第17話 波紋とギルドの影
隣国ヴェリタスへの『ドラゴン特急便』初仕事は、
大成功と言ってよかった。
高額な報酬に加え、
定期輸送のオファーまで獲得できたのだ。
国境越えの厳しさを痛感し、
身分証明やギルド認可の必要性を感じたものの、
それ以上に『ドラゴン便』の持つポテンシャルを
再確認できたのは大きな収穫だった。
リンドブルムへ戻った俺は、
早速リリアさんに結果を報告した。
「ヴェリタスまで、一日で往復!?
しかも定期輸送のお話まで!
すごいです、ケンタさん!」
リリアさんは目を輝かせて喜んでくれた。
俺も、彼女の笑顔を見ると疲れが吹き飛ぶ気がする。
拠点であるボロ小屋に戻り、
リュウガに特上の骨付き肉
(ヴェリタスでの臨時収入で奮発した)を与えながら、
今後の計画を練る。
ヴェリタスとの定期便が実現すれば、
安定した収入源になる。
そうなれば、ダンジョン攻略の資金繰りも楽になるし、
ギドさんへの『ドラゴンギア Lv.2』の製作依頼も
現実味を帯びてくる。
スキルウィンドウを開き、
今回のヴェリタス輸送のログを確認する。
(飛行時間、ギア耐久度消費、獲得報酬…
よし、データはしっかり記録されているな。
信用度もC+に上がってる。
この調子で実績を積んでいけば…)
だが、俺たちの成功は、
静かに、しかし確実に波紋を広げ始めていた。
特に、リンドブルムで長年物流を牛耳ってきた、
既存の運送ギルドにとっては。
数日後、
俺が集荷ポイントで荷物の整理をしていると、
その「波紋」は具体的な形となって現れた。
見慣れない、しかしどこか威圧的な雰囲気の男たちが数人、
こちらに近づいてくる。
身なりは悪くないが、その目つきは鋭く、
明らかにカタギではない。
「あんたが『ドラゴン便』のケンタとかいう小僧か?」
中心に立つ、恰幅の良い中年男が、
値踏みするような視線で俺に話しかけてきた。
その隣には、かつて俺が世話になった
(そして契約満了で別れた)ウインド運送の親方、
バーンズさんの姿もあった。
彼は気まずそうに目を逸らしている。
「…いかにも、俺がケンタですが。
何か御用でしょうか?」
俺は警戒しつつも、
平静を装って応じた。
スキルウィンドウは起動していないが、
全身のセンサーが警報を鳴らしている。
これは、厄介ごとの匂いだ。
「ふん、若いな。
こんな若造が、我々『リンドブルム運送ギルド』の
縄張りを荒らしているとはな」
中年男…
ギルドの幹部、ゴードンと名乗ったか…
は、吐き捨てるように言った。
リンドブルム運送ギルド。
この街の物流を実質的に支配している組織だ。
「縄張りを荒らす、とは穏やかではありませんね。
俺はただ、依頼主の要望に応えて、
荷物を運んでいるだけですが」
「口の減らない小僧だ。
お前のような新参者が、
どうやって隣国まで一日で荷物を運べる?
我々の知らない抜け道でもあるのか?
それとも、何か特別な『力』でも使っているのか?」
ゴードンの目は、
探るように俺の奥底を見透かそうとしてくる。
輸送手段の秘密を探っているのは明らかだ。
隣にいたバーンズさんが、
ゴードンに促されるように、おずおずと口を開いた。
「け、ケンタ…いや、ドラゴン便の。
お前のところのやり方は、ちとやりすぎだ。
相場を無視したような料金で、
急ぎの仕事ばかりかっさらって…。
おかげで、こっちの仕事が減って困ってるんだ。
古くからの付き合いもあるんだから、
少しは考えてくれや…」
バーンズさんの声には、困惑と、
少しばかりの恨み節が混じっている。
俺たちの新しい料金体系やサービスが、
彼らの生活を脅かし始めているのは事実なのだろう。
「それは、俺のサービスが依頼主のニーズに
応えているからでは?
遅くて高くて、荷物が無事に届くかも分からないような輸送に、
いつまでもお金を払う人ばかりではないでしょう。
時代は変わるんですよ、バーンズさん」
俺は冷静に、しかしはっきりと反論する。
甘い顔を見せれば、つけ込まれるだけだ。
「なんだと!?」
ゴードンが声を荒らげた。
「我々が長年築き上げてきたこの街の物流の秩序を、
ぽっと出の小僧が乱すというのか!
新参者は新参者らしく、
我々のルールに従ってもらうのが筋だろうが!」
その声には、既得権益を脅かされることへの
焦りと怒りが滲んでいた。
「ルール、ですか?
依頼主を待たせ、高い金をふんだくり、
荷物をぞんざいに扱うのが、あなた方のルールですか?
俺は、もっと良いサービスを提供したいだけです」
俺の言葉に、ゴードンたちの顔色が変わる。
図星だったのだろう。
「…小僧、
どうやら少し世の中というものを
教えてやる必要がありそうだな」
ゴードンが、威圧するように一歩前に出る。
周囲の男たちも、じりじりと距離を詰めてくる。
まずい、完全に因縁をつけられている。
数は向こうが多い。
ここで事を構えるのは得策じゃない。
「まあまあ、ゴードンさん」
バーンズさんが慌てて間に入る。
「今日は挨拶だけだと…」
「ふん、そうだな」
ゴードンは、わざとらしく笑みを浮かべた。
「今日は挨拶代わりに、忠告に来ただけだ。
今後、我々の邪魔をするようなら、
どうなるか分かっているな?
このリンドブルムで運送業を続けたいなら、
我々の言うことを聞くことだ。
…いいな?」
その目は笑っていなかった。
明確な脅しだ。
「……。」
俺は何も答えず、
ただゴードンを睨み返した。
「…そうか。
まあ、すぐに考えが変わるかもしれんぞ?」
ゴードンは不気味な言葉を残し、
バーンズさんたちを引き連れて去っていった。
嵐のような威圧感が、ようやく遠ざかっていく。
「くそ…」
俺は一人、集荷ポイントで小さく悪態をついた。
面倒なことになった、というレベルじゃない。
これは、明確な敵意だ。
彼らがこのまま引き下がるとは思えない。
今日の「挨拶」は、ほんの始まりに過ぎないだろう。
これから、様々な形での妨害や圧力が強まるはずだ。
最悪の場合、物理的な手段に訴えてくる可能性だってある。
(どうする…?
まだ俺たちの力は小さい。
リュウガのことは絶対に知られてはならない。
リリアさんやギドさんを巻き込むわけにもいかない…)
頭の中で、様々なリスクと対策が渦巻く。
スキルウィンドウを開き、ギルドの情報や、
考えられる妨害パターンなどを検索してみるが、
具体的な解決策は見当たらない。
「見てろよ…」と強がってはみたものの、
現実は厳しい。
事業を拡大し、物流に革命を起こすという夢。
その前に、まずはこの足元を脅かす影から、
自分たちのささやかな城を守り抜かなければならない。
俺は空を見上げ、深く息を吸い込んだ。
これから始まるであろう戦いに備え、
覚悟を決めなければならない。




