第20話 王都への依頼と覚悟の翼
「王都の…
宮廷魔術師様からの依頼…」
俺はリリアさんが持ってきた依頼書を手に、
ゴクリと唾を飲み込んだ。
極めて希少でデリケートな魔法素材を、
王都まで極秘かつ迅速に運ぶ。
期限は3日以内。
そして、報酬は金貨…!?
これまでの依頼とは桁が違う。
銅貨や銀貨の世界で生きてきた俺にとって、
金貨というのは眩暈がするような金額だ。
これは、とんでもないチャンスだ。
この依頼を成功させれば、
ダンジョン攻略のための資金が一気に貯まるかもしれない。
それに、宮廷魔術師という、
この国の中枢に近い人物との繋がりができる可能性もある。
それは、今後の事業展開や、
ギルドからの圧力に対抗する上で、
大きな力になるかもしれない。
しかし、リスクも計り知れない。
まず、荷物自体が
「極めて希少でデリケートな魔法素材」だ。
詳細不明というのが逆に怖い。
万が一、輸送中に破損でもしたら…
想像するだけで背筋が凍る。
Lv.1の試作ギアと、
俺たちの即席梱包技術で対応できるのか?
次に、王都までの距離。
スキルマップで確認すると、
リンドブルムから王都までは直線距離でも約500km。
隣国ヴェリタス(約150km)の3倍以上だ。
リュウガの稼働時間やギアの耐久度を考えると、
途中で休息を挟む必要があるだろう。
長距離飛行には未知のリスクが伴う。
そして、最大の懸念は「極秘」という点だ。
誰に依頼を知られているのか?
なぜ、他の手段ではなく、
まだ実績も少ない俺たち『ドラゴン便』に依頼が来たのか?
そこには何か裏があるのではないか?
運送ギルドがこの情報を掴んで、
妨害してくる可能性も高い。
王宮関係の厄介ごとに巻き込まれる危険性も否定できない。
「どうする…?」
俺はリュウガの穏やかな寝息を聞きながら、
依頼書とスキルウィンドウのリスク分析結果を
交互に見つめた。
「ケンタさん…」
リリアさんが心配そうに俺の顔を覗き込む。
彼女も、この依頼が持つ意味の大きさと危険性を
感じ取っているのだろう。
「リリアさん、どう思う?」
俺は正直に意見を求めた。
彼女は単なる協力者じゃない。
俺にとって、信頼できる大事な仲間だ。
リリアさんは少し考え込んだ後、
静かに、しかし強い意志を込めて言った。
「…危険な依頼だとは思います。
でも、困っている人がいて、
それを助けられるのが私たち『ドラゴン便』なら…
私は、ケンタさんとリュウガさんを信じて、
挑戦してみたいです」
彼女の言葉には、迷いはなかった。
その真っ直ぐな瞳に、俺は心を打たれる。
そうだ。
俺たちが『ドラゴン便』を始めたのは、
ただ金儲けのためじゃない。
この世界の役に立ちたい、
困っている人を助けたい、
そういう想いがあったはずだ。
宮廷魔術師がどんな人物かは分からないが、
彼がこの素材を緊急に必要としているのは
事実なのだろう。
リスクは大きい。
だが、リターンも大きい。
そして何より、これは俺たちの『ドラゴン便』が、
次のステージへ進むための試金石となる依頼だ。
「…よし、決めた」
俺は顔を上げた。
「この依頼、受けよう。
リリアさん、手伝ってくれるか?」
「はい!
もちろんです!」
リリアさんは力強く頷いた。
俺たちはすぐに行動を開始した。
まずは情報収集だ。
宮廷魔術師について、
そして依頼された「特殊魔法素材」について、
ギルドや市場でそれとなく情報を集めてみる。
だが、やはり機密事項なのか、
詳しい情報はほとんど得られなかった。
「触れるだけで危険」
「光に当ててはならない」
「特定の温度を保つ必要がある」など、
断片的な注意点だけが分かった。
「ますます厄介な代物だな…」
俺は頭を抱えたが、やるしかない。
次に、梱包だ。
「光を遮断して、
衝撃を吸収して、
温度変化も抑える…か」
(まるで、超精密な半導体や、
厳格な温度管理が必要だったCOVID-19ワクチン輸送みたいだ…)
俺は前職での特殊貨物輸送の経験を総動員する。
(あの時は、専用の断熱・耐衝撃コンテナを使って、
輸送中の温度や振動をセンサーで常時監視してたっけな。
GPSで位置情報もリアルタイムで追跡して、
万が一の異常があればすぐに対応できる体制だった。
それに比べて、今の俺たちにあるのは、
Lv.1の網カゴと、異世界の自然素材だけだ…)
「リリアさん、頼む!
光を完全に遮断できる、分厚くて丈夫な葉っぱと、
衝撃をできるだけ吸収してくれる、弾力のある苔を
大量に集めてきてくれないか?
あと、温度変化を緩やかにする効果があるっていう、
あの乾燥した植物の根も!」
「はい、分かりました!
任せてください!」
リリアさんは薬草の知識をフル活用し、
森へ必要な素材を集めに行ってくれた。
その間に、俺は依頼主から渡された
頑丈そうな木箱の内側を、
さらに補強する作業に取り掛かる。
手持ちの布や革の切れ端を使い、
内壁にクッション層を作る。
やがてリリアさんが、
山ほどの葉や苔、植物の根を抱えて戻ってきた。
「ケンタさん、これでどうでしょうか?」
「ありがとう、リリアさん!
これだけあればなんとかなる!」
二人で協力し、木箱の中に、
まず温度変化を抑える植物の根を敷き詰める。
次に、衝撃吸収性の高い苔を分厚く重ね、
その中央に魔法素材
(中身は見えないが、おそらく小さな容器か何かに入っているのだろう)を
そっと埋め込むように収める。
まるで貴重な美術品を運ぶ時みたいに、
細心の注意を払う。
(現代なら、エアサスペンション付きの特殊車両を使ったり、
専用の緩衝材で何重にも保護したりするレベルの扱いだろうな…)
さらにその上から苔を重ね、
最後に光を遮断する厚手の葉で隙間なく覆い尽くす。
木箱の蓋を閉め、念には念を入れて、
箱全体を防水と遮光のため油を塗った厚手の布で
ぐるぐる巻きにした。
(これで、やれるだけのことはやった…はずだ。
あとは、リュウガの飛行技術と、
俺のナビゲーションにかかっている)
完璧とは言えないかもしれないが、
Lv.1の装備と異世界の素材、
そして俺たちの知識と工夫でできる、
最高の梱包だ。
最後に、飛行ルートの選定。
俺はスキルウィンドウのマップ機能と飛行ログ、
そして天候予測を駆使し、
王都までの最適なルートを割り出す。
(スキル:目的地、王都。
距離ランクS+。
荷物:特殊魔法素材(超厳重注意)。
期限:3日以内。
推奨ルートは…最短は山脈越えだが、
天候が不安定で魔獣も多い。
少し遠回りになるが、比較的安全な平原ルートを選択。
途中で休息可能な森や洞窟もマークしておく。
飛行時間は…片道で約5時間か。
往復と休息を考えると、
ギリギリ3日以内には収まるな)
(懸念事項:運送ギルドの妨害。
彼らが俺たちの動きを監視している可能性は高い。
出発時刻は…人目につかない早朝がいいだろう。
飛行高度も通常より高めを維持するか…)
出発は明日の早朝に決まった。
その夜、俺はリュウガにたっぷりと上等な肉を与え、
明日の長距離飛行に備えさせた。
リリアさんは、俺たちのために栄養満点のスープと、
携帯食を作ってくれた。
「ケンタさん、本当に気をつけてくださいね。
絶対に、無理はしないで」
リリアさんは、心配で潤んだ瞳で俺を見つめる。
その表情に、俺は胸が締め付けられる思いがした。
「ああ、大丈夫だ。
俺にはリュウガがついている。
それに、リリアさんが作ってくれたこのスープがあれば、
百人力だ」
俺は努めて明るく振る舞い、
彼女を安心させようとした。
翌日の夜明け前。
空にはまだ星が瞬いている。
ひんやりとした空気の中、
俺はリリアさんとギドさん
(心配して様子を見に来てくれたらしい)に見送られ、
リュウガの背に跨った。
「行ってくる」
「「気をつけて!」」
リュウガは力強く翼を打ち、
俺たちを乗せて静かに闇の中へと飛び立った。
眼下には、眠りについたリンドブルムの街並みが広がっている。
目指すは王都。
成功すれば莫大な報酬と信用。
失敗すれば…考えたくない。
そして、道中には運送ギルドの妨害や、
未知の危険が待ち受けているかもしれない。
俺は鞍の上で、ぐっと身を引き締めた。
これは、単なる配達じゃない。
『ドラゴン便』の未来を賭けた、
大きな挑戦なのだ。
俺はリュウガの首筋をそっと撫でた。
相棒の温かい体温が、
俺の覚悟を後押ししてくれた。




