第4話 皇太子の囲い込み
「リュシアン様、今日もお客様のご予定が……」
朝の執務室に、侍従の報告が響いた。
しかし、皇太子は書類を閉じたまま動かない。
「……その予定はすべて明日に回せ」
「で、ですが――」
「アメリアが庭園に出ると聞いた。私は同行する」
冷徹な声で言い切ると、誰も反論できなかった。
執務より婚約者を優先するなど前代未聞。
だがリュシアンの中では、もはや選択の余地などなかった。
***
白い庭園のアーチをくぐると、そこにはアメリアの姿があった。
淡い青のドレスに、薄い羽織のレース。
光を受けて髪の金が柔らかく輝き、彼女が振り向くたびに花びらが舞うようだった。
「リュシアン様……お忙しいのでは?」
アメリアが小さく笑って振り返る。
彼女は、彼が本来どれほど冷たい人間なのか、まだ知らない。
その無垢さが、リュシアンの胸を痛くさせた。
「君が外に出ると聞いた。……危険だから、護衛を増やした」
「そんな、庭園に出るだけなのに」
「庭園にも噂好きの貴族はいる。彼らの視線が、私には我慢ならない」
その言葉にアメリアは困ったように微笑んだ。
彼が自分を想ってくれることは嬉しい。
けれど――その瞳の奥にある強い独占欲には、まだ気づいていなかった。
リュシアンは歩み寄り、彼女の頬にそっと指を伸ばす。
「君は、誰かの目に触れていい存在ではない。私だけのものだ」
「……リュシアン様?」
「婚約者だろう? 当然のことを言っているだけだ」
その声音は穏やかだったが、どこか危うい甘さがあった。
アメリアはただ頬を染め、何も言えずに微笑むしかなかった。
しばらく二人で庭を歩く。
花々の香りが漂い、穏やかな風が吹く――はずなのに、
リュシアンの視線は常に彼女の動きに注がれていた。
彼女が花を手に取るたび、
通りすがりの侍女が声をかけようとするたび、
その一つ一つに、彼の瞳が鋭く光る。
まるで「彼女に触れるな」と告げているようだった。
やがてアメリアが摘んだ小花を彼に差し出した。
「この花、リュシアン様の瞳の色に似ていますね」
一瞬、彼は驚いたように目を瞬かせ、そして笑った。
「……君がそう言うなら、この花は私のものだな」
そう言って、彼はその小さな花を胸元に挿した。
その笑みは、誰も見たことのない優しさを帯びていた。
だが同時に、誰も知らないほど深い独占の証でもあった。
リュシアンの胸の内には、静かな決意が芽生えていた。
――もう、誰にも彼女を渡さない。
この宮の中でさえ、彼女に近づく者を許さない。
それが愛なのか、執着なのか。
まだアメリアは知らない。
ただ、彼の微笑みが嬉しくて、今日も優しく笑い返すだけだった。




