第96話 アクアティアへの旅立ちの決意
ウィンドランナーという頼もしい仲間を加え、
『ドラゴン便』の翼は、その数を増し、
リンドブルムの空を、
そして近隣の村々へと、
希望と物資を届け続けていた。
ドラゴンステーションは、
まさにアースガルド大陸の物流の新たな心臓部として、
日夜、活気に満ち溢れていた。
リュウガが担う幹線輸送と、
ウィンドランナーたちによるきめ細かい支線輸送、
そしてピクシー・ドレイクたちの愛らしい市内配送。
それぞれの翼が、それぞれの役割を完璧にこなし、
俺が夢見た効率的で、
そして温かい物流ネットワークが、
着実に形になりつつあった。
だが、俺たちの本当の目標は、
まだ遥か先にある。
真の『ドラゴンギア Lv.2』。
そして、あらゆる荷物を完璧な状態で運ぶための
『特殊コンテナ』、特に究極の冷却性能を持つ
『コールドボックス・マークIII』の完成。
そのためには、最後の、そして最も重要な素材である
『深淵の水晶』が、どうしても必要だった。
その在り処とされる、南西の果ての国、
アクアティア公国。
そして、その近海に眠るという古代遺跡。
そこへの旅は、これまでのどんな冒険よりも
困難で、そして危険に満ちているだろう。
海洋大国ネプトゥーリアの影もちらつき、
一筋縄ではいかないことは明らかだった。
「…ケンタさん、本当に…
本当に行くのですね…? アクアティアへ…」
ある日の夕暮れ、
ドラゴンステーションの屋上から、
夕焼けに染まるリンドブルムの街を眺めていた俺に、
リリアさんが、少し不安そうな、
しかしどこか決意を秘めた瞳で話しかけてきた。
彼女の小さな手は、
俺が以前贈った、リュウガの鱗のかけらがついた
お守りを、ぎゅっと握りしめている。
「ああ、行くよ、リリアさん」
俺は、彼女の不安を打ち消すように、
力強く頷いた。
「『深淵の水晶』がなければ、
俺たちの『ドラゴン便』は、ここで止まってしまう。
もっと多くの人を助けたい、
もっとこの世界を良くしたいっていう、
俺たちの夢を叶えるためには、
どうしても、あの水晶が必要なんだ」
「…はい。分かっています。
だから…だから、私も一緒に行かせてください!
ケンタさんと、リュウガさんと、ギドさんと一緒に、
私もアクアティアへ行きたいんです!」
リリアさんの声は、最初は小さく震えていたが、
次第に、確かな意志の強さを帯びていく。
「危険な旅になることは、分かっています。
足手まといになるかもしれないことも…。
でも、私にも、できることがあるはずです。
薬草の知識だって、きっと役に立ちます。
それに…それに、私はもう、
ただ守られているだけの女の子じゃ、嫌なんです…!」
彼女の蒼い瞳が、
夕陽の光を反射して、キラリと輝いた。
その瞳には、もう迷いの色はなかった。
そこにあるのは、仲間と共に困難に立ち向かおうとする、
揺るぎない覚悟だけだった。
「リリアさん…」
俺は、彼女のその真っ直ぐな瞳に、
そして、その言葉に込められた熱い想いに、
胸を打たれた。
彼女は、もう、
俺が初めて出会った頃の、
ただの薬屋の優しい娘ではない。
共に幾多の困難を乗り越え、
共に未来を切り開いていく、
かけがえのない、そして誰よりも信頼できる、
俺の、そして『ドラゴン便』の、最高の仲間なのだ。
「…ありがとう、リリアさん。
君のその言葉が、何よりも心強いよ。
もちろん、一緒に行こう。
君の薬草の知識と、その優しい心、
そして何よりも君の勇気が、
この旅には、絶対に、絶対に必要だ」
俺は、彼女の小さな手を、
感謝と信頼を込めて、力強く握った。
その手の温もりが、俺に勇気をくれる。
「フン、若いってのは、
どうしてこうも、無鉄砲で、
そして見ていてハラハラさせられるのかねぇ」
いつの間にか俺たちの後ろに立っていたギドさんが、
工房で使う油の匂いを漂わせながら、
呆れたような、しかしどこか温かい声で言った。
その手には、新しい『ドラゴンギア』の設計図らしき
羊皮紙が握られている。
「まあ、いいだろう。
小僧と嬢ちゃんだけでは、
途中で道に迷って、変な魔獣の餌食になるのがオチだろうからな。
このわしも、特別に付き合ってやらんでもないぞ。
最高の素材を手に入れるためには、
最高の目利きと、そして世界一の鍛冶師の腕が
必要不可欠だからな。
それに、その『深淵の水晶』とやら、
この目で見て、その力を確かめてみなければ、
最高のギアもコンテナも作れんからのう」
ギドさんは、そう言ってニヤリと、
まるで悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべた。
その笑顔は、いつもの偏屈なものとは違い、
どこか頼もしい、そして心強いものに見えた。
「ギドさん…!
ありがとうございます!」
俺とリリアさんは、
顔を見合わせて、同時に頭を下げた。
こんなにも素晴らしい仲間たちに恵まれた俺は、
本当に、本当に幸せ者だ。
こうして、アクアティア公国への、
『深淵の水晶』を求める危険な旅への
遠征隊のメンバーが決まった。
俺と、リリアさん、そしてギドさん。
もちろん、空の相棒であるリュウガ。
そして、斥候と護衛として、
ウィンドランナーの中から、
特に飛行技術に優れ、勇敢な数頭を選抜することになった。
シルフィは、真っ先に「私も行きます!」と
リリアさんの肩に飛び乗ってきた。
ドラゴンステーションの運営は、
俺たちが不在の間、
リリアさんの両親である薬屋の主人夫妻と、
そして、俺たちがこれまで時間をかけて育ててきた、
信頼できる数人の若い職員たちに任せることになった。
彼らは、最初は不安そうな顔をしていたが、
俺たちが作成した詳細な『ドラゴン便業務マニュアル(改訂版)』と、
リリアさんによる数日間の集中特訓(?)のおかげで、
少しずつだが確実に、日々の業務を
自信を持ってこなせるようになっていた。
ピクシー・ドレイクたちも、
リンドブルム市内の配達業務を、
もはや遊びではなく、
『ドラゴン便』の正式な一員としての誇りを持って、
これまで以上に責任感を持って、
そして楽しそうにこなしてくれるだろう。
彼らの小さな翼は、
俺たちが留守の間も、
きっとリンドブルムの空を明るく照らしてくれるはずだ。
出発の日が近づくにつれて、
俺たちの胸には、
新たな冒険への、抑えきれないほどの期待と、
そして、未知なる強大な敵や、
想像もつかないような困難が待ち受けているかもしれないという、
ほんの少しの不安が、
まるで寄せては返す、大海原の波のように、
複雑に、そして力強く交錯していた。
だが、俺たちの心は、もう決まっていた。
どんな困難が待ち受けていようとも、
この最高の仲間たちと、
そしてかけがえのない翼と共に、
必ずや『深淵の水晶』を手に入れ、
そして、無事にこのリンドブルムへと帰還するのだと。
俺は、事務所の窓から、
夕焼けに美しく染まるリンドブルムの空を、
そしてその遥か彼方に広がる、
まだ見ぬアクアティアの紺碧の海を、
静かに、しかし力強く、そして確かな決意を込めて見据えた。
俺たちの、新たなる、そしておそらくは
これまでで最も困難で、最も壮大な旅立ちの時は、
もう、すぐそこまで迫っていた。
その先には、一体どんな運命が、
そしてどんな素晴らしい出会いが待ち受けているのだろうか。




