表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

100/135

第九十八話 小さな魔獣

 日曜日――部活で出てきている生徒がいるからか、学園は意外と賑やかだった。


「私も再来年は、お兄ちゃんとこうやって毎日通うんだね」

「学園前の上り坂、きつかったろ」

「ううん、あれくらいなら全然。私こう見えても体力あるから、持久走とか得意だし」

「いろいろと優秀だよな……勉強方面はどうだ?」

「成績も良いほうだよ。あんまり言うと自慢してるみたいだから、控えめにしておくね」


 この言い方だと学年上位も普通にありそうだ。彼女は何を持ち得ないのだ、とか中二病的なことを考えてしまう。


「……あれ? あの人、何してるのかな」

「ん……」


 あれは――姉崎さん。ジャージ姿の彼女が、駐輪場近くの茂みに向かって座っている。


「ちっちっちっ。出ておいでー」


 茂みの中に何かいるのだろうか。学園には結界が張られているが、無害な動物なら中に入ってくることもあるのか――それとも、元から学園内にいたのか。


 姉崎さんはバッグから何か取り出している。食べ物で釣ろうとしているようなので、やはり生き物を見つけたようだ。


「ほーら、トレーニーの栄養補給にぴったりなプロテインバーだぞー。美味ちいでちゅよー……あー、何やってるんだろあーし」

「姉崎さん」

「はひゃぃっ……!?」


 気を遣って音を立てないように近づき、声のボリュームを落として話しかけたが、姉崎さんを思った以上に驚かせてしまった。


「あ、ああ、レイ君……おはよ、今日はいいトレーニング日和だよね、あはは」

「お姉さん、どうしたんですか? 何か見つけたみたいでしたけど」

「あ、この子がレイ君の……せつりんから聞いてるよ、え、ちょっと可愛すぎない?」

「そんなことないです、お姉さんの方がかっこいいです」


 姉崎さんが俺と英愛を見比べるが、その気持ちは分かるので文句は言えない。英愛は照れて髪を触っているが、その仕草も姉崎さんにはいじらしく見えたようだった。


「分かる人には分かっちゃうよね、あーしのジャージ姿の魅力が」

「姉崎さん、それで話は戻るんだけど、そこに何が……」

「ああっヤバ、逃げちゃってないよね? あ、いたいた。何もしないでちゅから出ておいでー……じゃなくて、出てきてどうぞー」


 思い切り赤ちゃん言葉になっているが、犬や猫に対してそうなる人はそれなりに居ると思われる。そこまでの動物好きだなんて、ギャルらしい容姿の姉崎さんのギャップがまた一つ増えてしまう。


「あっ、出てくる……っ!」

「えっ、ちょっ……!?」

「――っ!」


 茂みから飛び出してきた生き物は、腕を広げていた姉崎さんに抱きとめられる――勢い余って後ろに倒れそうになった姉崎さんを、なんとか反応して支える。


「はぁ、びっくりした。おいたしちゃ駄目でちゅよー……あれ?」

「この子、リス……かな?」


 学園の敷地内にリスがいるというのも、この学園の立地を考えると絶対になくはないのだろうが――姉崎さんの胸にしがみついている動物は、可愛らしい顔でクンクンと匂いを嗅いでいる。


「あはは、くすぐったい。えー、どうしよ、可愛すぎるんだけど。学園内でリスって飼っていいの?」

「首輪とかはついてないし、学園で飼われてないようなら、許可を取れば大丈夫じゃないかな」

「ふーん、そうなんだ。うわ、この子めっちゃ尻尾ふわふわしてる」

「……あれ? お兄ちゃん、この子昨日ゲームで……」

「え……?」


 妹に言われて、俺はリスのような動物を近くで見る。


 全く同じ姿というわけではないが、昨日『アストラルボーダー』にログインしたときに遭遇したモンスター『リズファーベル』によく似ている――ような気がする。


「ということは、まさか……魔物か?」


 『アストラルボーダー』に登場するモンスターが、実在の魔物をモデルにしている。それはありえなくはないが、住民に被害を出すような魔物をモデルにすると、今のご時世では炎上騒ぎになりそうだ。


「ま、魔物でも、あーしはこの子を見捨てないからね……!」


 姉崎さんがリスを抱きしめる――彼女の言葉がわかっているかのように、リスはミー、ミーと鳴いている。リスのようだが鳴き声は子猫のようだ。


「無害と確認できれば、まあ大丈夫……じゃないかな」

「ほんと? 良かったー……ふわふわリスちゃん、良かったね。レイ君が飼っていいって」


《玲人様、こちらの生物はEランクの魔物のようですが、よろしいのですか?》


 俺はこのリスから魔力を感じないが、イズミには判別ができるようで、そう教えてくれる。姉崎さんと英愛を気遣ってか、音声を出さずに伝えてくれた。


『Eランク……ヒュージトロール、レッサーデーモンと同じくらいか』


《はい。データバンクには目撃例が少ないため、生態など詳細は不明とあります》


『……前回の、同時多発現出。あの時に紛れ込んだのか』


《その可能性は高いと思われます。学園周囲の侵入防止フィールドが――結界と呼称しますが、一時的に破壊されておりますので》


『じゃあ……俺はどうするべきかな』


《『魔物使い』の方にご相談されるというのはいかがでしょう》


 ウィステリアに憑依していた『無名の悪魔』については、俺の制御下に置く手段はある。しかしこのリスは、実体があるので『スフィアライズ・サークル』で封印することはできない。


 もちろん魔物である以上、見た目が可愛いからと油断することはできないのだが――姉崎さんに懐いている姿には、どうも凶悪なものは感じない。


「ふぉぉ、なんかめっちゃふみふみしてくるんだけど……肉球ぷにぷにしてる」

「リスって肉球あるんだっけか……って、それは置いておいて。姉崎さん、俺のコネクターが分析してくれたんだけど、やっぱり魔物みたいだ」

「そうなんだ……確かにリスっぽいけど、本物のリスそのものじゃないっていうか……これはちょっと違うよねー」


 リスの額についている小指大の宝石。俺は昨日、これのドロップを狙うためにレアモンスターを追い回したわけなので、少し複雑な気分ではある。


 しかし『リズファーベル』が持っている宝石は白いはずである。このリスの額についている宝石は赤い――姿が似ているだけで、違う魔物なのだろうか。


《登録名称は『小型魔獣NO.661』です》


 それは名前が無いということではないだろうか。未識別の魔物が学園内にいたと発覚したら、騒ぎになりかねない。


「レイ君、どうしよっか……?」


 いつも快活な姉崎さんが、急にしおらしくなる――そんな姿を見せられると俺としても弱い。


「大丈夫、きっと何とかなる。この学園に『魔物使い』の人っているのかな」

「あ、討伐科にいるって聞いたことある。でもうちらより一個上なんだよね」

「二年生か……」


 休日なので学校に出てきているかどうかも分からない――と思ったが、姉崎さんは何か思い当たったらしく、表情が明るい。


「魔物使いの人は『魔物研究部』って部活に入ってるんだって。休みの日も部室にいたりしそうじゃない?」

「なるほど、ありうるな。集合時間まで少し余裕があるから、急いで行ってみよう」

「お兄ちゃんたちの学校ってそういう部活もあるんだ……すごーい」


 俺も初耳なので、どんな活動をしているのか気になる。


 この学園で一番出現する魔物が強い特異領域(ゾーン)でEランクの魔物が出現するということは、魔物使いの人の実力次第でこのリスを調教(テイム)できる可能性がある――何にせよ、会えるかどうかが問題だが。


   ◆◇◆


 討伐科の校舎二階にその部屋はあった。『魔物研究部』――在室中という札が出ているので、扉をノックする。


「はーい……あら? 神崎君、こんにちは」


 扉を開けて姿を見せたのは、紫色の髪を三つ編みにした女性――武蔵野先生だった。


「すみません、急にお邪魔してしまって。先生、ここにいるってことは……」

「ええ、私はこの部の副顧問なのよ。教科の受け持ちは冒険科だけれど、大学の時に魔物研究を少しやっていたから」

「先生、ここに『魔物使い』の人っています? あーしたち、その人に用があるんですけど……ひゃっ……!」


 どのタイミングでリスのことを先生に伝えようか――と迷っているうちに、姉崎さんのジャージの中に隠れていたリスが顔を出してしまった。


「っ……こ、この子……普通の動物ではない、ようですが……?」

「あ、あわわ……まだ出てきちゃ駄目って言ったのに……」

「先生、この魔物を『魔物使い』の力で人に慣れさせるというか、そういうことは可能ですか?」

「ええ、魔物を手懐ける方法があるので、その条件を満たせば……ですが、人間の手で調教(テイム)できない魔物もいます。『魔獣』に類する魔物であれば、試してみても良いかもしれないですね」

「『小型魔獣』って分類で、特定の名前はまだついてない種類みたいです」

「私も似た魔物をデータで見たことはありますが……その魔物とも少し違いますね。ところで神崎君、先にそちらの可愛い女の子のことを聞いても良いですか?」


 武蔵野先生が俺の後ろにいる英愛を見て聞いてくる。英愛はそろそろと前に出て、ぺこりと頭を下げた。


「初めまして、神崎玲人の妹で、英愛と言います。兄がいつもお世話になっています」

「こちらこそお世話になっています、神崎君の担任の武蔵野(むさしの)(こずえ)です。英愛さんは附属中学に通っているの?」

「はい、二年生です。今日はお兄ちゃんの付き添いで来ました」

「付き添いというか、妹もここのプールは利用できるって話を聞いて……」

「そうですね、この学園の関係者で、学生であれば大丈夫です。では『魔物使い』の生徒でしたね、紹介しますので私も立ち会って良いですか?」

「はい、お願いします」


 武蔵野先生に続いて部屋に入ると、左右の壁際に置かれた書棚にぎっしりと資料が入っている。『魔物の生態』『特異領域という新たな環境』――俺が知っている『元の現実』ならば、存在し得なかったような本ばかりだ。


 部屋の奥にある机の前には、長い黒髪の女子生徒が座っている。机の上には大きめのカゴが置いてあり、中には一匹の鳥がいた。


※いつもお読みいただきありがとうございます!

 ブックマーク、評価、ご感想などありがとうございます、大変励みになっております。

 皆様のご支援が更新の原動力となっておりますので、何卒よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ニコニコ漫画様にてコミカライズ版が連載中です!
『ログアウトしたのはVRMMOじゃなく本物の異世界でした コミカライズ版』
ダッシュエックス文庫様から8月25日に書籍版第4巻が発売されます!
イラスト担当は「KeG」先生です。
i770868/
書籍版も合わせて応援のほど、何卒よろしくお願いいたします!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ