第31話 ヴェリタスへの初荷とギルドの罠
国境ゲートを無事に通過し、
俺とリュウガは再びヴェリタスの空を飛んでいた。
眼下には、リンドブルム周辺とは異なる、
より整然と区画された農地や、
大きな石造りの建物が点在する風景が広がっている。
さすがは商業都市ヴェリタスを擁する商業連合の領土だ。
活気が違う。
「よし、リュウガ、
このままマードックさんの商館へ直行だ!
今回は定期便の初荷、
絶対に遅れるわけにはいかないからな!」
「グルルゥ!」
リュウガも俺の気合に応えるように、
力強く翼を羽ばたかせ、
ヴェリタス市街へと速度を上げた。
(それにしても…)
俺はリュウガの背中に揺られながら、ふと考えた。
(こうしてヴェリタスまで荷物を運ぶのはいいが、
問題は帰り道なんだよな…)
スキルウィンドウの収支計算を見ても、
リュウガの食費とギアの消耗を考えると、
片道だけの輸送では利益率が低い。
(前職でもそうだった。
東京から大阪まで荷物を運んだトラックが、
帰りは空っぽで走る…
これを『空荷帰り』って言って、
めちゃくちゃ非効率なんだよな。
燃料代も人件費もかかるのに、利益はゼロ。
だから、必死になって帰り便の荷物を探したり、
他の会社と協力したりしてたっけ…)
この『ドラゴン便』だって同じだ。
リンドブルムへ帰るリュウガの背中
(というか荷物カゴ)が空っぽなのは、
非常にもったいない。
(帰りにも何かヴェリタスからリンドブルムへ運ぶ荷物があれば、
輸送コストは半分、いやそれ以下になる。
そうなれば、運賃ももっと安くできるし、
リュウガにもっと美味い肉を食わせてやれる…!
なんとかして帰り荷を見つけたいところだが…)
そんなことを考えているうちに、
ヴェリタス市街が見えてきた。
俺は、人目を避けるように街の裏手、
大きな倉庫が立ち並ぶ区画の、
人気のない広場にリュウガを静かに着陸させた。
「リュウガ、ここで少し待っててくれ。
すぐに戻るからな」
俺はリュウガに声をかけ、
荷物カゴからヴェリタス特産の織物と
リンドブルムの薬草の包みを取り出し、
慎重に抱えてマードック氏の商館へと急いだ。
「おお、ケンタ殿!
お待ちしておりましたぞ!
約束通り、本日到着とは、
さすがは『ドラゴン便』ですな!」
商館の前に着くと、
マードック氏が満面の笑みで出迎えてくれた。
「マードックさん、こちらがご注文の品です。
リンドブルムからの初荷、
無事にお届けいたしました!」
俺は荷物を差し出し、胸を張った。
「素晴らしい!
検品は後ほどするとして、まずは中へどうぞ。
長旅でお疲れでしょう」
マードック氏に促され、
俺は再び彼の豪華な応接室へと通された。
「いやはや、ケンタ殿。
あなたの『ドラゴン便』のおかげで、
我が商会のビジネスは新たな局面を迎えられそうですぞ。
特に、リンドブルム産の高品質な薬草は、
ヴェリタスでは大変な人気でしてな。
これまでは輸送に時間がかかり、
鮮度が落ちてしまうのが悩みでしたが、
あなた方ならその問題も解決できる!」
マードック氏は興奮気味に語る。
「お役に立てて光栄です。
今後も、ご期待に沿えるよう、
迅速かつ安全な輸送を心がけます」
「うむ、頼りにしていますぞ。
それで、今後の定期便についてですが、
輸送品目をもう少し増やしたいと考えておりましてな。
例えば、リンドブルム近郊で採れる希少な鉱石や、
あるいは…」
マードック氏はそこで言葉を切ると、
少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ヴェリタスからリンドブルムへの帰り便で、
我が商会の商品を運んでいただくというのは
どうでしょうかな?
例えば、このヴェリタス特産のワインとか、香辛料とか。
リンドブルムでも需要があると思うのですが」
「!
帰り便、ですか!?」
まさに、俺が道すがら考えていたことだ!
渡りに船とはこのことか!
「はい!
ぜひ、ご相談させてください!
帰り便があれば、我々としても輸送効率が格段に上がり、
結果的にお客様への運賃も抑えることができるんです!
これは、現代…いや、効率的な物流の基本でして!」
俺は思わず熱弁してしまった。
空荷帰りの非効率さを、
マードック氏にも理解してもらいたい。
「ほう、帰り荷で運賃も抑えられると?
それは興味深い!
ぜひ詳しく聞かせていただきたい!」
マードック氏は目を輝かせ、
俺たちは帰り便の具体的な品目や料金設定について話し込んだ。
話し合いが一段落し、
俺が商館を辞去しようとした時だった。
「ケンタ殿、少々お待ちを」
マードック氏が、何かを思い出したように俺を引き止めた。
「実は、先ほどリンドブルム運送ギルドの者が、
我が商会を訪ねてきましてな」
「!
ギルドの者が…なんと?」
俺の背筋に、嫌な汗が流れる。
「ええ。ゴードンと名乗る男でしたが…
なにやら、『ドラゴン便とかいう怪しげな運び屋と取引するのは、
お宅のためにならないのではないか』などと、
遠回しに忠告のようなことを言っておりましたな。
もちろん、私は『余計なお世話だ』と一蹴しておきましたが」
マードック氏はこともなげに言うが、
俺の心臓はドクドクと高鳴っていた。
やはり、ギルドは俺たちの動きを完全に掴んでいる。
そして、マードック氏にまで圧力をかけようとしていたとは…!
「ご迷惑をおかけして、申し訳ありません…」
「いやいや、気にする必要はありませんぞ。
商売の世界では、多少の妨害や足の引っ張り合いは日常茶飯事。
むしろ、それだけケンタ殿の『ドラゴン便』が、
彼らにとって脅威だということの証でしょう。
私は、実績と信頼で相手を判断します。
あなたの仕事ぶりは、この目で確かめましたからな」
マードック氏は力強く言い、俺の肩を叩いた。
その言葉に、俺はどれだけ勇気づけられたことか。
「ありがとうございます、マードックさん…!
その信頼に、必ず応えてみせます!」
俺は深々と頭を下げ、商館を後にした。
リュウガと合流し、リンドブルムへの帰路につく。
今度は、マードック氏から預かったワインや香辛料といった
「帰り荷」が、荷物カゴにしっかりと積まれている。
「リュウガ、聞いたか?
ギルドの奴ら、マードックさんのところにまで
手を回してきたらしいぞ。
いよいよ、本気で俺たちを潰しにかかってきているの
かもしれないな…」
俺の言葉に、リュウガは低く唸り声を上げた。
その黄金色の瞳には、怒りのような色が浮かんでいる。
「だが、俺たちにはマードックさんみたいな理解者もいる。
それに、リリアさんもギドさんもいる。
絶対に負けるわけにはいかないんだ。
この帰り荷だって、俺たちの未来への大きな一歩なんだからな!」
俺はリュウガの首筋を撫でながら、
自分に言い聞かせるように言った。
(帰り荷は確保できた。
次は、複数の配達先をどう効率よく回るか…だな)
俺はスキルウィンドウのマップ機能を見ながら考える。
(前職じゃ、一日に何十件も配達するのが当たり前だった。
どの順番で回るかで、移動距離も時間も全然違ってくる。
これを『ルーティング問題』とか『巡回セールスマン問題』って言って、
コンピューターでも解くのが難しい超難問なんだよな。
A→B→Cと回るのと、A→C→Bと回るのでは、
大違いになることもある)
(この『異世界物流システム』の推奨ルート機能は、
その計算を自動でやってくれてるんだろうな。
魔獣の出現エリアとか、天候まで考慮して。
本当にチート級だ。
だが、最終的な判断は俺が下さないといけない。
例えば、この先の谷を通るルートが最短だが、
もし敵が待ち伏せしていたら…)
まさに、俺がそんなことを考えていた、その時だった。
スキルウィンドウが、
けたたましい警告音と共に赤く点滅した!
【警告!前方空域に複数の高速接近物体!
敵意レベル:高!】
【識別:ワイバーン騎兵団!
おそらく傭兵!
数は3騎!】
「なっ!?
やっぱり来たか!
しかも、こんなところで待ち伏せとは!」
俺は慌てて前方を見た。
遠くの雲間から、翼を持つ獣に跨った武装した男たちが、
こちらに向かって急速に接近してくるのが見える!
(くそっ、マードックさんのところに行ったのがバレて、
帰り道を狙われたのか!?
帰り荷を積んでいるこのタイミングを!)
ワイバーン騎兵…
王都への道中でも遭遇した、厄介な敵だ。
しかも、今回は数が少ないとはいえ、
明らかに戦闘慣れしている傭兵のようだ。
「リュウガ!
敵襲だ!
全速力で振り切れ!
あの岩陰に隠れるぞ!」
俺はスキルマップで近くの切り立った岩場を指示し、
リュウガに叫んだ。
リュウガは鋭い咆哮と共に急加速し、
風を切って岩場へと向かう!
だが、敵もさるもの。
巧みな連携で俺たちの退路を塞ごうとしてくる。
「逃がすかよ、ドラゴン使い!
その荷物を置いていけ!」
ワイバーン騎兵の一人が、弓を引き絞り、矢を放ってきた!
ヒュッ!
矢はリュウガの翼を掠める!
「リュウガ、大丈夫か!?」
「グルルゥッ!」(問題ない!)
リュウガは怯むことなく、さらに速度を上げる。
(スキル分析…
敵のワイバーンは、リュウガより若干スピードが劣るが、
旋回性能は高い。
囲まれる前に、一気に高度を上げて雲の中に逃げ込むか…!?
いや、帰り荷が重い!
急上昇は難しいかもしれない…!)
俺は瞬時に状況を判断し、
新たな指示を出す。
「リュウガ!
あの狭い谷間に突っ込むぞ!
あそこなら、奴らも簡単には追ってこれないはずだ!」
眼下には、両側を高い崖に挟まれた、
狭く入り組んだ谷間が続いている。
リュウガの精密な飛行技術があれば、
通り抜けられるはずだ!
「グルァァァ!」
リュウガは俺の意図を理解し、
翼を巧みに操りながら、
猛スピードで谷間へと突入していく!
背後からは、ワイバーン騎兵たちの怒号と、
風を切る矢の音が迫ってくる。
「ちくしょう、しつこい奴らだ!」




