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シールズ邸に向かう日、エラはいつも以上に身だしなみを気にして、綺麗に着飾った。


結婚式以来に会う父は勿論、母や妹にも会うだろうということもあって、中途半端なことは出来ないと思ったからだ。とはいえエラは着飾るのが好きではないので、薄いグレーのシックなスタイルのドレスを選び、アクセサリーはラウルが買ってくれたネックレスと、結婚指輪だけだ。お化粧もあくまでも清楚に、でもきちんと。髪の毛はゆるくまとめて、これで完成だ。


夫婦の寝室へ入ってきたラウルは、しかしエラを見て、感嘆の声をあげた。


「エラがどれだけ美しいか知ってるつもりなのに、いつも言葉を失ってしまう」


彼はそっと彼女のほっそりした右手を取ると、手の甲にうやうやしくキスを落とした。彼女がまっすぐな賛辞に頬を染めるのをラウルは優しく見守る。


「このドレスを着ると、痩せぎすが目立って恥ずかしいのだけど、…今日の訪問に適したデザインだから」

「どうして?どれだけの女性が君みたいなスタイルに憧れると思ってる」

「ラウルったら…褒めすぎよ」


そんなラウルこそ、細身の黒のスーツにタイが美貌に映えてよく似合っている。ジェームズは派手な装いが好きだったが、ラウルはシンプルな服を好む。エラとはその点でもしっくり合う。そんな夫が今日は一緒にいてくれるのだ、これ以上心強いことはない。彼にエスコートされて、エラはシールズ邸に向かったのであった。



久しぶりの実家は――何の感慨ももたらさなかった。少なくても18年はこの家で過ごしていたはずで、思い出だってあるはずなのだが…今はただ早く時が過ぎてほしいと願うばかりだ。


「エラ、よく来てくれた」


外面だけはいい、恰幅のいい父親がさも会えて嬉しい、とばかりに両手を広げてエラたちを迎えた。


「ジェームズくんも来てくれたんだね、エラの妹のためにわざわざご足労頂いて申し訳ないね」

「とんでもございません」


ラウルは内心の憤りは一切見せずに、にこりと微笑んで、義父に頷いてみせる。エラの夫に興味のない義父のこと、自分がジェームズと入れ替わっていることなんて気づきもしないだろう。


父が応接間に案内してくれるのについていきながら、エラはラウルの腕をぎゅっと掴んでいた。


「マリーは?」

「もちろん、帰ってきているよ。いまから呼んでくるから応接間で待っていたまえ」


応接間は、石鹸会社が羽振りが良かった頃にしつらえた豪華な家具で埋め尽くされている、エラの父親の金銭感覚がそのまま如実に現れた部屋だ。居心地悪そうにエラが2人がけのソファに腰かけたのでラウルも隣に座った。


「まずはマリーに話を聞くわ」


エラが呟くのに、それがいい、とばかりに頷く。ラウルがエラの手を握ると、彼女が弱々しいがしかし握り返してくれた。


「―――お姉様!」


しばらくして部屋に飛び込んできたマリーは、記憶の中の少女ではなく既に大人の女性になっていた。エラよりもふくよかな身体だが、顔立ちはよく似ている。マリーは一瞬エラの隣にいるラウルに視線を送ったが、すぐにエラに抱きついた。


「会いたかった、お姉様!」

「久しぶりね、マリー」

「こんなことにならないとお姉様に会えないなんて…でもお会いできて本当に嬉しく思います」


マリーはエラから身体を離すと、ラウルに向かって会釈をした。


「お義兄様、はじめまして」


結婚式のときには既に妹と母は母の実家に身を寄せていて、マリーがエラの夫に会うのはこれが初めてのことである。エラの夫の美丈夫ぶりに圧倒されているようだったが妹はそのことには何も触れなかった。


マリーがエラの目の前のソファに腰かけたので、エラたちも座り直す。そのうち父親が部屋に入ってくるだろうからその前にマリーの意思を確認しておきたいエラは前置きもそこそこに本題を切り出した。


「それで、トーマスと婚約をするの?相手はあのトーマス・スミソニーよね?」


マリーは項垂れた。


「はい…お父様がどうしてもって仰って…。政略結婚でもお姉様はうまくいってるだろって…」

「マリーは…嫌なのよね」

「お姉様の前で言うのは心苦しいのですが、はい、嫌です。私にはもう心に決めた男性が…」


はあっとマリーがため息をつく。


「まぁ、そうだったの…」

「はい…相手方も私を輿入れくださると約束してくださっています」

「それはお父様には?」

「勿論、言いました!言いましたけど…聞く耳を持ってくださらなくて」


エラは考え込む。


(トーマスにこだわる理由がわからない…トーマスに弱みでも握られた?もしかしてまた事業で何かあったのかしら…)


「いつ、トーマスと婚約すると?」

「3ヶ月後に、と。お母様も此処に来たいと言ったのに、お父様が邪魔するだろうから来るな、と言ったの」


マリーの目に涙が浮かぶ。


「私だけ連れてこられて、どうしていいか分からなくて。お姉様なら呼んでやっても良いってお父様が仰るから…だからもうお姉様しか頼る人がいなくて……」

「マリー…」

「お姉様が本当にお辛い時に、私は側にいられなかったのにこんなときだけ虫が良いって思いますわよね」


震えるマリーに、エラは微笑む。


「いいのよ、マリー。頼ってくれて嬉しかったわ。私は…確かに政略結婚だったけれど、彼と会えて良かったって思っているの」


静かに告げる言葉に、はっとしたようにマリーが顔をあげた。


「だから私に対して、貴方が悪く思う必要なんてないわ。私は今、幸せだから」


(エラ…)


きっぱりと言いきるエラに胸が熱くなったラウルはすぐさま抱きしめたくなるが、マリーの手前我慢した。


「それよりも、貴女のことを考えなければね、マリー」



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