第九十六話 デートの定義
土曜日の朝は、空に雲がまばらに浮かぶ程度の晴天だった。
昨日の夜も『アストラルボーダー』にログインしたが、イベント開催の準備期間ということで、参加準備のためのレベル上げで時間を使った。
妹が起きてこないうちから目が覚めたので、朝食の準備を終えてテレビを眺める。
「――次のニュースです。先日都内に新たに発生した特異領域は、結界構築を終えて小康状態となっています」
そんなニュースも流れているが、先週公開された映画が興行収入何億突破とか、動画サイトであの曲が人気だとか、日常を感じる話題がほとんどだ。
「お兄ちゃん、おはよー。あっ、すごーい、ご飯作ってくれたの?」
「ああ。口に合えばいいんだけどな」
「いただきまーす。ん、美味しい! お兄ちゃん料理上手だね」
トーストに卵とソーセージ、スープ、サラダというメニューだが、妹が用意しておいたものを調理しただけだ。
「お兄ちゃんって、今日が初めてのデート?」
「い、いや……妹を連れて友達と買い物に行くのは、デートじゃなくないか?」
「女の子同士でもデートって言うでしょ。ようは、気持ちの持ち方次第っていうか」
英愛を連れていくことになったのは、家で一人にすることを雪理と黒栖さんが心配してくれたからなのだが、休日に妹と二人で外出というのは少し照れくさいものがある。
「私がお邪魔じゃないなら良かった。お兄ちゃん、優しいから」
「どちらかというと、優しいのは一緒に行く二人の方だな。俺は結構クールだから」
「あはは……そんなこと言って。昨日だって、ゲームしてるときお兄ちゃんの方がヒートアップしてたよ」
「あれはレアモンスターが出たから仕方がないな……今くらいの序盤にあいつが出るとかなり美味しいんだ」
「凄く強かったけど、お兄ちゃんがいたら倒せちゃうよね。さとりんといなちゃんのレベルも上がって良かった」
イベント参加には必須条件となるレベルがあるので、プレイヤーたちは一心に狩りをしていた。レベル7で良いので無理のない範囲だと思うし、俺たちも難なく達成できそうだ。
「お兄ちゃん、着ていく服はどんな感じ?」
「なんとか決めたけど、高校生ともなると、よそ行き用の服は一新した方がいいか……と少し思った」
「やっとお兄ちゃんもお洒落に目覚めてくれたんだ。雪理さんたちも喜んで選んでくれるよ、きっと」
二人のお願いを聞くのは俺の方なので、俺の買い物はしなくてもいいのだが――まあ、それは実際行ってみての流れ次第か。
◆◇◆
朱鷺崎市の駅前は、買い物をするには困らないくらいには店が充実している。同時多発現出の直後で復旧工事を行っている場所もあるが、市民の生活には影響がないようだった。
「あの子可愛くない? 隣にいるの彼氏かな」
「ハーフなのかな、髪の色すごい綺麗……いいなー」
同年代か少し上くらいの若い女性たちが、英愛の噂をしている――本人は気に留めていないのか、俺と目が合うと楽しそうに笑う。
妹は俺から見ても服のセンスがあるというか、ガーリースタイルがよく似合っている。俺が着ていく私服まで妹が選んでくれた。
「それにしても楽しそうだな……というか、テンション上がってるな」
「だってお兄ちゃんの新しい服が買えるんだもん。お兄ちゃんを常にかっこよくするのは妹の務めだから」
なぜか胸を張って言う英愛――言っていることは普通に嬉しいが、素直にそう言いづらい。
「俺よりも、他の二人の買い物の方が重要任務なんだけどな」
「うん、私も楽しみ。二人ともアイドルみたいに可愛い人たちだから、何を着ても似合っちゃうよね」
「ま、まあ……確かにな。何より二人が楽しんでくれればいいんだけど」
「お兄ちゃん、雪理さんと恋詠さん、どっちの方がタイプなの?」
「っ……いきなり何を聞いてるんだ」
二人の知らないところでどちらがタイプだなんて言うのは、良くないことなのではないだろうか。しかし真面目に考えないのも、それはそれで失礼な気がする。
クールに見えて内面は情熱的なところがあって、勇敢に戦う姿が可憐な雪理。
大人しくて引っ込み思案なところはあるが、いつも一生懸命で、癒されるところのある黒栖さん。
「二人の良いところは、まだ会ったばかりだけど言い尽くせないほどある。俺は二人に感謝してるし、これからも……」
「……大事な話をしているところ悪いのだけど、そろそろ後ろから声をかけるのはやめた方がいいのかしら」
文字通り、心臓が止まるかと思った――振り返ると、雪理と黒栖さんが連れ立って立っていた。雪理はほんのり、黒栖さんは耳まで真っ赤になっている。
「あ、あの、わ、私も、玲人さんに対して同じことを思っていてっ……でも折倉さんの方が玲人さんの理想には近いんじゃないかと……い、いえ、勝手に決めちゃ駄目なんですが……っ」
「落ち着きなさい、恋詠。私の方まで落ち着かなくなってしまうでしょう」
「はわっ……す、すみません……」
ここまで来る途中で二人で何を話したのか――雪理の黒栖さんに対する呼び方が変わっている。雪理らしいといえばそうだが。
今日は日差しが強いからか、雪理は帽子を被っている――白が似合う彼女らしいコーディネートだ。黒栖さんは今日も前髪で顔を隠しているが、ジャンパースカートがよく似合っている。
「こんにちは、雪理さん、恋詠さん。兄がいつもお世話になっています」
「ええ、こちらこそ。英愛さん、今日は来てくれてありがとう」
「いえいえ、お留守番の私を気遣ってくれて、申し訳ないです。でも、すごく嬉しいです」
「私も会えて嬉しいです。よろしくお願いしますね」
三人ともすでにある程度通じ合っているというか、和気あいあいとしているようだ――そういうことなら安心だが、さっきの話を聞かれていた恥ずかしさがまだ尾を引いている。
「早速ですけど、まずどこのお店に行きます?」
「英愛さんは行きたいところはある? 私たちは、駅前デパートに用があるのだけど」
「あ、私も好きです! 都心に出なくても色々買えて便利ですよね」
「お買い物のあとはカフェに入ろうとお話していたんですが、玲人さんは良いですか?」
「ああ、俺はどこでも行くよ。というか、エスコートできるほど駅前に詳しくなくてごめん」
「いいのよ、一緒にいてくれるだけで意味があるんだから。女の子のショッピングっていうのはそういうものよ……と、揺子が言っていたわ」
「私もそう思います、お兄ちゃんと一緒だとなんでも楽しいですよね」
「では、行きましょう……あっ、い、いいんですか? 私なんかと手を……」
「いいんですいいんです。お兄ちゃんも繋ぐ?」
妹の天真爛漫ぶりには、俺としてもお手上げだ――会ったばかりの俺の友達と手を繋ぐとは、大胆というか何というか。
雪理と黒栖さんが俺を見てくるが、さすがに俺も加わって手を繋ぐという選択は浮上しなかった。というか、往来で四人並んで手を繋ぐというのは普通に通行妨害だ。
◆◇◆
雪理と黒栖さんが何を買いに行きたいか――というのを、俺は事前に聞いていなかった。
それが平和惚けだったと、二人に連れられて行った先で痛感することとなる。
「いらっしゃいませ、雪理お嬢様」
デパートの女性向けフロアの一角を埋めている店。それは女性向けの水着と、アクアスポーツ用品を置いている店だった。
英愛が目を輝かせているが、俺はどんな顔をしていいのか分からない。一緒にいてくれるだけで意味があるとはいえ、女性向け水着ショップで男ができることとは何なのか――なんとなく水着を着たマネキンにも視線を向けづらい。
「電話していたとおり、合宿で使う水着が必要なの。選ばせてもらえる?」
「ありがとうございます。まずデザインを決めていただいたあと、採寸してオーダーメイドで作らせていただく形になります」
「ええ、お願い。黒栖さん、勝手に進めてしまっているけれど、私と一緒のお店でいいかしら」
「は、はい、大丈夫です。でも私、その……」
黒栖さんが何か雪理と内緒話をする――俺は耳をそばだてないように、かつソワソワとしていることが気取られないように努める。
「……そうだったのね。それならなおさら、今回は気に入ったものを選びましょう」
「っ……ありがとうございます。私、女の子の友達と買い物に来たりしたことがあまりなかったので……」
「私は揺子と一緒に来るのだけど、彼女は今日、どうしてか恥ずかしがってしまって。なんとなく理由は分かるけれど、困ったものね」
そこでなぜ俺を見るのか――坂下さんはもしかしなくても、水着を買うのに俺が付き合うのが恥ずかしかったということなのか。
「お兄ちゃん、責任重大だね」
英愛が耳打ちをしてくる――肩に手をかけて背伸びをするのは危険だ、腕に何かが普通に当たっている。それを気にしないのが兄の務めだ。
「俺に関与する余地は無いと思うんだが……責任とは?」
「お兄ちゃんに見て欲しいってことでしょ」
「み、見るって……必要か、それは」
「水着だから恥ずかしくないよ。私だってお兄ちゃんに水着を見られても平気だし」
「英愛さん、あなたも一緒に選ぶ? 水着を買う必要があればだけれど」
「えっ、いいんですか? 私、お兄ちゃんのおまけでついてきただけなのに」
「そんなことはないわ、私のバディの妹は、私にとっても妹みたいなものだもの」
雪理は微笑んで言う――とても言えやしないが、英愛と俺の意見はそのとき完全に一致していただろう。『女神か』と。
※いつもお読みいただきありがとうございます!
ブックマーク、評価、ご感想などありがとうございます、大変励みになっております。
皆様のご支援が更新の原動力となっておりますので、何卒よろしくお願いいたします!




