第九十四話 五対一の訓練・2
「速すぎっ……きゃぁぁっ……!!」
そのまま追い打ちを繰り出すと、社さんが短剣を交差させて受け、吹き飛ぶ――だが衝撃を殺すために、同時に彼女は後ろに飛んでいた。
雪理の体勢が戻っている。二人の攻撃に備えて視線を移したその瞬間。
――雪理の視線が、俺ではなく『俺の肩越しの背後』に向けられた。
「……やぁぁっ!」
《黒栖恋詠が魔装スキル『ブラックハンド』を発動》
(っ……!!)
ゾクリとするような感覚。反射的に横方向に回避する――そんな賭けのような避け方はしてはいけない、分かっていてもそうするしかなかった。
「「――はぁぁぁっ!!」」
《折倉雪理が剣術スキル『雪花剣』を発動》
雪理の繰り出した鋭い斬撃。崩れた体勢で見てから受けるというのは無理だ、直撃する――覚悟したその瞬間。
《神崎玲人が『魔力眼』を発動》
(――見える……今からでも追いつける、のか……!)
視界に映る全てが『見える』。実際は遅くなっているわけでもない、それでも雪理の動きが見えている。
「っ……!?」
ロッドで振り下ろされた剣を受ける――クリーンヒットしていたはずの攻撃を。
しかし完全には受けきれず衝撃でロッドが下がり、雪理の攻撃が俺の肩に届く。
「……一本、ってことかな。みんな流石だ」
「私は揺子と違って魔法で足場を変えられていなかったから、運が良かっただけで……この流れでなければ、全く当てられていないと思うわ」
「坂下さんごめん、つい魔法を……最初の連携から、雪理と坂下さんの双方をフリーにするとやられるって感じたからさ」
「そのようなプレッシャーをかけられたのなら良かったですが……まだ修練が足りませんね。足場が悪いところで戦う対策が必要だと痛感しました」
「そ、それより……私には、黒栖さんが突然神崎君の後ろに現れたように見えたのですが。社さんとタイミングを合わせたのですか?」
「えっ、全然そんな打ち合わせとかしてないですよ。私も黒栖さんがパッと出てきたみたいに見えてましたし」
俺にもそう見えていたが――と考えて、ようやく思い当たる。
「そうか。黒栖さん、さっき習得した技を使ってみたんだな」
「は、はい。『セレニティステップ』を使ってみたら、説明通りに音がしなくなったんです。正面からでは玲人さんには絶対当てられないので、後ろから……す、すみません……」
俺は後ろからでも気配を察することはできる。『生命探知』『魔力探知』が常時発動しているからだ。
その二つの探知を黒栖さんは完全に逃れていた。元から転身することで敏捷性が上がり、足音も消える黒栖さんは、さらに『セレニティステップ』を使うことで奇襲を必ず成功させられる。
「ということは……実質的に、折倉さんと黒栖さんが取った一本ということでしょうか」
「私は五人での一本だと思うけれど……クリーンヒットでもないから、有効というくらいかしら」
「見事にやられたな。けど黒栖さん、二回目は通用しないぞ。リボンの攻撃も見てみたいしな」
「あっ……す、すみません、武器の練習というお話だったのに……っ」
「先生、私の動きはどうでした? 見事に受けられちゃいましたけど」
「奥の手の一つを出させられたし、『クァドラブレード』はいい技だな。伊那さんの飛翔棍も間合いと威力のバランスがいい。『雷鳴打ち』を入れてきても大丈夫だよ、ちゃんと武器マスタリー……武器の習熟度は上がるから」
「っ……そ、そんなに褒めても何も出ないのですが……私の技の名前まで覚えていてくださるなんて……」
金髪ツインテールの伊那さんが雷属性の技を繰り出すというのは、まさにイメージ通りで覚えやすい。金色といえば光属性という考え方もあるが。
「私も属性つきの技を出してしまったわね……ファストレイドは最初の一手でしか使えないし、通常の立ち回りでも使える技が必要ね」
「雪理といえば『雪花剣』だから、得意技を磨くのはいいことだよ。坂下さんも最後に『輝閃蹴』を出せたのに、止めてくれたね」
「お嬢様の攻撃が当たっていたので、技を繰り出すことはしませんでした」
「えっと、一つ提案いいですか?」
社さんが手を上げて発言する。そして彼女は無邪気な笑顔でこう言った。
「神崎先生から有効を取れたら、お願いを一つ聞いてもらう……とか、テンション上がりません? 折倉さんと黒栖さんは合わせ技有効なので、お願い一つ権利獲得で……なーんて」
『…………』
皆が無言で顔を見合わせる。次に視線を向けるのは俺のほうだが、なぜみんなほんのり顔が赤いのだろう。
「……折倉さんと黒栖さんがもう一度有効を取ったら、二つお願いを聞いてもらえるのですか? それは贅沢というか……」
「い、いえっ、玲人さんが教えてくれているだけで嬉しいですから……っ」
黒栖さんは遠慮しているが、雪理はどうなのだろう。黒栖さんの性格上、雪理に引っ張られるのではないか――そして雪理は真面目なので、社さんの提案を却下しそうだと思ったのだが。
「……玲人の気持ち次第というところはあるけれど。それでいい?」
「っ……ま、まあ俺としては、簡単に二回目を入れられるわけにはいかなくなるけどな」
「難易度が上がってしまいましたか……これは一筋縄ではいきませんわね」
「わ、私は……お願いなどは恐れ多いですが、力を尽くさせていただきます」
「もちろん私も。でも最速の技をもう出しちゃったから、トリッキーに攻めますね」
何か五人から、今までとは違う熱量を感じる――俺に一体何をお願いするつもりなのだろう。『セレニティステップ』にさえ注意すれば、そうそう有効打は出せないと思うのだが。
◆◇◆
訓練所の温度が上がっている――というのはたぶん気のせいではない。
休憩を挟みつつ五人と立ち会いを続けるうちに、みんな汗びっしょりになっていた。熱を持った筋肉を『ヒールルーン』で回復させているので、動きのキレはみんな落ちていない。
「せやぁっ……!」
《伊那美由岐が『雷鳴打ち』を発動》
「――おぉぉっ!」
魔力に覆われたロッドで雷を遮断し、三節棍を打ち返す――彼女の一撃一撃は相当に重い。
しかし最初に奪われた有効打以外、俺は一撃も通さなかった。危ないという瞬間に『魔力眼』が発動すると、攻撃を捌ける――捌くことができてしまう。
「はぁっ、はぁっ……今のはいけると、思ったのですが……」
社さんのフェイントから伊那さんの攻撃という流れだったが、危なげなく防ぎきった。
「あー、負けたー……先生、私のフェイントってそんなに単純ですかー?」
「もっと戦術のバリエーションを増やさなければ……それ以上に、武器の扱いですわね」
「玲人と一緒に訓練をすると、剣の扱いに慣れていく実感があるのだけど……あなたたちは?」
俺には皆が『武器マスタリー』レベル1を取得したことがなんとなく分かる。初めからかなり回避しづらかった黒栖さんのリボンも、三十分ほど経ったころから一段とキレが鋭くなった。
「玲人さん、ありがとうございました……っ、新しいリボン、今日だけでも分かるくらい慣れてきました」
「ああ、良い動きだったよ。使い続けてたら新しい技を覚えるかもしれないな」
「玲人は武器の心得があるから後衛職なのに強いのね。結局あれから一撃も入れられないなんて、剣士としては悔しいけれど……」
「いや、俺も必死だったよ。魔法で加速しなかったら全くついていけない、雪理はそれくらい速いから」
「ですが、神崎様は私たち全員に加速の魔法をかけていたではないですか」
そうでなくては公平ではない――というだけだが、みんな半分呆れている。
「私たちは接近戦に向いた職業なのだから、魔法の強化なしであなたに追いつけないと……と言いたいけれど、強化がなかったらかすりもさせられていないわね」
「攻撃を当てられたらなんて、調子に乗っちゃってました。私たちの方が先生のお願いを聞かないとですよね、百回くらい」
「い、いや、それは大丈夫だけど……」
「何を動揺しているのかしら……? 玲人も社さんの言うとおり、その……思春期というか……」
「ま、待て待て。魔力の供給でそういう感覚があるのは、あえてそうしてるわけじゃないからな。その……訓練で俺が勝っても、別に変な要求とかは……」
「っ……わ、私は大丈夫ですけど、皆さんにエッチなことはちょっと、良くないというか……っ」
「……え? 黒栖さん、今……」
「あっ……ち、違いますその、いえ、違ってはいなくて……」
「な、なんでもありませんわっ……神崎君、それより汗をかいてしまいますし、シャワーを浴びて来た方がいいですよ」
「シャワーとか、何でもえっちな方向に考えちゃうんですけど……神崎先生の濡れ髪っていいですよね、なんか」
「社、これからエッチと言うのは禁止にします」
「えー、だったら代わりになんて言えばいいんですかー?」
伊那さんに注意されて不満そうにしつつ、皆が女子更衣室に向かう。女子のノリに押されてしまったが、ひとまず俺も引き上げることにした。




