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騎士姫の婚約者〜見合いの必要はありません!〜  作者: 汐の音
第三章

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30 ロドウェルと騎士姫


(どうしたもんかな……)


 結局、ロドウェルは帰路についた。

 いくら若さゆえとはいえ、あれだけの激情を見せられたのもあり、そうこうするうちにコナー伯爵夫妻が領地からやって来たせいもある。

 夫妻は引き留めてくれたが、ソードもオーウェンも(いとま)を申し出た。


 最後まで目を伏せ、「すみません」と声を絞り出していたユーハルトには、拳の一発くらいくれてやりたかったが。


(正直、あいつが一番の強敵だったんだ。下手に目を覚まさせてやる道理はない。べつに、このままで)


 ――――幸せになれる相手を。


 思い出し、チッ、と舌打ちする。

 現時点では、そりゃお前だろうが、と何度胸ぐらを掴みたかったか。昨夕のイゾルデの涙を見せてやりたい。


「……やめた。教えてやらん。馬鹿が」


 呟き、馬足を速める。

 無性に紺の髪つややかな黒い瞳の少女を。

 かつてゼローナの北部一帯を治め、今なお甚大な権力を有する公爵家の、たったひとりの姫――イゾルデを想った。




   *   *   *




「!? 驚いた。切り揃えられたんですね」

「はい。お帰りなさい、グランツ卿。非番の日までお仕事とは大変ですね。騎士団……ではなく、社交のほうですか?」


 騎士服ではなく私服なのをまじまじと眺められ、ロドウェルはにこりと笑った。「ええ、まあ」


 帰邸後、エントランスで執事にコートを渡し、二階に上がろうとした段でイゾルデに遭遇した。踊り場を飾るステンドグラスの光を受ける彼女は、本人は無自覚のようだがおそろしく気品に満ちている。無意識に、ほう、と息をついた。


 癖のない瑠璃色の髪は襟足を切ることで全体の重心が落ち着き、とても似合っていた。


 とはいえ、服装は男物。凛々しい貴族の若君にも映るのが流石イゾルデ。

 手に持つ稽古用の木剣をみとめ、ロドウェルは笑みを深めた。


「よろしければ稽古に付き合いましょうか? 手合わせでも」

「え……、よろしいのですか?」

「もちろんです」


 ほぼ、そのために北公家(こちら)での滞在を許していただいているのですからね、と。

 庭へ移り、ロドウェルも木剣を借り受けてからは、やきもきした料理長が昼食の時刻を知らせに来るまで乾いた剣戟の音を響かせていた。




   *   *   *




 双方、衣服を改めてから食堂に行く。メニューは人参のサラダや茸と鶏のクリーム煮、木の実を混ぜた焼きたてのパン。広い室内で食事を摂るのはふたりだけだが、見目の良いメイドたちが入れ替わり立ち替わり給仕に来るため、静かすぎるということはない。


 イゾルデは傷心のはずだが、無意識で家長の養女(むすめ)として客人をもてなそうとするあたり、見上げた心意気だと感じる。


 ――そう。

 砦から帰る際も、私語ひとつ漏らさず演習をこなしたというのだから、恐れ入るほどの軍人気質だ。

 剣術や戦術、騎士団の運営実務にも秀でたセンスがある。彼女なら、長じれば立派に公爵と将軍位の両立をなし得るだろう。


 しかし、決定的に不得手な分野があるとも気づいた。

 運ばれた食後茶を片手に、ふと話を振る。


「ところで、イゾルデ嬢は、どなたか特定のご夫人や令嬢と直接の親交はありますか? コナー伯爵夫人以外で」

「夫人……カルラ様以外に、ですか? 残念ながら」

「茶会や観劇のたぐいは?」

「ないですね。物心ついたときから騎士を志していたわけですし」

「ふむふむ、なるほど。合点が行きました」

「…………グランツ卿?」


 ひたすら頷いて見せるロドウェルに、さしものイゾルデも不安そうに眉をひそめる。


「最低限のマナーは教わっているはずなのですが。おかしいですか?」

「いえいえ。とんでもない。うつくしい所作ですよ。振る舞いは、衣服が男物だから自然と無駄がなくなるのでしょう。俺が言いたいのは、社交界における味方はいらっしゃるか、ということです」

「味方」

「ご婦人がたの世界は花園のようでいて恐ろしく、深淵のごとく底知れない……ゼローナ北部において“年始の宴”だけは古くからジェイド公爵家が取り仕切っている。理由はわかりますか?」

「え? いえ、ただ、そういう慣例なのだと」

「慣例。間違いではないですね。しかし足りない」

「……正解は何なのでしょう?」

「さあ」

「さあっ、て!?」


 核心近くまで導かれながら結論を与えられなかった者特有の嘆きで、イゾルデが肩を落とす。

 ロドウェルはくすくすと笑った。


「実は、俺も知りません。でも、もしも俺の予想が正しければ、貴女は早急に味方を得るべきだ。騎士団以外で」

「つまり……社交をしろ、と?」

「概ねその通りです」


 どうやら、そっち方面の関心は著しく低いらしいイゾルデの落胆がわかりやすい。


 ――傷心の彼女につけ込むやり方は、おそらく逆効果。

 本来の職務の範囲で彼女の成長を促し、冬の間に信頼を勝ち取れれば。


 ロドウェルは、なるべく晴れやかな笑顔を添えて提案を試みた。



「ちょうど今日、夕方から王都で評判の劇団の公演が行なわれます。未成年の子女も来ていますよ。護衛としてお供します。よろしければ、ご一緒しませんか?」


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[一言] 大人だなあ( ˘ω˘ )
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