第24話 恋に落ちた男とからかわれる皇太子
昼下がりの陽射しが差し込む客間。
アメリアは窓辺の椅子に腰掛け、紅茶をひと口飲んでから深いため息をついた。
「……最近、殿下が優しすぎて……落ち着かないのです」
「まぁ、なんて贅沢なお悩みでしょう」
侍女のマリアが苦笑しながらお菓子の皿を差し出す。
「優しすぎるなんて、普通は怒られますよ?」
「ち、違うのです。私……もっと殿下のお役に立ちたいのに、
“無理はするな”とか、“傍にいろ”とか……甘やかされてばかりで」
アメリアは頬を染めながらカップを揺らした。
彼の言葉を思い出すだけで胸がくすぐったくなる。
けれど、最近のリュシアンは確かに度が過ぎている。
執務中にも彼女を隣に座らせたり、
夜は少しでも離れるとすぐに腕を伸ばして引き寄せたり――。
「……殿下が冷たい方だって言ってた人たち、
いま見たら卒倒するでしょうね」
マリアは肩をすくめて笑う。
「完全に恋に落ちた殿下じゃありませんか」
「恋に……?」
アメリアは思わず紅茶をこぼしそうになった。
「そ、そんな大げさな……!」
「いえ、本当ですわ。あの殿下が、アメリア様のこととなると
周囲が見えなくなるほどですもの」
マリアが悪戯っぽく微笑む。
「昨日なんて、“彼女の笑顔を見るためなら何でもする”と仰っていたと
侍従長が……」
「そ、それは……っ、聞いてはいけないことでは……!」
「まぁまぁ、可愛い恋の話ですわ」
アメリアは真っ赤になり、手で顔を覆った。
(もう……マリアったら……)
――その時。
「ほう。恋の話をしているとは、楽しそうだな」
低く艶やかな声が、部屋の扉の方から響いた。
二人が同時に振り向くと、
そこには黒の上着を纏ったリュシアンが立っていた。
「りゅ、リュシアン様!? いつからそこに!?」
「“可愛い恋の話”あたりからだ」
「……っ!」
アメリアは真っ赤になり、マリアをチラリと見る。
マリアはというと、口元を押さえてニヤリ。
「それでは私はお茶の準備を……」と気を利かせて退室していった。
扉が閉まる音がした途端、
リュシアンはゆっくりアメリアに歩み寄る。
「……俺のことで話していたのか?」
「そ、それは……少しだけ……」
「少し、ね?」
リュシアンは椅子の背後に手を置き、アメリアを覗き込んだ。
その瞳が近く、息が触れそうなほど。
「恋に落ちた男、か……」
「!?」
「否定はできないな」
アメリアの心臓が跳ねた。
「……りゅ、リュシアン様……!」
「だって本当だ。俺は君に堕ちた。最初に出会ったあの日から」
「そ、そんな……堂々と……」
「事実だろう?」
アメリアは顔を覆うが、
その手をリュシアンがそっと外す。
彼の指先が頬をなぞり、指先から熱が伝わる。
「君は俺のすべてを柔らかくしてしまう。
君を見ていると、冷たくなどいられなくなる」
「……殿下……」
アメリアの声が震える。
リュシアンは微笑み、彼女の唇のすぐ近くで囁いた。
「だから、マリアの言葉は正しい。
俺は恋に落ちた男だ。……君という名の甘い罠にな」
「そんな……殿下のほうこそ……ずるいです」
アメリアが頬を染めながら呟く。
リュシアンは彼女の腰に腕を回し、軽く抱き寄せた。
「ずるいのは君だ。微笑むだけで、俺を狂わせる」
そのまま軽く唇を重ねる。
触れ合うだけのキスなのに、
アメリアの心臓は跳ね、言葉が出ない。
離れるとき、リュシアンは囁いた。
「……これで、今度から“恋に落ちた男”と呼ばれても困らないな」
「もうっ……! マリアがまた笑いますよ!」
「それなら、次は彼女の前でも君にキスしておこうか?」
「リュシアン様っ!」
アメリアの叫びに、リュシアンは楽しそうに笑った。
部屋には甘くて、少し照れくさい空気が漂っていた。




