11、最後の覚悟
本日、二回目の更新です。
見舞いを継続するという涼香とは病院で別れ、和穂たちは繁華街へと戻ってきた。
喫茶店に入ると、茂人から聞けた魔方陣について話をすることにしたのだ。
「あたしはてっきり、幽霊とかそういうののせいだと思ってたんだけど……」
凛が戸惑った様に呟く。アイスティーの氷が、カランと涼やかな音を立てる。
「幽霊も十分現実離れしてるけどね。でもそれなら、友樹さんが聞いたドアベルの音は? ポルターガイストかと思ってたんだけど」
尊の言葉に、和穂も同意する様に頷く。多部はそんな和穂たちを一瞥すると、顎に手を当てて宙を見た。
「君たちは、魔法……いや、この場合、カルト的な黒魔術といえばいいかな。そういうものがあることを知ってるかな」
「えっと……ブードゥ教みたいな?」
「あぁ、そうだね。近いよ」
「え? でもそれって……本当に誰かを呪ったりとか無理ですよね?」
「ところがどっこい、もしもできるとしたら? もちろん、複雑な儀式とか代償は必要になるんだけど……」
多部が視線を凛に向ける。凛は戸惑った様に多部を見つめ返す。
「君のお兄さんだけど、ドアベルの音を聞いたと言ったよね。その後、店長はもう死んでた。僕の予想だけど……犯人はちゃんとその場にいたんだろうね」
「え……どういうことですか……」
「そういう魔術があるってことさ。まあ、相手が人間だけならいいんだが……しかし、紅の魔術師か。なかなか的を射た命名だとは思わないかい」
多部の唇が笑みを形作る。
「もし仮に、紅の魔術師が透明人間だとして、どうやって被害者の情報を知りえたんでしょう」
「想像は色々できるけど、候補がそれなりにあるからね。僕としては、さっさとホームページの管理人に会ってみようと思うけど」
「多部さんは、管理人が紅の魔術師だと思ってるの?」
凛の質問に、多部は曖昧な笑みを返すのみだ。
関谷は溜息をつくと、携帯を取り出した。
「多部、上司に報告するよ。場合によっては、例の課を動かしてもらうことになる」
「例の課?」
思わず和穂が聞き返すと、関谷は答えることなく外へと歩き去って行った。
「行っちゃった」
不満そうに口にする和穂を、多部は笑顔で見つめる。
「まあ、警察も色々あるのさ。関谷が戻ってきたら、僕らは管理人に会う算段をつけるけど、君たちは……」
「いくに決まってるでしょ」
凛がむすっとして答える。多部は満足そうに頷くと、微笑んだ。
「実に勇気があるね。ぜひ僕の事務所で雇いたいくらいだよ」
「多部さんは、怖くないんですか?」
彩乃だ。彩乃は人一倍怖がりだからなのか、異常な状況を楽しんですらいる多部が不思議でならない様だ。
「そりゃあ怖いさ。だけどね、これが僕の仕事だから」
「ネジがぶっ飛んでるだけだろ」
幹夫の辛辣な言葉すら笑い飛ばす、この多部という男に。今更ながら和穂は興味を持つのだった。
「さて、それじゃあ管理人に連絡をしてみようか」
多部がのんびりと、使い古されたタブレット端末を取り出す。画面を操作し、目的のページを見つけたのかタブレットをテーブルに置き、和穂たちに見える様にしてみせた。
「どうする? 場所はどこに指定しようか」
「どこがいいと思いますか?」
和穂の問いに、多部は暫し考える様に目を細めた。
「無難にここでもいいと思うけど……おっと、そんなに怖い顔をしないでよ。僕だって関谷に叱られるのは嫌だしね。そうだね、イチヘビ坂に、廃ビルがあるんだけど、そこに呼ぼうか」
一蛇坂とは、枝蛇市を流れる一番大きな川の北側の地区を指す。
「じゃあ、そこでお願いします」
「最後に聞くけど、本当にいいんだね?」
無言で頷く和穂たちに、多部はそれ以上聞かなかった。ただ肩をすくめると、テーブルの上のタブレットで、メールを打ち込んでいく。
送信ボタンをタップすると、ちょうど関谷が戻ってきた。
「あぁ、関谷。遅いからメール送っちゃったよ」
「悪いな。こっちは大丈夫だ。もしも私たちに何かあれば、すぐに代わりの人間が動ける。それと、君たち」
関谷が和穂たちを見つめる。
「ここまで来たら、帰るつもりはないんだろうからあえて言うけどね。もしも命の危険を感じることがあれば、すぐに逃げること。いいね」
「……わかってます」
自分たちの我儘で、関谷や多部に迷惑をかけている自覚がないわけではなかった。それでも少なくとも和穂は、友樹が死ななくてはならなかった原因を突き止めないと気が済まなかったのだ。
「明日の夕方5時に、イチヘビ坂の廃ビルだ。返事が来たよ」
「余程自信があるのか、ただの馬鹿なのか……まぁいい、明日は応援を一人連れてくる。廃ビルの外で待機させて、例の課との連絡を頼むつもりだ」
「じゃあ、3時半頃駅で集まって、最終確認だね。君たち、ひとつ言っておくけど、くれぐれも勝手に動かないでね」
多部に念を押され、和穂たちは頷いた。
明日、全てが終わることを信じて。祈る様な気持ちで和穂はタブレットを見つめていた。
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その日の夜、和穂は自宅のベッドに潜り込みながら眠れずにいた。
妙に気持ちが高ぶっているのもあるが、何よりも不安が勝っている。
思えば、カラオケに行った日から全てが狂い始めた。いや、実際は和穂の知らぬところで、少しずつ歯車が狂っていたと言えばいいのか。
何も知らないままなら、今も毎日を気だるげに、それなりに楽しく過ごせたのだろうか。
そんな意味のないことを考え、その夜何度目かの溜息と共に、ごろりと寝返りをうつのだった




