第87話 囁きの森の試練と『癒しの竪琴』
「ウィンドランナーの長老の心を癒す、特別な何か…?
エルム様、それは一体何なのでしょうか!?」
俺は、思わず身を乗り出して尋ねた。
せっかく掴んだ手がかりだ。
どんな困難があろうとも、諦めるわけにはいかない。
エルム様は、静かに目を閉じ、
まるで遠い昔の記憶を辿るかのように、
ゆっくりと語り始めた。
「…この『囁きの森』には、
古より、森の精霊たちが奏でるという、
不思議な音色の竪琴が隠されていると言い伝えられておる。
その名は、『癒しの竪琴』。
その音色は、どんなに傷ついた心も癒し、
怒りや悲しみを和らげる力を持つという…」
癒しの竪琴…!
そんな魔法のような楽器が、本当に存在するのか…?
「だが、その竪琴は、
森の最も奥深く、
精霊たちの聖域に隠されており、
そこへたどり着くためには、
森が与える三つの試練を乗り越えなければならん。
これまで、多くの者がその竪琴を求めて森に入ったが、
誰一人として、戻ってきた者はいないと聞く…」
エルム様の言葉は、
俺たちの心に、重くのしかかった。
三つの試練…そして、誰も戻らなかった…。
それは、あまりにも危険な挑戦ではないだろうか。
「ケンタさん…」
リリアさんが、不安そうに俺の顔を見上げる。
彼女の瞳には、恐怖の色が浮かんでいた。
「フン、試練だと?
面白そうじゃないか。
ドワーフの知恵と勇気を見せてやるわい」
ギドさんは、強がりを言いながらも、
その手は、しっかりと金槌の柄を握りしめている。
俺は、仲間たちの顔を見回した。
そして、隣に寄り添うリュウガの、
信頼に満ちた黄金色の瞳を見つめた。
そうだ、俺たちは、
これまでも数々の困難を乗り越えてきたじゃないか。
氷晶の洞窟での死闘も、
運送ギルドとの戦いも、
仲間たちとの絆の力で、
必ず道は開けると信じて進んできた。
「…やります、エルム様。
俺たち『ドラゴン便』が、
その『癒しの竪琴』を見つけ出し、
ウィンドランナーの長老の心を癒してみせます。
そして、彼らと手を取り合い、
このアースガルド大陸の未来のために、
共に空を駆けたいんです!」
俺は、固い決意を込めて言った。
エルム様は、俺の言葉に満足そうに頷くと、
森の奥へと続く、
かすかな獣道を指差した。
「よかろう、風の運び手よ。
その道が、お前たちを試練の場所へと導くだろう。
だが、ゆめゆめ油断するでないぞ。
この森は、優しく、そして厳しい。
真の勇気と、仲間を信じる心を持つ者だけが、
その奥へと進むことを許されるのじゃ…」
エルム様の言葉を胸に、
俺たちは、再び未知なる冒険へと足を踏み出した。
目指すは、『癒しの竪琴』が眠るという、
囁きの森の最深部。
道中は、エルム様の言葉通り、
困難の連続だった。
最初の試練は、
「知恵比べの古木」。
巨大な古木が出す、難解な謎かけを解かなければ、
先へ進むことはできない。
俺たちは、それぞれの知識とひらめきを総動員し、
時にはピクシー・ドレイクたちの意外な助けも借りながら、
なんとか謎を解き明かした。
次の試練は、
「勇気の沼」。
底なし沼に潜む、巨大な水蛇の魔獣を倒さなければ、
対岸へ渡ることはできない。
リュウガの翼はまだ本調子ではなかったが、
俺とギドさんが地上で陽動し、
その隙にリュウガが渾身のブレスを放ち、
見事、水蛇を撃退した。
リリアさんの回復薬がなければ、
危ういところだった。
そして、最後の試練は、
「信頼の吊り橋」。
深い谷間に架けられた、
一本の細く、そして今にも切れそうな吊り橋。
渡るためには、
仲間を信じ、互いに体重を預け合い、
絶妙なバランス感覚で進むしかなかった。
一歩間違えれば、谷底へ真っ逆さま。
俺たちは、手に汗握りながらも、
互いの存在を強く感じ、
励まし合いながら、
ついに、その吊り橋を渡り切ったのだ!
そして、三つの試練を乗り越えた俺たちの目の前に、
ついに、その竪琴は姿を現した。
森の最も奥深く、
月明かりが優しく降り注ぐ、
小さな泉のほとり。
そこに、まるで生きているかのように、
淡い緑色の光を放つ、
美しい竪琴が静かに置かれていた。
その弦は、月の光を浴びてキラキラと輝き、
周囲には、心が洗われるような、
清らかで優しい空気が満ちていた。
これが、『癒しの竪琴』…。
俺は、そっと竪琴に手を伸ばした。
指先が弦に触れた瞬間、
竪琴は、まるで歌うかのように、
美しく、そしてどこか懐かしい音色を奏で始めた。
その音色は、
俺たちの疲れた心と体を優しく包み込み、
これまでの苦労や不安が、
まるで嘘のように消えていくのを感じた。
リュウガも、リリアさんも、ギドさんも、
そしてピクシー・ドレイクたちも、
皆、その奇跡のような音色に、
ただ молча聴き入っていた。
俺たちは、ついに、
ウィンドランナーの長老の心を癒すための鍵を、
手に入れたのだ。




