第六十七話 Bランク討伐報酬
家に戻る時にはタクシーを使った。コネクターから直接料金を引き落とすことができるので、現金必須の場合以外、支払いはこれだけで済ませられる。
「お客様、家の前まで行きますか?」
「いえ、ここで大丈夫です。ありがとうございました」
《運賃¥1000を決済しました》
車を降り、タクシーを見送ったあと、ふと気になる――現在、報酬としてはどれくらいの入金があったのだろう。
「イズミ、今俺の口座にはどれくらい入ってる?」
《本日の特異領域における魔物討伐についても、報酬はすでに振り込まれております。口座残高は、総額で6371万とんで600円になります》
「ぶっ……!」
思わず吹き出してしまう。こんな漫画みたいなリアクションを自分がすることになるとは――しかし、それくらいしても仕方がない金額だ。
「……やっぱり、悪魔を二体討伐したのが大きいのかな」
《イエス・サー。ご主人様が討伐した二体の悪魔のうち、一体は暫定ランクBとなっておりますが、封印による無力化は討伐と同義です。封印した媒体を討伐隊などの公的機関に届けた場合は、報酬金額が上乗せされます》
「俺がBランクユニークを二体倒したってことは、このブレイサーのデータを管理してるところには知られてる……そうなるのか」
《報告を行わないことは可能ですが、その場合は報酬は得られなくなります》
《申し訳ありません、ご主人様が魔物と戦闘に入る前に、こちらの件については説明しておくべきでした》
「いや、知られたくないわけじゃない。討伐隊に敵対する気はないし、公の組織を信用してないってわけじゃないから」
《ありがとうございます。コネクターによる討伐者の情報管理には、今も議論の余地が残っています。疑問点がありましたら、遠慮なくお知らせください》
「……コネクター、か。イズミ、俺の妹は『コネクター』じゃなくて『ブレイサー』と言ってたんだけど、違いは何かあるのかな」
《……ノー、サー。それについては回答できかねます。私は私が搭載されている機器について、全ての情報を持ちません》
「学園から支給されたってことは、学園に『ブレイサー』について知ってる人がいる……そういうことになるかな」
《消極的に肯定します。おそらく、そうであると思考します》
この話題になって、イズミの受け答えが無機質になった――彼女の言う通り、このブレイサーが何なのか、コネクターとの違いはどこなのかという点について、知らされていないようだ。
もしくはブラックボックスのようなものがあって、そこに情報が格納されているとか――なんて、陰謀論めいたことを考えるのは悪いクセだ。
「答えてくれてありがとう。しかし、六千万か……こういうのって、魔物討伐税がかかったりするのかな」
《ノー、サー。魔物討伐の報酬は無課税です。通常の所得とは異なり、四十年前に策定された新しい法規に基づいて支払われれるものです》
五十年前に起きたという一斉現出。それから十年間は、魔物を倒すことによって報酬が払われるシステムは整備されていなかったということか。
しかし元来、高校の小遣いは五千円の予定だった。その一万二千倍以上と言われても全く現実味がなく、本当に使っていいのかという疑念もまだ残っている。
《これは紛れもなく、魔物討伐に対する正当な対価です》
「そうか……じゃあ、必要な時は遠慮なく使うことにするよ」
他にも魔物のドロップ品を売却したりとか、そういうやり方で収入を得られるなら、分かりやすくていいのだが。
三色のジェム、竜骨石、そして魔像の魂石。この辺りの素材が揃うとあることができるようになるので、換金せずに試してみたい。
(家の庭先でやってみるか……思い出すな。まだレベルが低かったとき、仲間を集められなかった頃は、『あいつ』と一緒に……)
「あ、お兄ちゃん……さっきタクシーが停まってるのが見えたけど、どうして入ってこないの?」
「ああ、ただいま、英愛」
「おかえり、お兄ちゃん。今日も恋詠さんと一緒だった? それとも雪理さんかな?」
「まあ、その両方だ……って、嬉しそうな顔をされてもな。他にも大勢一緒にいたよ」
「お兄ちゃん、そんなに沢山友達できたんだ。ねえねえ、どんな人?」
「友達というか、討伐科の人たちだよ。雪理と一緒にいるときに、伊那さんっていう人たちが絡んできたんだ」
「ふーん、あんまり仲良くないの? でもお兄ちゃんなら大丈夫だよね、すっごく強いし」
「それは人間関係にプラスなのか分からないけどな。まあ、心配ないよ」
学園の敷地内にある特異領域で魔物と戦ってきた――それを言うのはまだ憚られる。
「英愛こそ、学校の方はどうだった? もう落ち着いてるか」
「うん、大丈夫。お兄ちゃんのおかげだよ。さとりんといなちゃんも、昼から学校に出てこられたの」
英愛の瞳に涙が光っている――それだけ安堵したということだろう。
悪魔に精気を吸われてしまった二人のことは気がかりだったが、無事に回復して何よりだ。だが、身体のこと以上に、あんなことがあった学校に行くのは勇気が必要だろうというのを心配していた。それも杞憂に終わってくれたようだ。
「お兄ちゃん、本当にありがとう。二人は覚えてなかったんだけど、お兄ちゃんが助けてくれたことを伝えたら、お礼がしたいって」
「いや、それは……気にしなくてもいいぞ、困った時はお互い様だから」
「そんなこと言わずに、また二人と会うときがあったら、話を聞いてあげて。それとね、二人も『アストラルボーダー』に興味があるんだって」
「え……あの二人がVRゲームを?」
ゲーム自体は誰がやっていてもおかしくないが、前に話したときはそういう話題に触れなかったので、少し意外に感じた。そんな俺の反応を見て、英愛は嬉しそうにする。
「私がお兄ちゃんとボスを倒したって言ったら、二人とも興味津々になっちゃって。普段は動物と一緒に街で暮らすゲームしてて、その話ばかりなんだけど、一度はVRMMOもやってみたかったんだって。ゲーム機はもうあるみたいだよ」
「そうなのか……じゃあ、一緒にできるといいな」
俺が『旧アストラルボーダー』を始めた時には、VRMMOをプレイするためのハードはそんなに普及していなかったのだが――それも、この現実が元と異なっている部分だ。
「今日はまだ両親に心配されるから、夜ふかしはできないんだって。また今度できるようになったら一緒にやろうって誘ってもいい?」
「ホームが勝手に決まるから、俺たちが他のホームに移動できるようにしておいた方がいいな」
「あ、そっか……じゃあご飯食べて、お風呂入ったらすぐに始めなきゃ」
「宿題はやってあるのか?」
「学校の図書室でやってから帰ってきました、隊長どの」
「それは偉いな。英愛は学校では真面目にしてるイメージがあるけど、やっぱりそうなのか」
「お兄ちゃんに恥ずかしくない妹であるためには、日頃の努力が欠かせないのです……なんてね。あ、ご飯もうすぐできるから、着替えたら降りてきてね」
妹は先に家に入っていく。その弾むような足取りから分かるのは、俺が帰ってくるのを楽しみにしていてくれたということだ。
――それが何のためなのかわかるのは、夕食と風呂を終えて、部屋でまったりしている時のことだった。




