第30話 嵐の前の静けさとヴェリタスへの初荷
リュウガの隠れ家を森の奥深くへと移し、
ギドさんが即席の防御策を施してくれてから数日が過ぎた。
リンドブルム運送ギルドからの直接的な動きはまだない。
だが、それは嵐の前の静けさのようにも感じられ、
俺たちは決して油断していなかった。
「ケンタさん、ギルドの連中、
最近おとなしいですね…
なんだか、かえって不気味です」
朝、集荷ポイントでリリアさんが
不安そうに眉をひそめる。
彼女は毎日、街の様子やギルドの噂を
それとなく集めてくれている。
「ああ、嵐の前の静けさってやつかもしれないな。
ゴードンのことだ、何か企んでいないはずがない。
だが、俺たちもただ手をこまねいているわけじゃない」
俺はリリアさんを安心させるように、
力強く言った。
実際、俺たちはこの数日間、
ヴェリタスとの定期便開始に向けて着々と準備を進めると同時に、
ギルドへの対策も練っていた。
ギドさんは、リュウガの新しい隠れ家の周囲に、
獣避けの罠に紛れ込ませる形で、
侵入者を感知するための簡単な警報装置
(ドワーフの技術と、そこらへんのガラクタを組み合わせたものだ)を
いくつか設置してくれた。
「気休め程度だがな。
これで、ネズミ一匹近づいても、
わしには分かるようになっとる」
工房で、ギドさんは得意げに胸を張った。
その顔には、いつもの不機嫌さはなく、
むしろこの状況を楽しんでいるかのような色さえ浮かんでいる。
「それと小僧、
お前に渡しとくもんがある」
ギドさんはそう言うと、工房の奥から小さな革袋を取り出し、
俺に放り投げた。
「これは…?」
中には、金属製の小さな笛のようなものが入っていた。
「緊急用の『竜呼びの笛』だ。
わしが特別に調整した。
普通の人間には聞こえん特殊な高音が出る。
あの瑠璃色の竜なら、数キロ離れていても聞こえるはずだ。
万が一の時は、それで助けを呼べ。
まあ、使わんですむのが一番だがな」
「ギドさん…!
こんなものまで…!
ありがとうございます!」
俺は心からの感謝を込めて頭を下げた。
この頑固なドワーフは、
本当に俺たちのことを心配してくれているのだ。
一方、俺とリリアさんは、
ヴェリタスの商人マードック氏との契約に基づき、
第一回目の定期便の準備に追われていた。
「マードックさんからの最初の荷物は、
ヴェリタス特産の織物と、リンドブルムの薬草ですね。
織物は水濡れ厳禁、
薬草は乾燥を保つように、と」
リリアさんが、羊皮紙のリストを確認しながら言う。
「よし、梱包は任せてくれ。
雨対策として、ギドさんに作ってもらった防水カバーも試してみよう」
俺は、先日ギドさんが試作品として作ってくれた、
荷物カゴ用のワイバーン革製カバーを取り出した。
まだ完璧ではないが、多少の雨なら凌げるはずだ。
(スキルウィンドウで、
ヴェリタスまでの最新の気象情報を確認…
よし、明日は晴れそうだ。
風向きも悪くない。
これなら、初飛行にはもってこいだな)
俺は『異世界物流システム Lv.2』を駆使し、
万全の準備を整える。
そして、ヴェリタスへの第一回定期便、
出発の日の朝が来た。
リュウガの新しい隠れ家は、
以前の場所よりも森の奥深く、
リンドブルムの街からはかなり離れている。
そのため、集荷ポイントで荷物を受け取った後、
俺は一度リュウガの元へ戻り、
そこからヴェリタスへ出発するという、
少し手間のかかる手順を踏む必要があった。
「ケンタさん、気をつけてくださいね。
これが成功すれば、『ドラゴン便』の未来は
大きく開けますから!」
集荷ポイントで、リリアさんが祈るように手を組みながら
俺を見送ってくれる。
「ああ、任せとけ!
必ず成功させてくる!」
俺はリリアさんに力強く頷き、
荷物を背負って森へと急いだ。
リュウガの隠れ家に着くと、
リュウガは既に準備万端といった様子で俺を待っていた。
その黄金色の瞳には、新しい任務への期待と、
ほんの少しの緊張が浮かんでいるように見える。
「よし、リュウガ、
これが俺たちの新しい仕事の第一歩だ。
ヴェリタスまで、頼んだぞ!」
俺は荷物を『ドラゴンギア Lv.1 改』の荷物カゴに丁寧に積み込み、
防水カバーをしっかりと被せる。
そして、鞍に跨り、
ギドさんからもらった『竜呼びの笛』を首から下げた。
「行くぞ!」
バサァッ!
リュウガが力強く翼を打ち、
俺たちを乗せてリンドブルムの森を飛び立った。
目指すは東、商業都市ヴェリタス。
空は快晴。
眼下には緑豊かな大地が広がり、
遠くには竜骨山脈の雄大な姿が見える。
(今のところ、追っ手の気配はないな…。
スキルウィンドウの危険察知機能も反応なし。
だが、油断は禁物だ)
俺は周囲への警戒を怠らない。
ギルドの連中が、この最初の定期便を
黙って見過ごすとは思えない。
飛行開始から約1時間。
リンドブルムとヴェリタスの国境線が近づいてきた。
前回、兵士たちに尋問された苦い記憶が蘇る。
「リュウガ、少し高度を下げて、森の中を進もう。
前回と同じ場所で一度降りて、
俺が先にゲートの様子を見てくる」
俺たちは国境から少し離れた森の中に着陸した。
リュウガにはそこで待機してもらい、
俺は徒歩で国境ゲートへ向かう。
ゲートの様子は、前回とあまり変わらない。
兵士たちが厳しく検問を行っている。
だが、俺にはマードック氏が発行してくれた
正式な「商業連合通行許可証」と
「ドラゴン便定期輸送証明書(仮)」がある。
これがあれば、前回のような面倒なことになるまい。
俺は堂々とゲートへ進み、
兵士に書類を提示した。
「リンドブルムより参りました、
『ドラゴン便』のケンタと申します。
ヴェリタスのマードック様との契約に基づき、
定期輸送の荷物を運んでまいりました」
兵士は書類をじろじろと眺め、
隣の同僚と何事か囁き合っている。
(頼むぞ、マードックさんの書類…!)
しばらく待たされた後、
隊長らしき兵士が出てきて、
俺の顔と書類を交互に見比べた。
「…ふむ、マードック殿からの正式な書類に
間違いないようだな。
よし、通ってよろしい。
ただし、荷物の中身は確認させてもらうぞ」
「はい、どうぞ」
荷物検査はあったものの、
前回のような身体検査や執拗な尋問はなく、
比較的スムーズにゲートを通過することができた。
やはり、正式な書類と信用は重要だ。
森で待っていたリュウガと合流し、
再び空へ。
「よし、第一関門突破だ、リュウガ!」
俺はリュウガの首をポンと叩いた。
ヴェリタスまでは、あと少し。
このまま何事もなければいいが…。
俺の胸には、期待と、
そして一抹の不安が渦巻いていた。
運送ギルドは、
本当にこのまま黙っているのだろうか?
それとも、これは本当に嵐の前の静けさに
過ぎないのだろうか?




