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第127話 リリアの真心と、開かれる扉

「…何人なんぴとたりとも、

この、聖なる森を、

その、汚れた足で、踏み入れることは、

許さん」


エルフの、そのリーダー格と思われる男の、

氷のように冷たく、

そして、一切の、慈悲も、感情も感じさせない、

絶対的な、拒絶の言葉。

それが、

俺たちの、その前進を、

まるで、見えない、そして決して砕けない壁のように、

完全に、そして完璧に、阻んだ。


その、白銀の弓から放たれる、

無言の、しかし圧倒的なまでの殺気。

それは、これまで俺たちが対峙してきた、

どんな魔獣の、どんな人間の、

その、むき出しの敵意とも、

全く、質の違うものだった。

もっと、根源的で、

もっと、純粋で、

そして、だからこそ、

どうしようもないほどに、深い、深い、

断絶の、意志。


「待ってくれ!

俺たちは、戦いに来たんじゃない!

俺たちは、『ドラゴン便』!

ただ、あなた方と、話を…」


俺が、咄嗟に、

両手を広げ、敵意がないことを示しながら、

必死で、言葉を紡ごうとした、その時だった。


「黙れ、人間」

エルフのリーダー、そのラエロンと名乗るべき男の、

その、氷の刃のような声が、

俺の言葉を、無慈悲に、切り裂いた。


「お前たちの、その口先だけの理由など、

我らには、何の意味もなさん。

この森の、古からの法は、絶対だ。

今すぐ、ここを立ち去れ。

さもなくば、次はない。

森の、その怒りが、

お前たちの、そのちっぽけな存在を、

塵一つ、残すことなく、消し去ることになるだろう」


(くそっ…!

これは、ダメだ…!

交渉の、そのテーブルにすら、

着くことができない…!)


俺の、その社畜時代に培われた、

どんな理不尽な相手とも、

なんとか、落としどころを見つけ出してきたはずの、

その、ささやかな交渉術が、

彼らの、その、あまりにも強固な、

そして、あまりにも純粋な、

その、拒絶の意志の前には、

全く、全く、通用しなかった。


リュウガも、

この、張り詰めた、

そして、絶望的なまでの空気を感じ取っているのだろう。

その、黄金色の瞳に、

これまでにないほどの、

深い、深い警戒の色を浮かべて、

低い、唸り声を上げている。


俺たちが、

万策尽き、

そして、諦めて、この場を去るしか、

もはや、道はないのかと、

そう、思い、かけた、その時だった。


「…お待ちください」


凛とした、

しかし、どこまでも、

そして、どこまでも、優しい声が、

その、凍てついた空気を、

静かに、しかし、確かに、震わせた。

リリアさんだった。


彼女は、

俺の、その制止する手を、

そっと、優しく振り払うと、

一歩、また一歩と、

あの、殺気に満ちた、エルフたちの前へと、

静かに、しかし、

一切の、迷いなく、進み出ていった。


(リリアさん!?

ダメだ!

危ない!)

俺は、思わず、叫びそうになった。

だが、

彼女の、その、小さな、

しかし、どんな屈強な騎士よりも、

気高く、そして力強く見える、

その、後ろ姿に、

俺は、なぜか、

言葉を、失ってしまっていた。


リリアさんは、

エルフたちの、その鋭い視線を、

一身に、浴びながらも、

少しも、臆することなく、

その、蒼い、

そして、どこまでも澄み切った瞳で、

彼らを、

いや、彼らの、その背後にある、

この、偉大なる森そのものを、

真っ直ぐに、見つめ返した。


「聖なる、森の守り手の方々。

我々の、この突然の来訪、

そして、あなた方の、その安寧を乱したことを、

まずは、心より、お詫び申し上げます」


彼女は、

武器ではなく、

この、長い旅路の途中で、

偶然、見つけたという、

一本の、美しい、

そして、とても珍しい薬草を、

そっと、胸の前に、掲げた。


「わたくしの名は、リリア。

リンドブルムという、遠い街の、

しがない、薬屋の娘にございます」


彼女は、

物流のことなど、

ビジネスのことなど、

一言も、口にしなかった。

ただ、

一人の、

この、大自然を愛し、

そして、その声なき声に、

耳を傾けることのできる、

薬師の娘として、

その、魂で、語り始めた。


「わたくしには、分かります。

この、偉大なる森の、その生命の息吹が…。

それは、とても、とても力強く、

そして、どこまでも清らかで、

そして、何千年もの、気の遠くなるような時を生き抜いてきた、

その、気高い、気高い、誇りに満ちています」


「ですが…」

彼女の声が、

ほんの少しだけ、

悲しみの色を帯びた。


「ですが、同時に、

わたくしには、感じるのです。

この、美しい森の、

その、心の奥底から聞こえてくる、

小さな、しかし、どうしようもない、

深い、深い、悲しみの声を…」


リリアさんは、

ゆっくりと、

森の、その一角に立つ、

ひときわ大きく、

そして、ひときわ、

その、美しい銀色の葉を、

誇らしげに、天へと広げている、

壮麗な、大樹を、指差した。


「あの大樹様は…

そのお姿は、確かに、美しく、そして力強い。

ですが、その葉の輝きは、

ほんの少しだけ、その光を失い、

そして、その根は…

わたくしには、感じられます。

その根が、

大地から、その命の源である、

清らかな水を、

思うように、吸い上げることができずに、

苦しんでいるのが…」


「この森には、

『澱み』があります。

何者かによって、

あるいは、時の、その無慈悲な流れによってもたらされた、

小さな、しかし、確実に、

この、偉大なる森の、その生命そのものを、

内側から、蝕み続けている、

悲しい、悲しい、『病』が、あるのではございませんか…?」


リリアさんの、その、

あまりにも、的確で、

そして、誰にも、

決して、知られるはずのなかった、

その、森の、本当の秘密。


その、言葉を聞いた瞬間。

エルフのリーダー、ラエロンの、

その、氷のように冷たかったはずの、

その、翠色の瞳が、

大きく、そして信じられないというように、

見開かれた。

他の、エルフの戦士たちの間にも、

隠しきれない、動揺の波が、

さざ波のように、広がっていくのが、

俺には、はっきりと分かった。


ラエロンは、

リリアさんが指差した、その大樹を、

そして、その、僅かに色褪せた葉を、

まるで、

自らの、その癒えることのない心の傷を、

見つめるかのように、

痛ましげな、そして悔しげな表情で、見つめている。

リリアさんの、その言葉は、

確かに、

彼らの、その最も、触れられたくない、

そして、最も、どうすることもできない、

その、心の、真実を、

正確に、そして無慈悲なまでに、

言い当てていたのだ。


「…なぜ、それを…」

ラエロンの声が、

初めて、その、冷静さを失い、

微かに、震えていた。


「わたくしは、薬師の娘ですから」

リリアさんは、

静かに、そして、

しかし、どこまでも、

その、確かな誇りを込めて、言った。


「わたくしには、

この『ドラゴン便』の、その仲間になるまで、

何も、特別な力など、ありませんでした。

ただ、

お父さんと、お母さんから教わった、

薬草の、その小さな声に、

耳を傾けることだけが、

わたくしの、唯一の、取り柄でしたから」


「わたくしには、

この、偉大なる森の、その『病』を、

完全に、癒やすことができるかどうか、

それは、分かりません。

わたくしは、ただの、

しがない、人間の娘ですから」


「ですが…」

彼女の声に、

再び、

どんな困難にも、決して屈しないという、

強い、強い意志の光が、宿る。


「ですが、わたくしは、

試してみたいのです!

この、わたくしの、全ての知識と、

そして、この、わたくしの、全ての心を懸けて、

この、美しい森の、

その、悲しみを、

ほんの少しでも、和らげるお手伝いを、

させてはいただけないでしょうか…!」


彼女は、

その場に、

深く、深く、

そして、どこまでも、

その、心からの、魂からの、

その、純粋な祈りを込めて、

頭を、下げた。


その、小さな、

しかし、何よりも、

気高く、そして美しい、

その、後ろ姿。

それを、エルフの戦士たちは、

ただ、呆然と、

そして、

これまで、その心の奥底に、

固く、固く、閉ざしてきた、

何か、温かいもので、

その、胸が、締め付けられるのを、

感じながら、

見つめていることしか、できなかった。


ラエロンの、その、氷のように冷たかった瞳から、

一筋の、

しかし、確かに、温かい涙が、

静かに、こぼれ落ちた。


長い、長い、

まるで、この森の、その歴史そのもののような、

静寂。


やがて、

ラエロンは、

その手に持っていた、

白銀の弓を、

ゆっくりと、

本当に、ゆっくりと、

その、美しい、そして気高い軌跡を描いて、

下ろした。


「…………。」

「…薬屋の、娘よ」

「…そして、風の、運び手たちよ」


「…中へ、入るがよい」


ラエロンは、

そう、一言だけ、

絞り出すように、呟くと、

俺たちの、目の前の、

その、見えない、

そして、決して越えられないと思われた、

その、古代の、強固な結界へと、

そっと、その手を、かざした。


すると、

まるで、

閉ざされていた、心の扉が、

ゆっくりと、開かれるかのように、

その、結界の、その一部が、

淡い、虹色の光を放ちながら、

静かに、そして優しく、

俺たちの、進むべき、

その、新しい道筋を、

確かに、示してくれたのだった。

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