずだ。

 和気あいあいと“同じ釜の飯を喰う”のは、同じダヴィネス軍に属する者同志の仲間意識の最たるものではなかろうか。


 カレンは改めて、ラックという男をまじまじと観察する。


 初めて会った時にも思ったが、その飄々とした雰囲気は独特で、体型は射手に多いタイプの小柄ではなく、細身ではあるがしっかりとした体躯の長身だ。

 アッシュブロンドの長めの髪は無造作にひとつくくりにしており、その瞳は濃いブルー…整った涼やかな顔立ちをしている。


 と、あまりに見つめ過ぎたのか、ラックがふとカレンを見た。


 あ


 カレンは気まずさに咄嗟に目線を外す。


「ラックが気になるかの、レディ」


 ふいに老エルメに声を掛けられて、カレンはハッとして慌てた。


「い、いえ…」

 ラックを観察し過ぎたことを悔いる。


「レディは正直者じゃてな…」

 老エルメはニヤニヤしながら、水を飲んだ。


「エルメ卿、レディにあまりに失礼な物言いは…」

「いいのよ、ネイサン」

「しかし…」


「ほんならお前がラックのことをレディに説明するがええ」

 面白そうにカレンとネイサンのやり取りを聞いていた老エルメが提案した。


「!」

 ネイサンは思わずグッと口をつぐんだ。気まずそうな顔でフォークを口に運ぶ。


「?」

 こんな反応をするネイサンは珍しい。

 カレンは益々謎が増す。


 ラックには、何か秘密があるの…?


「さすがにネイサン…お前の口からは言いにくいかの…レディ、知りたかったらザックのヤツか…いや一番エエのはジェラルドに聞くことじゃてな」


「…はい。わかりました」


 なんだか的を得ないが、老エルメの言葉には従おう。(直属の上司だし…)


 カレンは再びラックのいる席を見たが、既にそこにラックの姿はなかった。


 ・


「ジェラルド、お聞きしたいことがあります」


「ん?なに?」


 ディナーを終えたタイミングで、カレンはジェラルドにラックのことを尋ねることにした。


 ダイニングにはモリスやニコルといった、いつもの使用人達だけだ。


「ジェラルド、『ラック』のことを教えてください」


「……」

 ジェラルドは微笑みを仕舞って真顔になると、精悍な顎に手を充てカレンの瞳をじっと覗く。


 ん? 私何か不味いことを言ったかしら??


「カレン、ヤツに何かされた?」


 え?


「まさか! 違います」


「ではなぜ」


「なぜって…なぜですか?」


 素朴な疑問だ。


 でも…なんだろう。部屋の空気が少し硬くなった。

 …ジェラルド、怒ってる…?


 カレンはジェラルドの深緑の瞳を見つめるが……


 違うわね、怒ってるんじゃなくて…迷ってる?


 ジェラルドはカレンから目を逸らせた。

「…長い話になる。場所を変えよう。モリス」

「はっ」


 ジェラルドはモリスに何か言いつけると、カレンの手を取って立ち上がらせた。


 ∴


 カレンとジェラルドは、枯れ葉がまばらに落ちた夜の庭の小径を手を繋いでゆっくり歩くが、ジェラルドは黙ったままだ。


 護衛は二人の話が聞こえない程度の距離を保っている。


 ガゼボに着くと、カレンを座らせてジェラルドも腰を落ち着けた。

 目の前のテーブルには、二人分の食後のお茶が既にモリスによって用意されている。

 しかし、モリスの姿はなかった。


 カレンは気まずさを感じて、お茶を注ごうとティーポットに手を伸ばした。


「私が」

 カレンの手が届く前に、ジェラルドがティーポットからそれぞれのティーカップにお茶を注ぐ。


 秋の初めにふさわしい、よく燻されたお茶の香りが漂う。


 カレンはお茶を一口飲んだ。


「ラックは…」


 ジェラルドがようやく言葉を発した。


 カレンはジェラルドを見る。


「元は騎士団に所属していた」

「! …そうなのですね」


 ジェラルドは頷く。

「ザックの同僚だった」


 カレンは黙ったまま、ジェラルドの話を聞く。



 ラックは剣技もさることながら、弓技にも秀でた未来を嘱望された騎士だった。


 ラックには双子の妹がおり、妹はダヴィネス城の薬房の手伝いをしており、薬師の道を目指していた。妹の下にも弟妹がおり、二人に両親はおらず、共にダヴィネス軍に従事して二人三脚で弟妹達を育てていた。


 妹はラックによく似た整った風貌をしており、その柔らかな対応も相まって、薬房に出入りする機会の多い騎士や兵士の間でも噂になるほどだったという。


 程なくして妹はある騎士と恋仲になり、交際はラックも認める所で、二人の仲は順調かと思われた矢先、事件が起こった。

 あろうことか、嫉妬にかられた兵士数名によって、妹は乱暴されるという最悪の事件が起こったのだ。


「…!!…」

 カレンは大きく目を見開いた。


「事件を知ったラックは、その兵士達を立ち上がれないほど…言葉は悪いが、半殺しにしたんだ」

 ジェラルドはカレンを見ずに、続ける。

「…妹は事件のショックで心を病んで…以降引きこもりの生活を強いられている」


 なんてこと……!

 カレンは口を手で覆う。


 軍の騎士や兵士同士の喧嘩はご法度だが、事が事だけに、ラックには除名ではなく謹慎の処分が下った。


 しかし、それが事の終わりではなかった。


 交際相手の騎士は、悲観に暮れるラックの妹を見舞うことも省みることもせず、なんとなに喰わぬ顔で商家の娘と婚約したのだ。


 これを知ったラックは、元交際相手の騎士を二度と剣を持てなくなる程に殴り倒した。


 ラックにはさらなる謹慎と降格の処分が下されたが、除名すべきとの声もあったと言う。

 しかし、アイザックの必死の取り成しを受けたジェラルドの指示で、除名にはならなかった。


 元交際相手は騎士を続けることは難しく、騎士団は退団し、婚約者とも別れて他領地へと去った。


 しかし、当のラックは、所属していた当時の騎士団長やジェラルドの謝罪さえも受け入れず、ダヴィネス軍に残ることを固辞し、退団を望んだと言う。


「騎士の有り様や、ダヴィネス軍自体に疑問を持ったようだった」


 カレンは、それはそうだろう、と思った。

 大切な存在を、最も信頼する者達から裏切られる形で傷付けられたのだ。

 軍への不信感が募ったに違いない。


「…しかし、」

 ジェラルドはカレンへと顔を向けた。

「事情を知ったエルメが、ラックを第5に引き抜く形で引き留めたんだ…『軍を辞めて、どうやって弟妹達を養うんじゃ』と現実的に説得したらしい。以来、第5部隊に属している」


「エルメ卿が…」

「ああ。ラックの弓技の腕をみすみす見逃すようなエルメではなかったということだ」

「ラックは戦場にも?」

「ああ…淡々と仕事をこなしていた」


 でも…


「あなたの見た通り、誰とも馴れ合わない。元々飄々としたヤツだったが…騎士とはおろか、第5の射手達とも…ダヴィネス軍の者からは距離を置いている」


 カレンは、ふと食堂でのネイサンの反応を思い出した。

 ネイサンは「一緒に食事を取れない」と言った。

 もしかしてあれは…


「あのジェラルド、もしかして…」


「?」


「騎士団は…ダヴィネス軍は、ラックに後ろめたさがありますか…?」


 ジェラルドは眉間にシワを寄せ腕を組むと、短いため息を付き、カレンを見た。


「…全く、あなたの勘働きにはまいる…そうだ。我らはラックに負い目がある」


 カレンは、やはりそうか、と合点がいった。


「ラックの妹君への酷い出来事は、ダヴィネス軍の恥ずべき汚点だ。元婚約者の所業も然り。どうやっても償えることではない…あのことがあってから、騎士や兵士の修身は徹底しているが…」


「ラックには遺恨が残っていると?」


「それはそうだろう。ヤツの態度に如実に表れている…」


「でも、本気で辞めようと思ったら、辞めていたはずです」


 カレンは指導中のラックを思い出す。

 確かに態度は極めて素っ気ないが、指導そのものは的確だし丁寧だ。礼を欠いてもいない。カレンが指導通りに取り組めば、言葉少なだがキチンと誉めてくれもする。

 カレンの指導は老エルメから言われたからだろうが、本当に嫌ならば、領主夫人の指導など面倒なばかりだ。断ることだってできたはずだ。


 カレンが思うに、ラックは紛れもなく、礼儀正しく忠義に厚い騎士そのものだ。


 ラックに遺恨はあるのだろうか…むしろこだわっているのは…


 ここまで考えて、チラリとジェラルドへ目線を移した。


「ん?」


「ジェラルド、私『第5のカレン』って言われるように、頑張ります」


「なに?」


「ラックのことは…よくわかりました。彼のバックグラウンドが明らかになったので、対応のしようもありますから」

 カレンはニッコリとジェラルドに微笑むと、冷めた紅茶をゴクゴクと飲み干した。


「…」

 ジェラルドは頬杖を着いたまま、カレンを凝視する。

「カレン?」


「はい」


「何か…」

「?」

「いや、いい」

「ジェラルド?」


 “第5のカレン”にしてもラックのことにしても、カレンが何を考えているのかは全く読めないジェラルドだが、意気揚々と闘志を漲らせ(?)、瞳を煌めかせたカレンを眺めることが、今は心が休まる。


 追及はなしだ


 ジェラルドはカレンの小さな顎を優しく摘まむ。

「無理はしないで。怪我だけは気を付けるんだぞ」

 とだけ、カレンに告げたのだった。

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