#Ⅱ:酒と対価と
街の有力者との会合を終え、街の中を一人歩く。
地方では、こういった顔を合わせての会合というのをして、すり合わせを行う。
今回も、雨季による物流優先順の話をする為ではあったが、その内容とやりとりに中央と似た各人の思惑が入り乱れ、苦労が身から染み出てきそうであった。
「司祭様、こんにちは」
「ええ、こんにちは」
だが、そんな苦労を知らない、すれ違う市井の人々から挨拶が投げかけられ、それらに笑顔で答える。
中央では、こういった事に神経を使ってはいたが、地方に飛ばされてからはそういう事に気を回さなくてよくなった分、多少は楽になったかとは思えてしまう。
雨季の中でも、短い青空が流れる空の下、辺境への街道利用の優先権を獲得できたのも、普段からの姿勢のたまものであるという事にしておこう。
そうして、仕事となる寺院へと帰りつく。
が、いつもと様子が違うと肌で感じた。
いつもだと、生活の匂いというのだろうか、そういうモノを感じ取れる空間であるにもかかわらず、入った途端に、肌にピリリと感じる違和感が走った。
そうハッキリと。だが、その質はといえば……
(これは……奥の院と同じ?いや、それ以上に……)
中央では、この質を感じている事もあったが、地方では、その感じをまったくもって存在してもいなかった。
だが、どういう事か、当時の記憶から手繰り寄せた感覚を思い起こせば、中央での奥の院、それに連なる者たちと対応する感覚と同じにとらわれた。
何かがあるかもしれない。
そう判断しては警戒しつつも普段と同じ装いをしたまま、広間へと入る。
だが、その広間にはいるとさらに違和感が起きる。
その隅にあるテーブルで、事務作業をしている補祭が"いつも通り"だからだ。
彼がこの状況を作り得る?いや、それはない。
かれは「法術」の力が無い。
それは、洗礼の儀によってもたらされ、その才が無い事が示されたからだ。
だが、その他の能力、主に雑事に関しては、惜しい能力ともいえたため在籍しているという。
だが、彼ではない何かによって、この変わりようを作ったという事であるが……、一体……
「今、帰った」
「おお、お帰りなさいませ、気が付きませんでした」
「それだけ集中していたという事だろう。留守の間、何もなかったか?」
いつも通りの会話で、軽く探りをいれてみる。
「メルシェ様が来られた以外は、特には」
「そうか、メルシェが来たか」
「はい」
メルシェの女将が来たか。
病の類にかかった従業員がでたか、それとも……
「それで、今回はいくつだ?」
「冷えたのがふたつ。今は身綺麗にして、いつもの場所に、だそうで。、あとは都合の良いときにと」
「そうか、わかった」
毎度の事ながら、この街が特殊なのか、そうでないのか、中央よりも死というのが軽い。
そして、救済の対象にならないモノたちは、さらにだ……。
衛士も調査すらしない存在。
そんな存在たちを、冷たくなった物言わぬモノですら、メルシェはヒトとして扱っている気宇な存在でもある。
「ああいう人物が、本当は救済されるべきなんだろうな」
「何か?」
「いや、何でも、昔のことを思い出しただけだ。では、私は部屋に戻って準備をしてくる。何かあれば呼んでくれ」
「わかりました」
そうして、広間を離れ、少しの廊下を歩いては、自室へと戻った。
* * *
自室へと戻ると、すぐに執務用の机へと向かう。
そして、引き出しの奥、隠し引き戸の中から一つの高級な酒と小さなグラスを取り出し、そこへと注ぎ込む。
そして、手の平に印を組んでは……
「"精霊よ"」
手の平に、一つの光球が表れる。
それは小さくもあるが、力強く白く輝いた存在。
神霊とも、精霊とも呼ばれ、意思を持つ存在でもある。
自身の固有ともいえる、契約精霊であり、幼少の頃に契を交わしては、その後、相方ともいえるぐらいに一緒に過ごしていた。
その契約した結果、法術を扱う能力を得たのではあるが……
酒の味を知ってからは、対価として酒を求めてくるが。
「いつものように、魂の救済を願えるか?今回は二人だ」
<・・・、・・・?>
精霊の類は、いま自分が所属している教徒の類とは外れる。
外れるからこそ、救済を頼める事ができのは相棒だからこそでもある。
「ああ、なるべく輪廻の輪に還してやってくれ」
<・・・?・・・・・・。>
魂の行き先、それも相棒から教わり、いま自身がいる教団の教えとまったく異なるという事も知った。
知ったが故に、異端とされかけたが……飛ばされるだけの形に落とし込めれたのは、運が良かったのか、それとも……
今は、その話はおいておいてだ、
「対価は、その高価な酒でどうだろうか」
<・・・・!・・!>
「わかった、わかったから、その倍は払う」
<・・・・。・・!>
「ほんとに、現金な奴だな……お前は」
<♪・・♪・・・♪>
長年の付き合いである相棒。
その相棒の酒癖の悪さを知りながらも、その要求にはなるべく答える様にはしている。
その精霊はといえば、小さなグラスへと沈むように入っていったと思えば、入っていた酒が一瞬にして消えうせては、ふわふわと浮かび上がり、二杯目を請求するかのように目の前で飛び交いはじめる。
「わかった、わかったから、すこしまて」
<・・・♪・・・・・♪・・・♪>
二杯目のグラスにも、直接沈み、その中身を飲み干すように消費する。
いつ見ても、どこにどう消えていくのかがよくわからない。
そんな相棒のしぐさを見ながら、少し笑いながらも身支度をし始める。
「それとだ、娘の様子はどうだ?」
<・・・?・・・・。・・・・>
「そうか……」
<・・・、・・・・・。・・・・・・>
「私が生きている間にでも、とは思うが……叶わなかったら」
<・・・!!・・・・!!!・・・・!>
「そういうな、わかっているさ、生きている間は、やれるだけやってみるさ。さ、準備も出来たし行こうじゃないか」
<・・、・・・・・。>
「ん?何か言ったか?」
窓から見える空は、徐々に曇り空になり始めていったために、外套を羽織ったのだが、聞き返した問いに、何も言わずに精霊の光は、自分の外套の中へと入っていく。
こうなると、何も答えてはくれないので、あきらめては自室を後にした。
輔祭に一言「役に向かう」と告げて出た矢先、そういえば聖堂が聖域化していたことを聞きそびれたなと思ったが、ポツリポツリと降り出した雨を見ては、今は先に魂の救済が優先だろうと寺院を後にしたのだった。




