第124話 大地の王の問い
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!
俺たちの目の前で、
一つの、巨大な絶壁が、
まるで、邪魔な小石でも払いのけるかのように、
いとも容易く、薙ぎ払われた。
その、地響きと衝撃波だけで、
俺たちは、立っていることすらままならない。
アースドラゴン『マグナ』。
その、永い、永い眠りからの、
最初の、ほんの気まぐれのような一歩が、
文字通り、地形そのものを変えてしまったのだ。
俺は、
その、あまりにも神々しく、
そして、あまりにも、
あまりにも、圧倒的な光景を前に、
ただ、言葉を失い、
その場に、立ち尽くしていた。
俺たちが、これから仲間として迎え入れようとしているのは、
ただの、強力なドラゴンなどではない。
それは、
この星の、その地殻そのものであり、
山脈そのものであり、
そして、大地そのものの、化身なのだ。
(とんでもない仲間が、
できちまったもんだな…)
俺の、その、あまりにも正直な心の声が、
顔に、出てしまっていたのだろうか。
目の前の、その、山脈のような巨大な顔が、
ゆっくりと、俺たちの方へと、
再び、向けられた。
『…さて、調停者の小僧よ』
マグナの、その、どこまでも深く、
そして、この星の、その全ての歴史の重みが込められた声が、
再び、俺たちの魂に、直接響き渡る。
『おぬしの、その、馬鹿げた、
しかし、どこまでも気高い夢は、気に入った。
わしが、その『道』を創る手助けをしてやろう』
『だがな』
マグナの、その琥珀色の、
マグマ溜まりのような巨大な瞳が、
すっと、細められた。
その、ほんの僅かな変化だけで、
周囲の、その空気の密度が、
何倍にも、いや、何十倍にも、
重く、そして濃密になったような、
凄まじいプレッシャーが、俺たちを襲う。
『この、わしの力を、
お前たちの、そのちっぽけな夢のために使う、
その、対価として…』
『おぬしは、このわしに、
一体、何を捧げる?』
王の、問い。
それは、金や、宝石や、
あるいは、生贄のような、
そんな、ちっぽけな、人間の欲望を満たすための問いではない。
もっと、根源的で、
そして、俺の、その魂の、
本当の価値を、見定めようとする、
絶対者の、問いだった。
カイ様が、息を呑み、
リリアさんが、心配そうに俺の顔を見つめる。
ギドさんですら、
ゴクリと、固唾を飲んでいるのが、
横にいても、手に取るように分かった。
この、一世一代の、
そして、おそらくは、
俺の人生で、最も重要な『契約交渉』。
俺は、一度、
ゆっくりと、目を閉じた。
そして、
俺が、この異世界に来てから、
その全てを賭けて築き上げてきた、
俺自身の、そして『ドラゴン便』の、
たった一つの、揺るぎない『哲学』を、
この、大地の王に、
真っ直ぐに、そして誠実に、ぶつけることに決めた。
俺は、再び、目を開けた。
そして、マグナの、その巨大な瞳を、
一人の、運び屋として、
そして、この世界の、新しい道を創ろうとする者として、
真っ直ぐに、見つめ返した。
「マグナ様」
俺の声は、不思議なほど、
穏やかで、そして冷静だった。
「俺が、あなたに捧げるもの。
それは、三つあります」
「一つは、『敬意』です」
「俺は、あなたの、その偉大なる力を、
ただの、便利な道具として、
あるいは、都合のいい労働力として、
搾取するつもりは、毛頭ありません」
「あなたが、そのお力を使うたびに、
俺たちは、
あなたが、その力を回復させるための、
最高の『燃料』…
あの、伝説の酒『山の心臓』を、
定期的に、そして感謝を込めて、
必ずや、捧げることをお約束します」
「それは、単なる『対価』じゃない。
あなたの、その偉大なる存在と、
そして、俺たちのために、その力を貸してくださることへの、
俺たちからの、最大限の、そして心からの『敬意』の証です。
俺のいた世界では、これを、
『メンテナンスと、オペレーションコストの確保』と呼びました。
共に働く、かけがえのないパートナーへの、
最も、基本的で、そして最も重要な、礼儀です」
俺の、その言葉に、
マグナの、その琥珀色の瞳が、
ほんの少しだけ、
しかし、確かに、
興味深そうに、揺らめいたように見えた。
「そして、二つ目」
俺は、言葉を続ける。
「それは、『共存共栄』の未来です」
「俺が創りたいのは、
ただ、人間だけが豊かになるための道じゃありません。
俺が目指すのは、
この星の、全ての『流れ』を、
健全に、そして円滑にすることです」
「ドワーフが、その技術で栄えれば、
彼らが守る、その美しい山々もまた、
より、豊かになるでしょう。
エルフが、その叡智で栄えれば、
彼らが愛する、その広大な森もまた、
より、生命力に満ち溢れるでしょう」
「あなたの、そのお力で、『道』を繋ぐこと。
それは、ただ、物を運ぶためだけじゃない。
それは、この星の、『血管』を、
その、滞り、そして詰まってしまった血管を、
もう一度、力強く、そして健全に、
流してやることなんです」
「あなたへの、二つ目の対価。
それは、あなた自身の、その体でもある、
この、愛すべき世界の、
その、健やかなる未来、そのものです」
『……………。』
マグナは、黙って、
俺の言葉を、聞いている。
その、琥珀色の瞳の奥深くで、
何かが、
大きな、そして温かい何かが、
ゆっくりと、動き始めているのを、
俺は、確かに、感じていた。
「そして、最後の、三つ目」
俺は、ニヤリと、
この、大地の王に対して、
少しだけ、不遜な、
しかし、心からの、親しみを込めて、笑ってみせた。
「それは、『退屈させない』という、約束です」
「マグナ様。
あなたは、きっと、
この、あまりにも長い、長すぎる時間を、
退屈、していたんじゃないですか?」
「世界が、その流れを止め、
新しいものが、何も生まれず、
ただ、同じことの、繰り返し。
そんな、停滞した世界に、
あなたほどの、偉大なる存在が、
心躍ることが、あったとは思えません」
「俺は、あなたに、
新しい世界を、見せてあげます。
人々の、そして物資の、活発な交流が、
次々と、新しい文化を、
新しい技術を、
そして、新しい、胸躍るような物語を、
生み出していく、そんな世界を」
「俺は、あなたに、
その、新しい時代の、
その、幕開けの瞬間を、
特等席で、見物させてあげることを、
お約束します」
俺の、その、
あまりにも、生意気で、
そして、あまりにも、人間的な、
その『契約条件』。
それを聞いたマグナは、
しばらくの、長い、長い沈黙の後。
再び、
あの、大地そのものが、
そして、この山脈全体が、
ゴゴゴゴゴ、と、
心地よく、そして心から楽しげに、
震えるほどの、
豪快な、そして温かい、
笑い声を、俺たちの心に、響き渡らせた。
『…ククククク…!
ハッハッハッハッ!
面白い…!
面白いではないか、調停者の小僧よ!』
『敬意、と、
世界の健康、と、
そして、退屈しのぎ、か…!』
『…気に入った!
その、奇妙で、
そして、どこまでも愉快な契約条件、
この、わしが、確かに、受け入れよう!』
やった…!
俺は、心の中で、
力強く、ガッツポーズをした!
『…だがな、ケンタよ。
ドラゴン便の、マスターよ』
マグナの声が、
再び、少しだけ、真剣な響きを帯びる。
『その、壮大な道を切り開く前に、
まず、片付けておかねばならん、
ちっぽけな、しかし、少々厄介な、
『小石』が、あるようじゃのう』
「小石…ですか?」
『うむ。
あの、ネプトゥーリアの、愚かなる者どもが、
わしの、この眠りを妨げただけでなく、
この山脈の、南の頂に棲む、
気性の荒い、『空裂きワイバーン』の、
その巣をも、荒らしてしまったらしい』
『そのせいで、奴らは今、
怒り狂い、
手当たり次第に暴れ回って、
大規模な、危険な土砂崩れを、
あちこちで、引き起こしておる。
この、山の、その力の均衡を、
僅かだが、確かに、乱しておるわ』
『わしが、直接、
あの、うるさいだけの小鳥どもを、
黙らせることも、造作もないことじゃが、
それをすれば、
おそらく、南の山が、一つ、二つ、
完全に、吹き飛ぶことになるじゃろう。
それは、ちと、やりすぎじゃからのう』
「では、俺たちに、
そのワイバーンたちを、
鎮めてこい、と?」
『いかにも』
マグナの、その琥珀色の瞳が、
キラリと、まるで、
俺たちの、その力を、試すかのように、輝いた。
『空のことは、空の王者に任せるのが、
一番の、筋というものじゃろう。
おぬしらの、その『繋がり』を、
ただ、物を運ぶためだけではなく、
この、世界の『調和』を取り戻すためにも、
使ってみせるがいい』
『それが、
この、わしからの、
おぬしたちへの、
最初の、そしてささやかな、
『仕事の依頼』じゃ』
俺は、
その、あまりにも壮大で、
そして、あまりにも、
俺たちの、その誇りをくすぐるような、
その依頼に、
ニヤリと、
最高の、そして自信に満ちた笑みを浮かべて、
応えた。
「承知いたしました、マグナ様」
「その依頼、
我々、『ドラゴン便』が、
最高の、そして最速の仕事で、
確かに、お受けいたします」
俺は、仲間たちと、
そして、空で、俺たちの帰りを待つ、
リュウガと、ウィンドランナーたちへと、
視線を送った。
みんな、
俺の、その決意を、
そして、これから始まる、
新しい、胸躍る冒険の始まりを、
確かに、理解してくれているようだった。
その瞳には、
もう、何の不安も、そして何の迷いもなかった。
大地の王との、その固い、固い契約。
そして、
その王からの、最初の、そして重要なミッション。
俺たちの、東山脈ルート開拓の、
その、本当の、そして最初の第一歩が、
今、まさに、
力強く、そして確かに、踏み出されようとしていた。




