第11話 知らなかった殿下の顔
朝の宮殿は、柔らかい光に包まれていた。
窓から差し込む淡い日差しが、大理石の廊下に長い影を落とす。
アメリアは侍女のマリアと共に、ゆっくりと歩いていた。
「アメリア様、今日はとても天気がいいですね」
「ええ……でも、殿下はどこに……」
ふと、廊下の先で、執務室に向かうリュシアンの姿が目に入った。
いつもなら静かに微笑む皇太子が、その日は表情を硬くしていた。
好奇心で近づこうとした瞬間、アメリアの視線は執務室の中に吸い寄せられた。
「何度言ったら分かるのだ、愚か者め!」
鋭い声が廊下に響く。
家臣たちは俯き、微動だにせず。
リュシアンの目は氷のように冷たく、口調も普段の優雅さとは全く違った。
アメリアは息を呑む。
(殿下……こんな顔……)
胸がざわつき、胸の奥で甘く包まれた記憶と目の前の冷徹な姿がぶつかる。
鼓動が早まり、少し怖くも感じた。
その瞬間、リュシアンの視線がアメリアに届く。
「ア……アメリア……!」
普段冷静で余裕のある彼の声に、焦りが滲む。
手がわずかに震え、叱責していた家臣たちをちらりと睨むが、目はすぐにアメリアに戻る。
(見られてしまった………?)
リュシアンの胸の奥に、初めて不安が芽生える。
独占したい気持ちと、冷徹な一面を知られてしまった焦りが同時に押し寄せる。
アメリアは少し顔を赤くし、目を伏せる。
「殿下……」
「すまない……気づかれるとは思わなかった……」
リュシアンの瞳には、普段見せない動揺と独占心が混ざり合っている。
しかしアメリアの心は、想像以上にドキドキしていた。
(でも……殿下は、私にだけ優しい……)
冷徹な姿と、自分に向ける優しい眼差し――そのギャップに胸が高鳴る。
リュシアンはゆっくりと近づき、アメリアの手を握る。
「アメリア。君は私にとって特別だ。」
「誰にも触れさせぬ……アメリア。離れないでくれ」
アメリアは鼓動を抑えきれず、小さく頷き、リュシアンから目を逸らせない。
(本当に……私だけが、殿下の特別……)
その瞬間、リュシアンもほっと息をつく。
だが動揺は完全に消えたわけではない。
心の奥で、彼女を守りたい――そして誰にも渡したくない――という独占欲がさらに強くなる。
朝の光の中、宮殿の静けさは二人だけの世界を包み込む。
アメリアは冷徹な一面を見た驚きとドキドキを胸に抱えながら、
リュシアンの独占的な優しさに守られている幸福を再認識するのだった。




