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騎士姫の婚約者〜見合いの必要はありません!〜  作者: 汐の音
第三章

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28 プロポーズの行方

 砦で過ごしたあの夕べ。

 あのとき、ユーハルトはたしかにイゾルデだけを見つめて、黒目がちな瞳に熱を宿していた。

 それからすぐに唇を引き結び、痛みを堪えるような表情(かお)をした。中途半端に伸びた髪に触れて「ごめん」と。


 一瞬、何を謝られたのかわからなかった。

(……髪を切ったこと? そんな、些細なことなのに)


 イゾルデは、とっさに返す言葉を失った。ユーハルトは泣きそうに見えたのだ。

 抱擁も可能な距離で、それ以上は詰められず。


 やがて、ユーハルトの手は離れていった。水気を含む髪の雫が彼の指を濡らしていた。

 それを、きゅっと握りしめて。




   *   *   *




「嫌われていたわけではない……とは思うのですが。私は、結婚の対象にはなれなかったようです」

「嫌う? まさか。馬鹿げている。あの坊主…………っと、失礼。魔法士ユーハルトは、うちの実家でも貴女だけは守りたいという意志に満ちていた。あれが恋愛感情でなくて何なのです」

「何、と言われましても」


 イゾルデは、いよいよもって困り果てた。

 意思表示は既に終えた。好意はあったとしても婚約はできない。

 それが彼の偽らざる本心ならば、これ以上想いを募らせるわけにいかないではないか。

 思い切るには、まだまだ時間が必要だが……。


 切り替えるように(かぶり)を振る。


「ユーハルトは幼馴染です。情かな……と」

「う〜ん」

「グランツ卿?」

「ねえ、イゾルデ嬢。おれは他の候補者(やつら)ほど若くも清廉潔白でも、紳士でもありませんが」

「自分で仰るんですね」

「ええ」


 自信たっぷりに片頬を緩ませるロドウェルは、言葉通りどこか策士で腹黒くも映る。――が、振っ切れて清々しい。その正直さにイゾルデは吹いた。


「ふっ……! おかしな方ですね。卿は、野心がおありだから私との婚約を望まれたのでしょう? 言い出しは大叔父様でも」

「ひどいな。こう見えて本命には滅法一途なのに」

「それ、精霊の乙女(タイフィーニア)にも言えます?」

「いや、それは……勘弁してください」

「ははっ」


 思いがけず笑えたことに、イゾルデ自身がびっくりする。


 笑った直後、はたと気がついて視線を伏せる少女に、ロドウェルは思案顔になった。おもむろにその手をとる。


 イゾルデは狼狽した。


「え」

「じゃあ、こうしましょう。幸い冬は長い。おれも急ぎません。ランドールもオーウェンも辞退したことですし」

「え、ええ……?」


 ロドウェルは、イゾルデの手を自身の胸に当てさせた。それから真顔になる。


「――野心があるのは否定しない。でも、貴女と婚姻したい気持ちは本物だ。一生大切にします。妻になってもらえれば」

「ぐ、グランツ卿」

「いつかは素直に名前で呼んでいただきたいものですね。さて、行きますか」

「は!? ど、どこに」

「可愛いなあ。食堂ですよ」

「〜〜ッ……!? もう!! 何なんですか貴方は」

「貴女の右腕にも夫にもなりたい男です。エスコートしましょうか?」

「結・構・です!」

「あっはははは」


 手を振り払い、さっさと扉に向かうイゾルデに、ロドウェルは視線を和らげる。付かず離れずの距離であとに続いた。




 ――――――――


 翌日。

 非番のはずのロドウェルは、外出の旨をしたためた手紙を起床時のイゾルデに届けさせた。年始の宴の前にやっておくことがあるのだという。


 さもあらん、と、イゾルデは侍女に頷いた。手水や洗顔を済ませ、普段着に着替えると化粧台に連れて行かれる。


「お嬢様。御髪(おぐし)を少し揃えましょうか? そのほうが綺麗に伸びますよ」

「ん」


 言われて、ようやく肩に付き始めた紺色の毛先をつまむ。鏡のなかのアンバランスな自分を、じっと見つめた。


 ――――無理に想いを断ち切ることはできない。

 でも、形から前を向くことなら。


「わかった。任せるわ」




   *   *   *




「清廉潔白じゃないんだがな……」


 ぶつぶつとぼやきながら馬を駆る。伴も付けず、ロドウェル・グランツはコナー伯爵邸へとやって来た。

 用向きを騎士団の業務について、と適当に述べればユーハルトが会わないわけがない。職権濫用ともいう。


 取り次ぎを申し出た家令は、何とも複雑そうな顔をした。


「いやはや。騎士の方々はお休みの日も大変な忙しさですね。お疲れ様でございます」

「はあ」

「どうぞこちらへ」


 案内を受けたのは一階応接間。なんと、そこには。


「…………もてもてだな、ユーハルト・コナー」

「グランツ副参謀? あんたもか」

「ようこそロドウェル。気が合いますね」

「ロドウェル殿まで……!!」


 三者三様、言いようも顔色もさまざまな青年たちがいた。

 何らかの茶番めいた経緯は察していたらしい家令は、去り際にぼそりとこぼす。「ランドール様もオーウェン様も、昨日からお泊まりです」


「なるほど」


 深く頷いたロドウェルは、したり顔でつかつかと入室した。もはや挨拶も口上もない。空いていたユーハルトの隣の席に腰をかけ、強引に肩に手を回す。体を捻り、ぐいっと引き寄せた。


「うわ!」

「――やれやれ、おれも聞かせてもらおうか。一体、どういう了見で彼女を傷付けた?」




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― 新着の感想 ―
[一言] 圧迫面接キターーー!!!!(大歓喜)
[一言] まあ、分かりますけどね。 己の本心に素直になるべきか、将来を慮って身を引くのが正解かは、おそらく誰にも分からないでしょう。 それを決めるのは、あくまでも相手の方だから。(イゾルデ次第) 相手…
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