第72話 吹雪の峠越えとアイスウルフの強襲
俺たちを乗せたリュウガの翼は、
リンドブルムの温暖な気候を後にし、
一路、北へと向かっていた。
数日間、順調な飛行を続けていた俺たちだったが、
やがて、その行く手を阻むように、
巨大な山脈が姿を現した。
それは、アースガルド大陸を南北に分かつ
『竜骨山脈』の北部に連なる、
一年中雪と氷に閉ざされた、険しい峠道だった。
「ここが、最初の難関だな…」
俺は、眼下に広がる、
白銀の世界を見下ろしながら呟いた。
スキルウィンドウのマップ情報によれば、
この峠を越えなければ、
目的地の『氷晶の洞窟』へはたどり着けない。
「ケンタさん、見てください!
雪が…!」
リリアさんが、不安そうな声を上げる。
いつの間にか、空からは大粒の雪が舞い落ち始め、
周囲の視界は急速に悪化していた。
風も、まるで獣の咆哮のように、
ゴーゴーと不気味な音を立てて吹き荒れている。
「まずいな…この吹雪は、思ったよりも強そうだ。
リュウガ、大丈夫か?」
俺は、相棒の首筋を撫でながら尋ねた。
ギドさん特製の防寒具のおかげで、
リュウガ自身は寒さを感じていないようだが、
この視界不良と強風は、
飛行にとって大きな障害となるはずだ。
「グルゥ…」
(問題ない。だが、慎重に進む必要がある)
リュウガは、力強く、しかし慎重に翼を動かし、
吹雪の中をゆっくりと進んでいく。
その背中からは、絶対的な信頼感が伝わってくる。
「ギドさん、何か気づいたことはありますか?
この辺りの地理や、魔獣の情報など…」
俺は、後方に座るギドさんに声をかけた。
彼は、若い頃、冒険者として
アースガルド大陸の各地を旅した経験があると聞いている。
「フン、この程度の吹雪、
ドワーフにとっては庭を散歩するようなもんだわい。
だが、油断は禁物だ。
この峠には、寒さに適応した獰猛な魔獣が
数多く生息していると聞く。
特に、『アイスウルフ』の群れには要注意だ。
奴らは、知能が高く、集団で狩りを行う。
そして、その牙は氷のように冷たく、
一度噛みつかれたら、傷口から凍りついてしまうという…」
ギドさんの言葉に、
俺とリリアさんの背筋に、冷たいものが走った。
(アイスウルフ…
スキルウィンドウの素材情報にも、
確かそんな名前があったな。
その毛皮は、最高級の防寒具の素材になるらしいが…)
俺は、スキルウィンドウの危険察知機能を最大にし、
周囲への警戒を怠らない。
リュウガも、鋭い感覚を研ぎ澄ませ、
慎重に、しかし確実に峠道を進んでいく。
ピクシー・ドレイクたちも、
寒さに少し身を縮こませながらも、
俺たちの周りを健気に飛び回り、
斥候の役目を果たしてくれていた。
どれくらい進んだだろうか。
吹雪はますます勢いを増し、
視界は数メートル先すら見通せないほどになっていた。
体感温度も、急激に低下していく。
リリアさんの顔は、寒さで真っ白になっていた。
「リリアさん、大丈夫か?
もう少しで、風を避けられる岩陰があるはずだ。
そこで一度、休憩しよう」
俺は、リリアさんの手を握り、励ました。
その時だった。
「ピィィィィッ!!」
俺たちの少し前を飛んでいたピクシー・ドレイクの一匹が、
甲高い警告音を発した!
そして、次の瞬間、
吹雪の向こうから、
複数の鋭い遠吠えが聞こえてきた!
アオォォォォォン!!!
「来たか…!」
ギドさんが、忌々しそうに呟き、
腰の金槌を力強く握りしめた。
吹雪の中から、
白い毛皮に覆われた、狼のような魔獣の群れが、
音もなく姿を現した!
その数は、十数頭。
それぞれの口からは、氷のような冷気を吐き出し、
その青白く光る瞳は、
飢えた獣のように、俺たちを睨みつけている!
アイスウルフだ!
「リュウガ! 迎撃態勢!」
俺は叫び、剣を抜き放った!
リリアさんも、震える手で、
護身用の短剣と、薬草の入ったポーチを構える!
「グルルルルァァァァァッ!!」
リュウガは、敵の出現に臆することなく、
力強い咆哮を上げ、
ギドさん特製の氷爪を装着した前足で、
果敢にアイスウルフの群れへと突進していく!
狭い峠道で、
ドラゴンと氷狼の、激しい戦いの火蓋が切られた!
リュウガの鉤爪がアイスウルフの体を切り裂き、
アイスウルフの氷の牙がリュウガの鱗を掠める!
ギドさんも、金槌を振り回し、
次々とアイスウルフを打ち据えていく!
俺も、リュウガの背中から剣を振るい、
敵の攻撃を捌きながら応戦する!
だが、敵の数は多く、
しかも連携が巧みだ!
じりじりと、俺たちは追い詰められていく!
「くそっ、キリがない…!
このままでは…!」
その時、
リリアさんが、何かを閃いたように叫んだ!
「ケンタさん!
あそこの崖の上!
雪庇が大きく張り出しています!
あれを崩せれば…!」
リリアさんが指差す先には、
まさに俺たちの頭上に、
今にも崩れ落ちそうな巨大な雪の塊が、
不安定なバランスで張り出していた!
「よし、それだ!
リュウガ!
あの雪庇を、鉤爪で狙え!」
リュウガは、俺の意図を瞬時に理解し、
敵の攻撃を避けながら、
器用に体勢を変え、
雪庇の根元目掛けて、
鋭い鉤爪を叩きつけた!
ゴゴゴゴゴゴ…!!!
地響きと共に、
巨大な雪庇が、轟音を立てて崩れ落ちる!
大量の雪と氷の塊が、
雪崩となってアイスウルフの群れへと襲いかかった!
アオォォン…!?
アイスウルフたちは、
突然の雪崩に為す術もなく飲み込まれ、
悲鳴を上げながら谷底へと消えていった…。
「やった…!
やったぞ、リリアさん!」
俺は、思わずリリアさんを抱きしめていた。
彼女の機転が、俺たちを救ってくれたのだ!
「け、ケンタさん…」
リリアさんは、顔を真っ赤にして俯いた。
「フン、なかなかやるじゃないか、嬢ちゃん。
だが、いつまでもイチャついてる場合じゃないぞ。
まだ峠は越えちゃいないんだからな」
ギドさんが、ニヤニヤしながらも、
周囲への警戒を怠らない。
俺たちは、再び気を引き締め、
吹雪の峠道を、慎重に進み始めた。
最初の試練は乗り越えた。
だが、この先に待ち受けるものは、
まだ何も分からない。
俺たちの、氷晶の洞窟への旅は、
まだ始まったばかりだった。




