第58話 増える依頼とリュウガの限界
ヴェリタスとの定期便が軌道に乗り始め、
ギドさんが新しい輸送用コンテナの開発に
本腰を入れ始めたことで、
俺たち『ドラゴン便』の未来には、
明るい光が差し込んできたように思えた。
リンドブルムの街での評判も上々だ。
運送ギルドのゴードンが失脚した後、
他にめぼしい運送手段がなかったこともあり、
『ドラゴン便』の看板を見て依頼に来る人々は、
日を追うごとに増えていった。
「ケンタさん!
今日は、隣村のパン屋さんから、
焼きたてのパンを王都の貴族の屋敷へ届けてほしい、
という依頼が入っています!
なんでも、その貴族様が、
以前リンドブルムに立ち寄った際に食べたパンの味が
忘れられないとかで…」
「王都へ、パンを?
しかも焼きたてを、か。
面白い依頼だな! よし、受けよう!」
「それから、南の漁村からは、
今朝獲れたばかりの新鮮な『銀鱗魚』を、
リンドブルムの高級料理店へ、
できるだけ早く運んでほしい、というご依頼も!」
「銀鱗魚!
あれは足が早いから、普通の馬車じゃ運べない代物だ。
まさに俺たちの出番だな!」
『ドラゴン便』の噂は、
その圧倒的なスピードと、
そして、これまで不可能とされていた
デリケートな荷物の輸送も可能にするという点で、
瞬く間にリンドブルムとその近隣に広まっていった。
ケンタ運送(仮)から正式に『ドラゴン便』へと看板を改め、
リリアさんがデザインしてくれた、
リュウガのシルエットをあしらった可愛らしい紋章も、
少しずつ人々に認知され始めていた。
事務所(という名のボロ小屋改築版)の壁には、
依頼の羊皮紙が所狭しと貼られ、
リリアさんは、受付と顧客対応、
そして経理(というほど大したものでもないが、
銅貨の管理は重要だ)に、
嬉しい悲鳴を上げながらも、
生き生きと働いていた。
彼女の笑顔は、俺にとって何よりの原動力だ。
だが、事業が拡大するにつれて、
新たな、そして深刻な問題も顕在化し始めていた。
それは、俺たちの唯一無二のエースパイロット、
リュウガの負担増加だった。
「グルゥ…」
(少し、疲れた…)
ある日の夕暮れ、
ヴェリタスからの帰り荷を届け終え、
隠れ家の洞窟に戻ってきたリュウガが、
珍しく力なく翼を畳み、
大きなため息をつくように、その巨体を横たえた。
その黄金色の瞳には、
普段の輝きがなく、疲労の色が濃く浮かんでいる。
「リュウガ…大丈夫か?
今日は少し、飛びすぎたかもしれないな…」
俺は、心配そうにリュウガの首筋を撫でた。
最近、リュウガの飛行後の疲労が、
以前よりも明らかに大きくなっているのを感じていた。
特に、ヴェリタスへの長距離往復便や、
悪天候の中での無理な飛行が続いた後は、
数日間、ぐったりとしていることもあった。
スキルウィンドウで確認する
「リュウガ稼働可能時間」のゲージも、
以前に比べて目に見えて減りが早くなっている。
これは、まずい兆候だ。
(リュウガは、文句一つ言わずに、
俺の無茶な依頼にも黙って応えてくれる。
だが、その優しさに甘えて、
あいつに過度な負担をかけ続けているんじゃないだろうか…?)
俺は、胸が締め付けられるような思いだった。
リュウガは、俺にとって単なる輸送手段じゃない。
かけがえのない相棒であり、
この異世界で初めて心を通わせた、
大切な家族のような存在なのだ。
そのリュウガを、俺は酷使しているのではないか…?
「ケンタさん、リュウガさん、
なんだか元気がないみたいですね…。
これ、私が作った特製の薬草スープです。
滋養強壮効果のある薬草をたくさん入れたので、
きっと元気になると思いますよ」
俺の悩みを察したのか、
リリアさんが、心配そうにリュウガの顔を覗き込みながら、
温かいスープの入った大きな器を差し出してくれた。
リュウガは、リリアさんの優しさに応えるように、
ゆっくりとスープを飲み干した。
その姿を見て、俺は少しだけ救われたような気がした。
だが、根本的な問題は解決していない。
このまま依頼が増え続ければ、
リュウガ一頭では、
どう考えても限界が来る。
『ドラゴン便』の事業をさらに拡大し、
このアースガルド大陸の物流を変えるという俺の夢を
実現するためには…
(もしかしたら…
リュウガ以外にも、
俺たちの仲間になってくれるドラゴンが、
この世界のどこかにいるのかもしれない…)
そんな考えが、
ふと俺の頭をよぎった。
だが、それはあまりにも突拍子もない考えに思えた。
リュウガとの出会いは、奇跡のようなものだった。
そんな奇跡が、そう何度も起こるはずがない。
それに、他のドラゴンが、
リュウガのように俺たちに心を開いてくれるとは限らない。
ドラゴンは、本来、誇り高く、
人間を寄せ付けない存在だと聞く。
(いや、でも…
可能性がゼロじゃないなら、
探してみる価値はあるかもしれない…)
俺は、リンドブルムの空を見上げた。
そこには、リュウガが教えてくれた、
果てしない自由と可能性が広がっている。
「なあ、リュウガ。
もし、お前の他にも、
俺たちの仲間になってくれるような、
そんな優しいドラゴンがいたら…
お前は、どう思う?」
俺の問いかけに、
リュウガは、しばらくの間、
じっと俺の顔を見つめていたが、
やがて、ゆっくりと、
しかし確かな力強さで、「グルゥ」と喉を鳴らした。
その瞳の奥には、
肯定とも、あるいは期待とも取れるような、
不思議な光が宿っているように、俺には見えた。
リュウガの負担を減らし、
そして『ドラゴン便』の未来を切り開くために、
俺は、新たな仲間探しの可能性を、
真剣に考え始めなければならないのかもしれない。
だが、その前に、
まずは目の前の課題を一つ一つクリアしていく必要がある。
ギドさんが開発中の新しいコンテナ。
そして、そのコンテナを最大限に活かすための、
新たな拠点…。




