第5話 皇太子の優しさの理由
春の陽光が宮廷の中庭を照らす午後。
アメリアは穏やかな風に髪を揺らしながら、花壇の手入れをしていた。
淡いラベンダー色のドレスは動くたび柔らかく光を反射し、花々と調和していた。
小さな手で摘んだ白い花を胸元に挿す仕草は、まるで庭園の精のようだ。
「公女様、本日もお美しい……」
侍女の声に微笑み、アメリアは首を小さく横に振る。
「そんな、私はただ庭を歩いているだけです」
その時、黒い影がすっと現れた。
「……庭園に出るとは無謀だな」
振り向くと、リュシアンがいつの間にかそこに立っていた。
彼の鋭い瞳は、春の光の中でも一際赤く輝く。
「リュシアン様、別に無謀では……」
「君の安全を守るためだ。誰も君に近づけさせない」
その言葉は穏やかでありながら、どこか重みがある。
アメリアは軽く笑って見せる。
「そんな、私は庭の花を眺めるだけですのに」
リュシアンは少し首を傾げ、彼女の手をそっと取った。
「君がその手を伸ばすたび、危険は増す。だから私は付き添う」
その言葉を聞いても、アメリアはまだ驚きや不快感を感じない。
ただ、優しく守られている——そう信じていたからだ。
彼の腕は温かく、触れられると安心感すら覚える。
「……ありがとうございます、リュシアン様」
微笑むアメリアに、リュシアンの瞳が優しく細められる。
「君が無事でいること、それが私にとっての喜びだ」
その声には強い決意があった。
誰も近づけない――その独占の感情は、まだ彼女にはわからない。
けれど、彼の態度は常に甘く、絶えず温かい。
庭園の散歩が終わり、宮殿へ戻ろうとすると、リュシアンはふと立ち止まる。
「今日はここまでにしておこう」
「え?」
「君の体を疲れさせたくないから」
そう言って、彼は彼女の手を取ったまま歩き出す。
侍女たちは遠巻きにその光景を見つめ、驚きと羨望の声を漏らす。
「殿下、あれほど冷たい方が、こんなに優しく……」
「まさに恋の力ね……」
アメリアはまだその意味を理解していない。
ただ、リュシアンの優しさが心地よく、胸が温かくなる。
その夜、宮殿の自室でアメリアは独り、今日のことを思い返した。
庭での散歩、彼の腕、手を握られた感触。
そして胸にそっと花を挿してくれたその笑顔――
(リュシアン様は、ただ私を守りたいだけ……)
まだ知らない。
誰にも見せない冷徹な一面も、
そしてこの甘さの裏に潜む、独占の深さも――
明日も、彼に囲まれた庭園を歩くのだろう。
その柔らかな手と、温かい瞳とともに。




