第21話 夜明けの空と追跡者の影
夜明け前の冷たい空気を切り裂き、
リュウガの翼は力強く闇を掻いた。
眼下のリンドブルムの街の灯りはすぐに小さくなり、
俺たちは深い藍色の空の中へと吸い込まれていく。
目指すは遥か500km先、王都。
「よし、リュウガ、
まずは高度を上げるぞ。
できるだけ人目につかないように、
雲の上を目指そう」
『ドラゴンギア Lv.1』の試作鞍に身を預け、
俺はリュウガに指示を出す。
鞍があるだけで、これまでの飛行とは比較にならないほど安定している。
それでも、長距離飛行の緊張感と、
運んでいる荷物(正体不明の魔法素材!)のプレッシャーで、
背中には嫌な汗が滲んでいた。
(この『異世界物流システム Lv.2』…
本当に頼りになる。
ただステータスが表示されるだけじゃない。
まるで最新のナビゲーションシステムみたいだ)
俺は意識を集中し、
脳内に半透明のウィンドウを呼び出す。
(飛行ルートの提案はもちろん、
現在の高度、速度、風向き、
リュウガの稼働可能時間、
ギアの耐久度までリアルタイムで表示してくれる。
しかも、Lv.2になってからは簡易マップ機能や飛行ログも追加された。
これで過去のデータも参照できるし、
新しいルート開拓もやりやすくなった)
(特に重要なのが、危険予測機能だ。
天候の急変予測はもちろん、
この世界ならではの脅威…
例えば、強力な魔獣の接近や、
魔力による罠の存在を探知して、警告を発してくれる。
現代の航空管制や気象レーダー、
それに軍事用の早期警戒システムを合わせたようなものか?
まさにチート級のサポートだ)
俺はスキルウィンドウをナビゲーションモードに切り替え、
表示される情報を注視する。
(スキル:現在高度800m、
対地速度 時速180km。
推奨ルートは平原上空を維持。
天候は安定しているが、
山脈付近で気流の乱れ予測あり。
リュウガの稼働時間は…残り約4時間半。
よし、まだ十分だ。
ギア耐久度も100/100で問題なし)
リアルタイムで更新される情報を確認しながら、
俺は周囲への警戒を怠らない。
運送ギルドの連中が、
この依頼を黙って見過ごすはずがない。
東の空が白み始め、
世界が徐々に輪郭を取り戻していく。
眼下には広大な平原が広がり、
遠くには朝靄に霞む森や川が見える。
リュウガは風を捉え、
驚くほど滑らかに、そして力強く飛行を続けていた。
腹の下に固定された荷物カゴも、安定しているようだ。
梱包は万全を期したが、
それでもデリケートな魔法素材が無事かどうか、
気になって仕方がない。
飛行開始から約2時間。
予定通り、最初の休息ポイントとしてマークしておいた森が見えてきた。
「リュウガ、少し休もう。
あの森に降りるぞ」
リュウガも少し疲労が見え始めていたのか、
素直に俺の指示に従い、
森の中の開けた場所へ音もなく着陸した。
俺は鞍から降り、
リュウガの労をねぎらうように首筋を撫でる。
「よく頑張ったな、リュウガ。
少し水を飲んで休め」
水袋の水をリュウガに与え、
俺自身もリリアさんが作ってくれた携帯食
(干し肉と硬いパン)を口にする。
スープはまだ温かい。
これを飲むと、不思議と力が湧いてくる気がした。
荷物カゴの状態を確認する。
外側の布に異常はない。
中の魔法素材も、おそらく無事だろう。
(スキル:リュウガの稼働時間 残り約2時間半。
ギア耐久度 100/100。
よし、あと3時間ほどのフライトか…
このまま順調にいけば、
今日中には王都に着けるはずだ)
短い休息を終え、
俺たちは再び空へと飛び立った。
太陽は既に高く昇り、
眼下の景色はより鮮明に見える。
その時だった。
スキルウィンドウが、突然、
けたたましい警告音と共に赤く点滅したのだ!
【警告!後方より高速接近物体多数!
距離 約5km!】
【識別:ワイバーン騎兵?
傭兵団か?
敵意レベル:高!】
「なっ!?
後ろから!?」
俺は慌てて振り返る。
遠く、太陽の光を反射してキラキラと光る点が、
複数、こちらに向かって急速に接近してくるのが見えた!
スキルの警告通りだ!
(ワイバーン騎兵だと!?
まさか、運送ギルドの差し金か!?)
ワイバーンは、ドラゴンほどではないにせよ、
凶暴で飛行能力の高い魔獣だ。
それに人間が乗り、武装しているとなれば、
相当な脅威だ。しかも数が複数いる。
「リュウガ!
敵襲だ!
全速力で振り切れ!」
俺は叫び、
リュウガの首にしがみつくようにして体勢を低くする。
リュウガも危険を察知したのか、
鋭い咆哮と共に一気に加速した!
風圧が凄まじい!
Lv.1の鞍では体が持っていかれそうだ!
スキルウィンドウで後方の敵影を確認する。
(敵影、5騎!
距離 約3km!
速度はこちらが時速250km、
敵は時速220km程度か。
速度はこちらが上だが、距離が詰まってきている!
スキル分析…敵の装備に弓を確認!
遠距離攻撃を持っている可能性大!)
「リュウガ!
右へ回避!
あの雲の中に隠れるぞ!」
俺はスキルマップで近くの積乱雲の位置を確認し、
指示を出す。
リュウガは鋭い旋回で雲の中へと突っ込んだ。
視界が一気に白く閉ざされ、
激しい気流に機体が揺さぶられる。
(スキル:乱気流警報!
ギア耐久度低下注意!
現在95/100!
敵影ロスト!)
ウィンドウが警告を発する。
まずい、試作ギアがこの揺れに耐えられるか!?
「リュウガ、落ち着け!
気流を読んで、安定させろ!」
俺はリュウガを励ましながら、
必死でバランスを取る。
リュウガは俺の声に応えるように、
巧みな翼捌きで機体を安定させ、
雲の中を突き進む。
数分後、俺たちは雲を抜けた。
後方を確認する。
「…よし、撒いたか!」
ワイバーン騎兵の姿は見えなかった。
スキルウィンドウも敵影を探知していない。
乱気流の中まで追ってくるのは危険だと
判断したのかもしれない。
だが、安心したのも束の間だった。
【警告!
前方ルート上 約10km地点に高密度魔力反応!
魔法罠の可能性:高!】
「今度は前か!
くそっ、しつこい!」
どうやら、ギルドは複数の妨害を用意していたらしい。
俺たちが雲に隠れることまで読んでいたのか?
スキルの警告がなければ、
気づかずに突っ込んでいたかもしれない。
スキルマップを確認すると、
前方の平原上空に、
不自然な魔力の揺らぎが観測されている。
(スキル分析…これは…
風属性の広域設置型魔法か?
効果範囲は直径500mほど。
効果は…突風による飛行阻害、
あるいは風の刃による直接攻撃の可能性あり…)
「リュウガ、迂回するぞ!
推奨ルートから外れるが、
あの丘陵地帯を盾にして進もう!」
最短ルートを諦め、
俺はより安全な迂回ルートを選択した。
多少時間はかかるが、
荷物と俺たちの安全が最優先だ。
リュウガは俺の指示に従い、
低空を飛行しながら丘陵地帯の影を進む。
幸い、その後は追手も罠も現れなかった。
しかし、迂回と低空飛行で時間をロスし、
リュウガの疲労も蓄積している。
スキルウィンドウの稼働時間ゲージが、
残り約45分と、かなり少なくなってきていることを示していた。
(まずいな…
王都まではまだ100km以上ある。
このままじゃ、今日中に王都に着くのは
難しいかもしれない…
ギアの耐久度も60/100まで落ちてる。
乱気流と急加速で思ったより消耗したか…)
俺はスキルマップで、
近くに安全に休息できそうな場所を探す。
(…あった。
ルートから北へ約15km地点に、
古い遺跡があるようだ。
マップ情報によると、
比較的大きな洞窟もあるらしい。
あそこなら、身を隠せるかもしれない)
「リュウガ、もう一息だ。
あそこの遺跡で、しっかり休もう」
俺はリュウガを労いながら、
最後の力を振り絞って目的地へと向かった。
運送ギルドの執拗な妨害。
それは、俺たちの『ドラゴン便』が、
彼らにとってどれほどの脅威であるかの
裏返しでもある。
だが、負けるわけにはいかない。
この依頼を成功させ、
俺たちの力を証明しなければ。
夕暮れが迫る中、
俺たちはようやく目的の遺跡の上空にたどり着いた。
果たして、無事に王都までたどり着けるのか?
そして、この厄介な魔法素材は…?
俺たちの挑戦は、まだ道半ばだ。




