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他サイトにはない番外編になります

何編か書く予定でいますので

よろしければお付き合いください


まずはエピローグ3の直後、

2人が孤児院と薔薇園に再訪する話です(3000字程度)


数カ月ぶりになる孤児院訪問だが、院長は勿論、孤児の子どもたちもとても歓迎してくれた。


「あ、お兄さんまた来てくれたの」

「今度は僕から高い高いして」

「ずるい、私からよ」


子どもたちがあっという間に彼を囲んでしまい、子供が好きなラウルは相好を崩して彼らの相手をしてやっている。前回はあまりにも以前とは違う夫の行動にただただ戸惑っていたエラも、今回は心からの笑みと共に見守る。


「またご視察に来てくださって感謝致します」

「院長…」


柔和な顔立ちの院長がエラに話しかけてくる。


「あれからジェームズ様はいつまたいらして下さるのかと子どもたちはそればかりで…子供はちゃんと向き合ってくれる大人というのをよく分かっているものですから」

「ええ…彼もまた再訪したいとずっと申しておりました。また時間を見つけて、参りますね」


エラがにこやかに頷くと、院長の顔もほっとしたように緩む。


「院長、この前主人に教えていただいた薔薇園、とても素敵でしたわ」

「気に入ってくださいましたか…!お役に立てたなら光栄の極みです」

「ええ。今日もまたこの後に伺おうと思っています」


エラの言葉に院長はにこにこと本当に嬉しそうに笑った。私的な会話を交わしたのは初めてだった。夫がいなかったら彼とここまで親しく話すことは出来なかっただろうと思う。


順番に子供を抱き上げてやっているラウルの近くに寄っていた女の子が彼のズボンをちょいちょいと引っ張った。


「あのお姉さんはお兄さんのお嫁さん?」


エラを指差して、そう尋ねているのが聞こえたので、院長に会釈をして断ってからエラもラウルたちがいる場所へと歩き始めた。


「そうだよ、エラっていうんだ」

「とっても綺麗。この前読んだ絵本の、おひめさまみたいよ」

「そうだろう?俺の一番大好きな人だよ」


何の衒いもなく子どもたちにそう言ってしまうラウルの愛情がエラの心に沁みる。ラウルをちらりとみると彼はエラをいつものように熱っぽく見つめていた。


「こんにちは、おちびちゃん」


少女の目線までしゃがんで、にっこり微笑むと少女の顔に赤みが差した。


「わぁぁ本当におひめさまみたい!」

「貴女もとっても可愛いわ。ハグしてもいいかしら?」


エラがそっと両腕を広げると、少女がおずおずと近寄ってきて彼女に抱きついた。この孤児院は寄付に頼っているのが実情で善良な院長の元、まともな経営をされているが、子どもたちは贅沢をするほどではないので、みんな痩せている。それでも彼らは懸命に生きているし、こうやって抱きしめようとすると怯えずに愛情を受け取ろうとしてくれる、みんないい子だ。


少女のほっそりした身体を優しく抱きしめる。


「お姉さん、あったかい。それにいい匂いがするわ…」


あまり香りが強いと子どもたちに嫌がられるかと思い、以前ラウルが買ってくれた薔薇の香水はほんの一振りしただけだがやはり子どもの鼻は敏感だった。


「この匂い、なに?」


ハグを解いてから女の子が尋ねてきたので、立ち上がりながら薔薇の香水よ、と教えてあげた。


「この匂い、好き!おとなになったら私も薔薇の匂いをつける」

「そうね、それがいいわ」


エラが頷くと、女の子がもう一度ぎゅっと抱きついてきた。


「お姉さん、好き」


(この子達は…)


孤児たちは寂しい身の上が多いので、少しでも優しくされると相手に気に入られるべく、すぐに相手に好きだといってしまうのです、と以前院長が話していたことを思い出した。エラはその気持ちが本当によく理解できた。彼女もずっとずっと寂しかったから。エラはもう一度しゃがんで、女の子を抱きしめた。


「私もおちびちゃんがとっても好きよ」


願わくばこれからのこの子の人生に、少しでも優しい出会いがありますように。エラがラウルにめぐり逢えたように。彼女がそう思いながら夫を見ると、夫は微笑んで2人を見守ってくれていた。





「可愛い2人だった」


薔薇園に向かう馬車の中でラウルが上機嫌でそう言いながらエラを抱き寄せた。あれからラウルは飽きもせず孤児たちと戯れ、今日も子どもたちに惜しまれながら孤児院を後にしたのだった。


「あの子は確かにとても可愛かったけれど、私は可愛くはないわよ」


照れたエラがそう返事をするとラウルは聞く耳をもたないといった体で首を横に振った。


()()()()は世界で一番可愛い」


彼女と過ごすうちに、ラウルは『()()()()』と言葉にするようになった。


君はきっと分かってくれると思うけど、とラウルは言った。


俺はほとんど何も『持てない人生』だったから、()()()()()への憧れが凄かった。

それが、『誰よりも恋い焦がれたエラ』がこれからも側にいてくれるとなったからーー他にはもう何ひとついらないんだ。だから唯一のひとを『俺のエラ』と呼ぶのを許してほしい。


相変わらずラウルの危ういまでの盲目的な愛がエラの心を揺さぶる。彼は喜々として彼女の手を取ると、指を絡め、自分の口元に持っていくとキスを落とした。


「君と薔薇園に行くのが心から楽しみだ」


ブラウン家から出て、ラウルと夫婦として暮らしだして数ヶ月ーエラも変わったがラウルもまた目に見えて変わったと思う。外では()()()()()のふりをしているためにそこまで印象は変わらないが、2人でいるときは素直に感情を表すし、彼女に愛情を伝えるのを躊躇ったりはしない。あまりにもストレートな愛情表現にエラが照れると、今まで我慢していたのだからどうか言わせてくれ、と更に熱っぽく言い募るので、そう言われてしまうと、彼女には止める気はなくなってしまうのだ。


彼女はラウルの肩にそっと自分の頭を預けた。


「私もよ、ラウル」


今度は薔薇園の管理者に先触れを出しておいたので、馬車が到着すると同時に彼が薔薇園の入り口まで迎えに出てくれた。


「お待ちしておりました!」


管理者も満面の笑みで2人を迎えてくれる。結婚してからは勿論婚約してからもジェームズとすれ違ってばかりいたエラにとって、夫婦でこうやって歓待してもらえるのはほとんど初めての経験である。


「ちょうど昨日、一昨日あたりから一季咲きの春バラが咲き始めたので……タイミングが良い時にいらして頂けました」

「まぁ、本当に楽しみだわ」


春バラの一番花は、花が大ぶりで色づきが綺麗なので、エラがそう言って管理者に向かってにっこり微笑むと、まだ若い男の管理者がさっと頬を染めたので、ラウルの眉間に皺が寄った。エラは夫の腕に自分の手をかけると彼を見上げた。


「一緒に見られるのが嬉しいわ、ジェームズ」


そう言って彼女が寄り添ってくれる仕草で彼の眉間から皺が解ける。仲睦まじい夫婦の姿にますます管理者の頬が上気する。


果たして薔薇園での時間は期待に違わぬ素晴らしいものとなった。前回とは違い、彼らの間の会話は途切れることがなかったし、管理者の言った通りに春バラは色鮮やかであまりにも美しかった。特別なことは何一つ必要がなく、ただこういう穏やかな時間をエラはずっと過ごしたかったのだー彼女の唯一の人と共に。


前回同様、管理者が丁寧に棘を抜いた春バラを一輪、エラにプレゼントしてくれた。喜びに顔を輝かせるエラを見つめる夫の頬は今日は緩んでいる。管理者にまたの再訪を約束すると、夫妻は馬車に乗り込んだ。


色鮮やかなピンク色の薔薇を見つめながら、夫に囁く。薔薇の芳しい香りを吸い込む。


「私、幸せだわ、ラウル」

「俺もだ」


夫の返事は力強かった。エラはまたもそっと彼に自分の身体を預けながらー彼の逞しい腕が自分を抱きよせてくれるのをうっとりしながら感じてー幸せの余韻を味わうべく目を閉じたのだった。



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