第32話 狭谷の攻防とドワーフの知恵
「リュウガ!
谷間を抜け切るぞ!
振り落とされるなよ!」
俺はリュウガの首にしがみつき、
風圧に耐えながら叫んだ。
狭く、入り組んだ谷間を、
リュウガは驚異的な飛行技術で猛スピードで突き進む。
両側の岩壁が、
目にも留まらぬ速さで後方へと流れていく。
「逃がすなぁ!
追え、追え!」
背後からは、ワイバーン騎兵たちの怒号が響き、
時折、岩壁に跳ね返る矢の音が聞こえる。
奴らも必死で追ってくるが、
この狭い谷間では、リュウガほどの精密な飛行は難しいようだ。
少しずつ距離が離れていくのが分かる。
(スキルウィンドウ!
後方の敵影は…よし、距離が開いてきてる!
このまま谷を抜けられれば…!)
俺はスキルウィンドウで後方の状況を確認しつつ、
リュウガに的確な指示を出し続ける。
(しかし、スキルが推奨した平原ルートが安全とは限らなかったな…。
敵の待ち伏せという『リスク』までは予測できなかった。
結局、この谷間ルートを選んだのは俺自身の判断だ。
物流ってのは、データだけじゃなく、現場の状況判断…
リスクアセスメントが重要なんだよな。
まさに前職と同じだ!)
「リュウガ、次のカーブ、右だ!
その後、少し上昇して気流に乗れ!」
「グルルゥ!」
リュウガは俺の言葉を完璧に理解し、
まるで戦闘機のように鋭い旋回と上昇を見せる。
その動きに必死で耐えながら、
俺は勝利を確信しかけていた。
(やばい、今の揺れで荷物は大丈夫か!?
帰り荷のマードックさんのワインが割れたりしたら、
信用問題に関わるぞ…!)
俺は腹の下の荷物カゴを気にする。
Lv.1のギアはただの網カゴだ。
現代物流なら、壊れ物はエアクッションや
専用の緩衝材でガチガチに固定するのが当たり前なのに!
こんな激しい動きに耐えられる保証はない。
(やっぱり、ギドさんに頼んでる特殊コンテナ…
荷物の種類に合わせて衝撃吸収とか温度管理ができるやつが、
一刻も早く必要だ!)
だが、そんなことを考えている余裕はなかった。
谷間の出口が見えてきた瞬間、
スキルウィンドウが再びけたたましい警告を発した!
【警告!前方出口付近に魔力反応多数!
待ち伏せの可能性:高!】
【識別:人間、複数名。
弓兵及び、投網兵か!?】
「なっ!?
出口に待ち伏せだと!?」
俺は顔面蒼白になった。
ギルドの奴ら、俺たちがこの谷間に逃げ込むことまで
読んでいたのか!?
後ろから追い立て、出口で仕留める…
古典的だが、効果的な罠だ!
「リュウガ!
上だ!
急上昇して谷の上へ抜けろ!」
俺は咄嗟に指示を変える!
谷間を抜けるのは危険すぎる!
リュウガも瞬時に危険を察知し、
翼を大きく打ち付けて急上昇を開始する!
だが、敵の反応も早かった。
谷の出口、崖の上に潜んでいた弓兵たちが、
一斉に矢を放ってきた!
ヒュン! ヒュン! ヒュン!
無数の矢が、
雨のように俺たちに降り注ぐ!
「ぐあっ!」
数本の矢が、俺の肩や腕を掠める!
ギドさん特製の革鎧がなければ、
致命傷になっていたかもしれない。
「リュウガ!
避けろ!」
リュウガは巧みな動きで矢の雨を避けながら、
必死に上昇を続ける。
だが、敵は矢だけではなかった。
「今だ!
網を放て!」
崖の上から、巨大な金属製の網が投げ込まれた!
それは、魔力を帯びているのか、
空中で不気味な光を放ちながら、俺たちに襲いかかってくる!
(まずい!
あの網に捕まったら…!
荷物もろとも墜落する!)
「リュウガ!
ブレスは使えるか!?」
俺は咄嗟に叫んだ。
リュウガの能力についてはまだ未知数な部分が多いが、
ドラゴンといえばやはりブレスだろう!
「グルルルル…ッ!」
リュウガは苦しげな唸り声を上げた。
まだブレスのような強力な技は使えないのか、
あるいは使えたとしても、この状況では危険すぎるのか…!
網は確実に俺たちに迫ってくる!
万事休すか!?
「…させるかぁっ!」
俺は懐から、ギドさんにもらった『竜呼びの笛』を取り出した!
これが普通の人間には聞こえない高音を出すというなら、
あるいは…!
俺はありったけの息を吹き込み、笛を鳴らした!
キィィィィィン!
人間にはほとんど聞こえないはずの甲高い音が、
谷間に響き渡る!
その瞬間、網を投げてきた男たち、
そして後方から追ってきていたワイバーン騎兵たちが、
一様に耳を押さえて苦しみ始めた!
「ぐあああっ!?
な、なんだこの音は!?」
「頭が…割れる…!」
どうやら、この笛の音は、
人間やワイバーンにとっても不快な高周波音だったらしい!
ギドさんの、思わぬ置き土産だ!
(ギドさん、あんた天才かよ…!
ただの連絡用じゃなかったのか!)
敵が一瞬怯んだ隙に、
リュウガは最後の力を振り絞って急上昇!
網を紙一重でかわし、
ついに谷の上空へと脱出した!
「やった…!
やったぞ、リュウガ!」
俺は安堵と興奮で叫んだ。
リュウガも勝利の咆哮を上げる!
眼下では、混乱するワイバーン騎兵たちと、
崖の上の伏兵たちが右往左往しているのが見えた。
「今のうちに、
一気にリンドブルムへ帰るぞ!」
俺たちは追撃を振り切り、
全速力で西へと向かった。
数時間後、俺たちは満身創痍ながらも、
なんとかリンドブルム近郊の森、
リュウガの新しい隠れ家へと帰り着くことができた。
「はぁ…はぁ…危なかった…」
俺は鞍から滑り降り、地面にへたり込んだ。
肩や腕の傷がズキズキと痛む。
リュウガも翼や体にいくつかの矢傷を負っており、
疲労困憊といった様子だ。
「大丈夫か、リュウガ…
すぐに手当てするからな」
俺はリリアさんにもらった回復薬を取り出し、
まずはリュウガの傷の手当てを始めた。
リュウガは痛みに耐えながらも、
心配そうに俺の顔を舐めてくる。
「俺は大丈夫だよ。
それより、お前こそ…」
俺たちは互いの無事を確かめ合い、
しばし休息を取った。
(帰り荷は…っと)
俺は荷物カゴを確認する。
防水カバーのおかげで中身は濡れていないが、
激しい戦闘で揺さぶられたせいか、
ワインの瓶が数本、ひび割れていた。
(くそっ、やっぱりLv.1の網カゴじゃ限界があるな…。
マードックさんには正直に報告して、弁償しないと…。
これが現代の物流なら、輸送中の振動データとかも記録して、
原因究明と再発防止策を立てるところだが…)
俺は異世界での物流の難しさを改めて痛感した。
今回の襲撃は、これまでで最も激しく、
そして組織的なものだった。
運送ギルドは、本気で俺たちを潰しにかかってきている。
リュウガの存在がバレた今、
彼らの攻撃はさらにエスカレートするだろう。
「どうすればいいんだ…」
俺は深い疲労感と共に、途方に暮れかけた。
ヴェリタスとの定期便は始まったばかりだというのに、
このままでは事業を続けることすら危うい。
(やはり、俺たちだけでは限界があるのか…?
誰か、もっと強力な味方がいれば…)
俺の脳裏に、王都で出会った宮廷魔術師の顔が浮かんだ。
彼なら、何か助けになってくれるかもしれない。
だが、彼に頼るということは、
リュウガの秘密を打ち明けることにも繋がりかねない…。
(いや、今は目の前のことを一つずつ片付けるしかない。
ギドさんの笛がなかったら、今頃どうなっていたか…)
俺は首から下げた竜呼びの笛をそっと握りしめた。
まずは、ギドさんに今回の襲撃の詳細を報告し、
ギアの修理と改良を急いでもらおう。
そして、リリアさんと共に、
ギルドのさらなる動きに備えなければ。
俺は回復薬を飲み干し、
痛む体に鞭打って立ち上がった。
「行くぞ、リュウガ。
まだやるべきことはたくさんあるんだ」
リュウガも、俺の決意に応えるように、
ゆっくりと立ち上がり、翼を広げた。




