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第50話 雌伏の時とヴェリタスからの風

俺たちの隠れ家である崖下の洞窟は、

まるで嵐の中の小さな灯台のように、

外界の喧騒から隔絶された、

静かで、しかしどこか張り詰めた空気に包まれていた。


リュウガの翼の傷は、

リリアさんの献身的な治癒魔法と、

ギドさんが調合したドワーフ秘伝の傷薬のおかげで、

驚くほどの速さで回復に向かっていた。

まだ全力で飛び回ることはできないが、

洞窟の中で短い距離を羽ばたかせたり、

俺を乗せてゆっくりと周囲を散策したりするくらいは

できるようになった。

その黄金色の瞳にも、

徐々にいつもの力強さが戻りつつある。

その姿を見るだけで、俺の心も少しずつ軽くなっていく。


「グルルゥ…」

(ケンタ、そろそろ飯の時間じゃないか?)

リュウガが、大きな頭を俺の肩にすり寄せてくる。

食欲もすっかり元に戻ったようだ。

いや、むしろ以前より増しているかもしれない。

バルガスさんの牧場から格安で分けてもらえる肉がなければ、

俺たちの食費はとっくに底をついていただろう。


「はいはい、分かってるよ、食いしん坊め。

リリアさんが、もうすぐとびきり美味い干し肉を

持ってきてくれるはずだからな」

俺は、リュウガの鼻先を軽く叩いた。


リリアさんは、薬屋の仕事を手伝いながら、

毎日欠かさず、街の様子やギルドの動向を

俺たちに報告しに来てくれた。

彼女が集めてくる情報は、

まさに俺たちの目であり耳だった。


「ケンタさん、ギドさん、

今日も街は…静かです。

ギルドの連中も、表立っては何もしてきません。

でも、なんだか…嵐の前の静けさみたいで、

少し不気味です…」

ある日の夕暮れ、

薬草の入った籠を抱えて洞窟にやってきたリリアさんは、

不安そうに眉をひそめた。


「ゴードンの奴、俺たちが証拠を掴んだことに

気づいているのか、いないのか…

あるいは、何か別の罠を仕掛けている最中なのかもしれんな」

ギドさんが、修理していた『ドラゴンギア』から顔を上げずに呟いた。

彼の工房から持ち込まれた工具や素材で、

洞窟の一角は、さながら第二の工房のようになっている。

ギアの改良は着々と進んでいるようで、

以前よりも頑丈で、

そしてリュウガの体にフィットするような形状に

生まれ変わりつつあった。

ギドさん特製の『黒煙弾』も、

いくつか追加で製作してくれている。


「ああ、油断はできない。

だが、俺たちもただ待っているだけじゃない」

俺は、スキルウィンドウに表示された

リンドブルムのマップと、

そこに書き込まれた無数のメモを見つめた。

この数日間、俺はリリアさんの情報と、

スキルウィンドウの分析機能を組み合わせ、

ギルドの動き、衛兵の巡回ルート、

そしてゴードンと繋がりのある商人たちの行動パターンを

徹底的に洗い出していた。


(ゴードンの奴が次に打ってくるとしたら…

おそらく、リュウガを直接狙ってくるか、

あるいは、俺たちの信用を完全に失墜させるような、

もっと大規模なデマを流すか…

いや、その両方かもしれない)


俺は、いくつかの予測されるシナリオと、

それに対する対応策を練り上げていた。

だが、どれもこれも、

リュウガが完全に回復し、

そしてヴェリタスからの何らかの「援護」がなければ、

実行に移すのは難しいものばかりだった。


「…ケンタさん、

ヴェリタスのマードック様からは、

まだ何も連絡はありませんか…?」

リリアさんが、心配そうに尋ねる。

マルコさんに託した『月の雫』と裏帳簿の写しが、

無事にマードック氏の元へ届いたのかどうか…

それが、今の俺たちの最大の気がかりだった。


「ああ…まだだ。

だが、マルコさんは信頼できる人だ。

きっと、無事に届けてくれているはずだ。

問題は、マードックさんがどう動いてくれるか、だな…」


俺は、以前マードック氏と交わした会話を思い出す。

彼は、ギルドのやり方に不満を抱いていた。

そして、俺たちの『ドラゴン便』に大きな期待を寄せてくれていた。

だが、それはあくまで商売上の話。

リンドブルムのギルドと真っ向から対立するような、

危険な橋を渡ってくれるだろうか…?


その時だった。


ギドさんが俺に手渡してくれた、

あのドワーフ特製の『通信機』が、

ブブブ…と、微かな振動と共に音を立て始めた!

それは、これまで聞いたことのない、

特別な受信パターンだった。


「こ、これは…!?」

俺は、慌てて通信機を手に取った。

ギドさんも、リリアさんも、

息を呑んで俺の顔を見つめている。


通信機から聞こえてきたのは、

雑音に混じった、聞き慣れない男の声だった。

だが、その声には、どこか聞き覚えのある抑揚がある。


『…こちら、ヴェール…聞こえるか、リンドブルムの翼よ…』


ヴェール…?

翼…?

まさか…!


「マードックさん…!?

マードックさんなんですか!?」

俺は、震える声で通信機に叫んだ。


『おお…! 聞こえるか、ケンタ殿!

よかった…!

マルコ殿から、例の品は確かに受け取った!

そして、その内容も確認させてもらったぞ…!

まさか、ゴードンめが、

これほどの悪事に手を染めていたとはな…!』


マードック氏の声だ!

間違いない!

彼からの連絡だ!


「マードックさん!

無事だったんですね…!

それで、あの証拠は…!」


『うむ。これは、間違いなく本物だ。

そして、このヴェリタス商業連合としても、

リンドブルム運送ギルドの不正と、

禁制品の流通は、断じて見過ごすわけにはいかん。

我々は、正式にリンドブルムの領主に対し、

徹底的な調査と、ゴードンの処罰を要求する所存だ!』


マードック氏の力強い言葉に、

俺の胸は、熱いものでいっぱいになった。

やった…!

俺たちの賭けは、間違っていなかった!


「ありがとうございます…!

本当に、ありがとうございます、マードックさん!」


『礼には及ばんよ、ケンタ殿。

むしろ、こちらこそ感謝している。

君たちのおかげで、長年の懸案だった

リンドブルムの闇に光を当てることができそうだ。

だが、油断はするな。

ゴードンも、そう簡単には尻尾を出すまい。

おそらく、最後の抵抗を試みてくるだろう。

十分に気をつけるのだぞ』


「はい!

肝に銘じます!」


『うむ。また追って連絡する。

それまで、達者でな、リンドブルムの翼よ!』


通信は、そこで途切れた。


俺は、通信機を握りしめたまま、

しばらく言葉を失っていた。

隣では、リリアさんが、

嬉しそうに涙を浮かべている。

ギドさんも、満足そうに大きく頷いていた。


ヴェリタスからの風が、

ついに、リンドブルムに届いたのだ。


それは、俺たちにとって、

何よりも力強い追い風となるだろう。


だが、マードック氏の言う通り、

ゴードンがこのまま黙って引き下がるとは思えない。

奴は、必ず何かをしてくる。


俺たちの、本当の戦いは、

これからなのかもしれない。

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