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病院のための慈善事業のパーティは、街の中心部にある大聖堂を借りきって、上流階級のみならず、市井の人々も招待されて大規模に開かれた。
エラがジェームズと共に会場に入ると、久しぶりに揃ったブラウン家の長男夫妻の姿に、街の人々が一斉にそこここで噂話をするのを肌で感じたが、今までずっと公然の場でジェームズに虐げられていたエラには残念ながら慣れた光景であり、大して気にはならなかった。
慈善活動の一環であるのでエラは、派手で肌を露出するような服は避け、シンプルなダークグレーのドレスを選び、アクセサリーも結婚指輪をつけるだけに留めたが、出かけに思い立って夫が買ってくれた薔薇の香水を初めて身に纏うことにした。幼い頃の思い出を思い出したからか、はたまた帰還してからの夫の誠実な態度のお陰か、少しだけジェームズのことを赦せる気になったからだ。
執務室で出発の時間直前まで仕事をしていた夫は、準備のできた彼女と玄関ホールで落ち合うと、すぐに彼女が香水をつけたことに気づいたのか、とても嬉しそうな笑みを一瞬浮かべたのをエラは見逃さなかった。
走り出した馬車の中で向かい合って座ると、彼がエラのドレス姿を褒める。
「君はいつだって綺麗だけれど、今夜はまた一段と綺麗だね」
ジェームズも黒のスーツにタイとシンプルな装いだが、彼の美しさを引き立てている、とエラは思った。彼は既に毎日のようにエラが選んだアンバーの香水をつけている。ジェームズは初めて会った時から美男子ではあったが、戦争から戻ってきてからは、身体も以前より引き締まったこともあり、その美しさと精悍さが一段と増したように思う。
とはいえしかし、いくら少し赦せるような心持ちになったといっても、彼女は夫の褒め言葉には苦笑を返すのみだ。それ以上のコメントは、エラには出来兼ねる。ジェームズはそんなエラの気持ちを分かっているかのように、微笑みを浮かべながら彼女のほっそりした姿を目で愛でているようだった。
パーティ会場でも、ジェームズは決してエラから離れることはなく、ぴったりと寄り添っていた。ブラウン家の長男がまともになったという噂を聞いていた街の人々は、やがてその噂は真実のようだ、と徐々に理解していき、周囲が夫妻から興味を失いつつあった頃、会場に毒花が到着したのだった。
突然、人々のざわめきが不自然なほどにピタリと止んだので、エラはどうしたのかと辺りを見渡した。すると、パーティ会場の入口に、肩を出した扇情的な赤いドレスを着たルーリアがこちらを見ながら艶然と微笑んでいるのが視界に入り、あまりの大胆さに言葉を失った。
ルーリアは、注目されることに慣れている女特有の美しい歩みで、ゆっくりとエラとジェームズの前に歩いてくると、にっこりと紅いルージュをひいた唇の口角を上げた。
「ジェームズ、お久しぶりね」




