第128話 ドワーフとエルフ、古の約束
俺たちの目の前で、
ゆっくりと、
そして、どこか躊躇うように、
開かれていく、虹色の、光の扉。
その向こう側には、
俺たちが、これまで一度も見たことのない、
神聖な、そしてどこまでも美しい、
本当の、エルフの森の姿が、広がっていた。
「…行くぞ、みんな」
俺は、仲間たちに、
そして、この、歴史的な瞬間に立ち会う、
全ての翼たちに、声をかけた。
そして、
エルフのリーダー、ラエロンに導かれるまま、
その、聖なる結界の、内側へと、
静かに、そして、
最大限の敬意を込めて、足を踏み入れた。
その瞬間。
俺たちの、その全身を、
これまで感じたこともないような、
清らかで、
そして、どこまでも優しい、
生命の、そのもののエネルギーが、
まるで、春の、その最初の陽光のように、
温かく、そして深く、包み込んだ。
呼吸をするだけで、
魂が、その奥底から、浄化されていくようだ。
森の中は、
外から見ていた以上に、
光に、満ち溢れていた。
天を突くような、巨大な銀色の葉を持つ木々の、
その、葉と葉の隙間から、
まるで、天上のカーテンのように、
キラキラと、そして柔らかく、
黄金色の、木漏れ日が降り注いでいる。
地面には、
色とりどりの、そして見たこともないような花々が、
まるで、宝石を散りばめたかのように咲き乱れ、
その、甘く、そして清らかな香りが、
俺たちの、その疲れた心を、
優しく、優しく、癒やしてくれる。
(すごい…
これが、『静寂の森』…)
俺は、
その、あまりにも神々しく、
そして、あまりにも、
完璧なまでの、調和に満ちた光景に、
ただ、言葉を失っていた。
ラエロン率いる、エルフの戦士たちは、
俺たちを、
森の、その奥深くへと、導いていく。
道中は、相変わらず、無言だった。
だが、彼らの、その背中から感じる、
俺たちへの、その視線には、
もう、以前のような、
氷のように冷たい、拒絶の色はない。
代わりに、そこには、
戸惑いと、
そして、この、招かれざる客が、
本当に、この森の、その悲しみを癒やすことができるのか、という、
僅かな、しかし、
確かに存在する、期待の色が、
宿っているように、俺には見えた。
やがて、
俺たちがたどり着いたのは、
森の、その最も、中心部。
ひときわ巨大な、
そして、まるで、この森の、その全ての生命の
母親であるかのような、
圧倒的な、そしてどこまでも優しい存在感を放つ、
世界樹とでも呼ぶべき、
その、大樹の、麓だった。
そこには、
木の、その枝や、幹や、根を、
巧みに、そして美しく利用した、
自然と、完全に一体化した、
息をのむほどに、美しい、
エルフたちの、集落があった。
そして、
その、世界樹の、最も大きな洞の中に作られた、
神殿のような場所で、
俺たちは、
この森の、そしてこの一族の、
長老と、対面した。
彼女は、
その、腰まで届く、白銀の、美しい髪を、
静かに、風に靡かせ、
その、何千年もの、気の遠くなるような時を、
その内に秘めているかのような、
どこまでも深く、そしてどこまでも、
慈愛に満ちた、翠色の瞳で、
俺たちを、
そして、俺の隣に立つ、リリアさんを、
静かに、見つめていた。
「…よく、参られました、薬屋の娘よ。
そして、風の、運び手たちよ」
長老様の、その声は、
まるで、森の、その全ての木々が、
一斉に、囁きかけているかのように、
穏やかで、そして、どこか懐かしい響きを持っていた。
「わたくしの名は、ライラ。
この、『静寂の森』の、
その、ささやかな番人を、務める者です」
「あなたの、その、純粋な、そして優しい魂が、
この森の、その、深い悲しみの声を、
聞き届けたこと、
そして、その痛みを、共に分かち合おうとしてくださること、
この、森の、全ての生命に代わり、
心より、感謝を申し上げます」
ライラ様は、
その、あまりにも気高い、
そして、あまりにも美しい、その姿で、
俺たち、ちっぽけな、人間の若者に、
深く、深く、頭を下げた。
俺たちは、恐縮し、
そして、慌てて、それ以上に深く、頭を下げ返した。
「ですが、ライラ様」
リリアさんが、
その、決意を秘めた、
しかし、どこまでも、その澄み切った声で、
一歩、前に進み出た。
「この、偉大なる森を蝕む『病』…。
わたくしの、その拙い知識で、診させていただいたところ、
これは、ただの、自然の病ではございません。
何者かの、
あるいは、何か、もっと大きな、
その、大地の、そのものの『歪み』によって、
引き起こされているように、感じられます。
その、根本原因を突き止め、
そして、それを癒やさなければ、
どんな、優れた薬草も、
どんな、強力な治癒の魔法も、
おそらくは、意味をなさないでしょう」
リリアさんの、その、
あまりにも、的確で、
そして、真実を突いた言葉。
それを聞いた、ライラ様の、
その、穏やかだったはずの、翠色の瞳に、
一瞬だけ、
深い、深い、
そして、どうしようもないほどの、
悲しみの色が、よぎったのを、
俺は、見逃さなかった。
「…ええ。
あなたの、言う通りです、賢き娘よ」
「この森の、その病の根は、
あまりにも、あまりにも深く、
そして、あまりにも、
悲しい、過去の、過ちに、
繋がっているのです…」
ライラ様は、
そこで、一度、言葉を切ると、
俺たちの、その背後、
そして、この、聖なる集落に、
今、まさに、足を踏み入れようとしていた、
もう一人の、
その、かけがえのない仲間へと、
その、複雑な、そしてどこか、
怒りにも似た、感情を込めた、
その、鋭い視線を、向けた。
ギドさんだった。
彼は、俺からの、通信機による連絡を受け、
この、エルフの森の、
その、本当の状況を知るために、
カイ様と共に、
急遽、この場所へと、駆けつけてくれていたのだ。
だが、
エルフの戦士たちが、
ギドさんの、その、
ドワーフ特有の、その無骨な、
そして屈強な姿を認めた、その瞬間。
その場の、全ての空気が、
再び、
氷のように、そして刃のように、
鋭く、そして冷たく、張り詰めた!
彼らは、一斉に、
再び、その白銀の弓を、
ギドさんへと、その、たった一人へと、
その、全ての憎悪を込めて、向けたのだ!
「なっ…!
ドワーフだと…!?
なぜ、ドワーフが、この聖なる森に!」
「許さん…!
決して、許さんぞ!
我らの、この森を、
その、汚れた足で、踏みにじらせるものか!」
ライラ様が、
その、か細い、しかし、
決して、誰も逆らうことのできない、
その、威厳に満ちた手を、
静かに、上げて、
彼らを、制止した。
そして、
ギドさんの、その、
困惑と、そして、どこか、
覚悟を決めたような、その顔を、
真っ直ぐに、見つめ返した。
「…ギド・アイアンハンド殿、と、お見受けいたします。
その、類稀なる、鍛冶の腕前と、
そして、その、誰よりも、その誇り高き魂の噂は、
この、森の奥深くにまで、届いております」
「そして、あなた方の、そのご先祖が、
この、我らの森に、
そして、この大地そのものに、
どれほどの、そして、
決して、癒えることのない、深い傷跡を残していったのかも、
あなたは、ご存知のはずですな?」
ライラ様の、その、静かな、
しかし、どこまでも、その重い、
その、糾弾の言葉。
それを聞いたギドさんは、
その、ゴツゴツとした、
そして、いつもは、自信に満ち溢れていたはずの、
その、両の拳を、
ぎゅっと、強く、
そして、悔しげに、握りしめた。
彼は、
ドワーフの、その古い伝承に残る、
『大いなる過ち』の、その物語を、
知っていたのだ。
そして、その、おとぎ話だと思っていたものが、
今、目の前の、この、現実として、
彼の、その胸に、
重く、そして深く、突き刺さっていた。
やがて、
ギドさんは、
その、頑固で、そして誰にも、
決して、その頭を下げたことのなかったはずの、
その、誇り高きドワーフは、
ライラ様の、
そして、その場にいる、全ての、エルフたちの前に、
ゆっくりと、
本当に、ゆっくりと、
その、屈強な、その両の膝を、
地面に、着いた。
そして、
深く、深く、
その、土の匂いがする、
その、聖なる大地に、
その、額を、擦り付けた。
「…エルフの、長老殿」
「…そして、この、偉大なる森の、全ての民よ」
「…わしの、
そして、わしらドワーフの、
その、愚かな、そして、
取り返しのつかない、過去の過ちを、
どうか…」
「どうか、許しては、くれまいか…」
ギドさんの、その、
震える、そして、
その、魂の、その奥底から絞り出した、
その、謝罪の言葉。
それを聞いた、全てのエルフたちが、
息を、呑んだ。
「わしは、
この、わしの、全ての技術と、
そして、この、わしの、全ての魂を懸けて、
誓おう」
「わが、父祖が、
その、欲望のために、この大地に穿った、
その、癒えることのない傷跡を、
この、わしの、
この、同じ、ドワーフのハンマーで、
必ずや、塞いでみせると」
「だから、どうか…!」
「どうか、俺たちに、
その、償いのための、
その、機会を、与えては、くれまいか…!」
ギドさんの、その、
あまりにも、真っ直ぐで、
そして、あまりにも、
その、誇りを、全て捨て去った、
その、心からの、魂からの、謝罪。
それは、
何百年もの、長い、長い間、
エルフたちの、その心の奥底で、
固く、固く、凍てついていた、
その、憎しみの氷を、
静かに、しかし、確かに、
溶かし始めた。
ライラ様の、その、美しい、翠色の瞳から、
一筋の、
しかし、何百年分もの、
その、悲しみの重みが込められた、
温かい、温かい涙が、
静かに、こぼれ落ちた。
「…ギド・アイアンハンド殿。
その、気高き魂の、その誓い…
確かに、
この、森の、全ての生命と共に、
聞き届けました」
「…顔を、お上げなさい、誇り高きドワーフの戦士よ」
「そして、我らに、
あなたの、その力を、お貸しください」
「この、森の、そして、この大地の、
その、悲しい、悲しい病を、
共に、癒やすために…」
ライのかもしれない様は、
そう言うと、
ギドさんの、その、大きな、
そして、今は、少しだけ、小さく見える、
その、背中に、
そっと、
その、白く、そして美しい、
その、優しい手を、
置いた。
それは、
長い、長い、
そして、あまりにも、悲しい、
二つの、種族の、
その、歴史的な、
和解の、瞬間だった。




