第8話 宮廷の噂と揺れる心
午前の宮廷は、淡い光が大理石の床に反射し、静かに人々の足音を包み込んでいた。
アメリアは柔らかなクリーム色のシルクドレスに身を包み、胸元には控えめな金色の刺繍が施されている。
肩には薄いチュールのショールを羽織り、腰のあたりで小さなリボンが結ばれていた。
髪は軽く巻き、後ろでゆるくまとめられ、淡いピンクの小花をあしらった髪飾りが光を受けて揺れる。
足元は上品な白のバレリーナシューズ、手首には細いゴールドのバングルを一つだけ。
廊下を歩いていると、遠くから小さな声が聞こえた。
「ねえ、見た? 殿下、アメリアにだけ優しいのよ」
「そうなの……普段はあんなに冷たいのに」
「本当に特別扱いされてるのね、アメリア」
アメリアは立ち止まり、足元の大理石を見つめる。
(私……特別なの……?)
胸の奥で小さな鼓動が早まった。
普段冷徹だと聞いていたリュシアンが、自分にだけこんなにも甘く優しい――
その噂を耳にした瞬間、心の奥底で不思議な揺れが走った。
その時、リュシアンが静かに彼女の隣に立つ。
「何を考えている、アメリア?」
その声に、アメリアは慌てて目を上げる。
「い、いえ……ただ、少し……」
「少し?」
リュシアンは眉をひそめるが、その瞳には優しい光が宿っていた。
広間に到着すると、家臣たちは二人の姿に目を止める。
「アメリア様、殿下の隣で堂々と歩かれて……さすが婚約者ですね」
「殿下の表情が、いつもと全く違う……まるで別人です」
アメリアは耳を赤くしながら微笑んだ。
(やっぱり……みんな、リュシアン様が私にだけ優しいって気づいてる……)
昼下がり、庭園の小道でリュシアンは彼女の手を軽く握った。
「噂の通りだったか?」
「え……?」
「アメリア、周りの声が耳に入ったのだろう?」
「は、はい……少しだけ」
「そうか。だが、君が知るべきことは一つだけ。君は私にとって特別だということ」
アメリアは胸が高鳴り、顔を少し背ける。
言葉にすると恥ずかしいのに、心は嬉しさでいっぱいだった。
リュシアンは微笑み、彼女の手をそっと握りしめる。
「誰も君を私の側から引き離すことはできない。アメリアは、私のものだ」
アメリアの心は揺れた。
甘く優しい言葉に包まれながら、同時に胸の奥で小さな不安も芽生える。
(でも……今は、リュシアン様の優しさだけでいい……)
その日、宮廷に流れる噂は止まらなかった。
冷徹な皇太子が、アメリアにだけ見せる笑顔――
誰もその理由を知らない。
けれど、アメリアにとっては、ただ一つの真実が確かだった。
――私は、リュシアン様にとって特別な存在なのだ、と。




