第126話 静寂の森と、エルフの結界
隻眼の王が、
その、長きにわたる怒りと悲しみの呪縛から解き放たれ、
東山脈の、その南の頂に、
ようやく、穏やかな静寂が戻ってきた。
ワイバーンたちは、
もう、争うことも、叫ぶこともない。
ただ、リリアさんが、その優しい手で手当てをした、
自分たちの、無残に荒らされた巣の周りに、
静かに、しかし、
どこか、新しい時代の始まりを予感するかのように、
集まっていた。
その瞳には、もう、憎悪の色はない。
あるのは、
俺たち、そしてリリアさんへの、
深い、深い感謝と、
そして、空の王者としての、
本来の、気高い誇りの光だけだった。
「…ケンタさん、リリアさん。
見事だった」
後から駆けつけてくれたカイ様が、
その、あまりにも美しく、
そして、あまりにも、
奇跡のような光景を前に、
素直な、そして心からの賞賛の言葉を、
俺たちに、かけてくれた。
その、いつもは厳しい紫色の瞳が、
今は、ほんの少しだけ、
優しく、そして温かく、和らいでいるように見えた。
俺たちは、
この山の、新しい、そして気難しい隣人たちに、
別れと、そして再会を約束する、
短い挨拶を告げると、
再び、それぞれの翼に乗り、
マグナ様と、ギドさんたちが待つ、
ベースキャンプへと、帰還した。
***
「…ほう」
俺たちの、その一部始終の報告を聞き終えた、
大地の王マグナは、
その、琥珀色の、巨大な瞳を、
満足そうに、そしてどこか、
我が子の成長を喜ぶ、父親のように、
優しく、細めた。
『…見事だ、調停者の小僧よ。
そして、薬屋の嬢ちゃんよ』
その声は、
大地そのものが、
俺たちの、その成し遂げた偉業を、
祝福するかのように、
温かく、そして力強く、響き渡った。
『おぬしたちは、理解したようじゃのう。
真の『調停』とは、
力で、ねじ伏せることではない。
相手の、その痛みを理解し、
その、心の傷を癒やし、
そして、共に、新しい道を歩むことなのじゃ』
『空の、その乱れは、確かに、鎮まった。
この山の、空の道は、今、おぬしたちによって、
確かに、開かれたというわけよ』
マグナ様の、その、あまりにも温かい、
そして、あまりにも大きな、承認の言葉。
それが、俺たちの、
この、無謀な挑戦への、
最高のご褒美だった。
『大地の道は、この、わしが開く。
そして、空の道は、おぬしたちが開いた』
『さあ、行くがよい、空の王者たちよ。
おぬしたちの、次なる、
そして、おそらくは、
もっと、もっと、厄介な、
その、仕事の時間じゃ』
マグナ様は、
そう言うと、
俺たちが、この短い時間にいなかった間に、
さらに、その、壮大な、そして美しい、
東山脈ルートの、その陸路を、
数十キロも、東へと、
その、神の御業で、切り開いていた。
その、あまりにも圧倒的な、創造の光景。
俺たちは、改めて、
この、大地の王の、
その、計り知れない力の大きさに、
畏敬の念を、抱かずにはいられなかった。
俺たちは、
マグナ様と、そして、
この地に残り、陸路開拓の監督を続ける、
ギドさんとカイ様に、
力強い、再会の約束を交わした。
「小僧!
嬢ちゃん!
次は、エルフの、あのすかした連中が、
腰を抜かすような、
とびきりの、土産話を持って帰ってこいよ!
それと、これを、持っていけ!」
ギドさんが、
憎まれ口を叩きながらも、
俺とリリアさんのために、
夜なべをして、作り上げてくれた、
新しい、そして驚くほど軽量で、
しかし、どんな環境にも耐えうる、
特殊な素材で作られた、
冒険用の、最新型のギアと、
そして、エルフたちが好むという、
珍しい、美しい鉱石を、
餞別として、手渡してくれた。
「ケンタ殿、リリア殿。
あなた方の、その勇気と、その優しさがあれば、
きっと、あの、心を閉ざした森の民の、
その、固い扉をも、開くことができるだろう。
我々は、ここで、
あなた方の、吉報を、信じて待っている」
カイ様もまた、
もはや、その瞳に、一片の疑いもなく、
俺たちに、
騎士としての、最高の敬意を込めて、
深く、深く、頭を下げてくれた。
俺たちは、
仲間たちの、その温かい想いを、
その背中に、そして翼に、確かに感じながら、
再び、大空へと、舞い上がった。
目指すは、東。
この、東山脈の、さらに、さらに奥深く。
そこに、眠るという、
古の、そして謎に満ちた、
エルフたちの、聖域、
『静寂の森』だ。
***
数日間、
俺たちは、ひたすらに、東へと飛び続けた。
眼下に広がる景色は、
これまでの、荒々しい岩山の風景とは、
全く、その様相を変えていた。
天を突くような、巨大な、
そして、見たこともないような種類の木々が、
どこまでも、どこまでも、
緑の、深い、深い絨毯のように、
大地を、覆い尽くしている。
そして、
その、森に、近づくにつれて、
世界の、その空気が、
明らかに、変わっていくのを、
俺は、肌で、感じていた。
風の音が、消えた。
鳥の声も、虫の音も、
一切の、生き物の気配が、
まるで、世界の、そのスイッチが、
突然、オフにされたかのように、
完全に、そして不気味なまでに、
消え去っていた。
そこにあるのは、
ただ、どこまでも、どこまでも続く、
絶対的な、そして神聖なまでの、
『静寂』だけだった。
空気は、
濃密な、そして清らかな魔力で満ち満ちており、
呼吸をするだけで、
魂が、その奥底から、浄化されていくような、
不思議な、そして心地よい感覚に包まれる。
「…ケンタさん。
ここが…『静寂の森』…なんですね…」
リリアさんが、
その、あまりにも神々しく、
そして、あまりにも、
人間的なるものの侵入を拒むかのような、
その、荘厳な光景に、
息を呑んで、呟いた。
「ああ…間違いない。
ここが、エルフたちの、聖域だ」
俺は、
リュウガの背中の上で、
気を、引き締めた。
(スキルウィンドウ、起動!
この森の、その先の情報を!)
俺は、スキルを使い、
森の、その奥へと続く、
安全なルートを探ろうとした。
だが。
【警告:高密度の、未知なる魔力結界を探知】
【警告:対象の構造、解析不能】
【警告:これ以上の、物理的な侵入は、極めて危険です】
俺の、その進化したはずのスキルウィンドウが、
これまで、表示したこともないような、
真っ赤な、そして絶対的な、
拒絶のメッセージを、
俺の、その脳内に、叩きつけてきた!
「なっ…!?」
俺たちが、
その、見えない壁の存在に、
戸惑い、そして驚愕している、その時だった。
俺たちの目の前の、
その、何もないはずの空間が、
ぐにゃり、と、
まるで、水面のように、歪んだ。
そして、
その、歪んだ空間の向こうから、
複数の、
長く、そして美しい、
白銀の髪を、風に靡かせ、
その、尖った耳と、
そして、森の、その木漏れ日のように、
どこまでも美しく、
しかし、氷のように冷たい、
翠色の瞳を持つ、
エルフの、戦士たちが、
音もなく、そして、
まるで、最初から、そこにいたかのように、
その姿を、現したのだ!
彼らは、
その手にした、
流線型の、美しい、
しかし、恐るべき殺傷能力を秘めているであろう、
白銀の弓を、
一斉に、俺たちへと、
そして、俺の隣にいる、リリアさんへと、
寸分の、狂いもなく、
そして、一切の、慈悲もなく、
その、鋭い、鋭い、矢尻を、
向けていた。
「…何人たりとも、
この、聖なる森を、
その、汚れた足で、踏み入れることは、
許さん」
その、リーダー格と思われる、
ひときわ、気高く、
そして、ひときわ、冷たい瞳をした、
エルフの戦士が、
静かに、
しかし、
その場の、全ての空気を、凍てつかせるほどの、
絶対的な、そして揺るぎない、
拒絶の言葉を、
俺たちに、告げた。
俺たちの、
東山脈ルート開拓の、
その、次なる、そしておそらくは、
最も、最も、困難な挑戦は、
この、
あまりにも、美しく、
そして、あまりにも、
強固な、
エルフたちの、その、心の壁を、
打ち破ることから、
始まるのかもしれない。




