第118話 大地の揺りかごと、ドワーフの秘策
「フン、小僧。
ようやく、そこに気づいたか」
俺の、その核心を突いた問いかけに、
ギドさんは、
ニヤリと、まるで、
長年仕込んできた最高の酒が、
ついに飲み頃を迎えたことを知った、
熟練の杜氏のような、
自信に満ちた、そしてどこか楽しげな笑みを浮かべた。
「いいだろう、教えてやる。
あの、大地の頑固者を、
その、何百年もの、気の遠くなるような永い眠りから叩き起こす、
とっておきの、ドワーフの秘策をな」
ギドさんの、その勿体ぶった、
しかし、俺たちの心を鷲掴みにして離さない言葉に、
作戦司令室にいた、俺たち全員が、
ゴクリと、固唾を飲んだ。
「あの、大地の王…
俺たちは、敬意と、ほんの少しの畏れを込めて、
『マグナ』と呼んでおるがな」
「その、マグナの旦那は、
とにかく、途方もない食いしん坊で、
そして何よりも、途方もない大酒飲みでな。
並大抵の、人間の作る酒なんぞでは、
その鼻を、ピクリとも動かすことはできんわい」
「奴を目覚めさせるには、
ただ大声で叫んだり、
あるいは、その体を揺さぶったりしても無駄だ。
それどころか、下手に機嫌を損ねれば、
山脈ごと、俺たちを踏み潰しかねん」
「奴を、その心地よい眠りの揺りかごから、
ご機嫌さんで目覚めさせるためには、
たった一つ、
奴が、この世の何よりも愛し、
そして、決して抗うことのできない、
究極の『もてなし』を、捧げる必要がある」
「それこそが…」
ギドさんは、そこで一度、
勿体ぶるように、じらすように言葉を切り、
そして、最高に誇らしげな顔で、こう続けた。
「ドワーフの一族に、
それも、わしらアイアンハンドの一族にのみ、
その製法が、一子相伝で伝えられてきたという、
伝説の、そして究極の目覚まし酒…
その名も、『山の心臓』だ」
山の心臓…。
なんて、壮大で、
そしてドワーフらしい、無骨な名前なんだ。
「その酒はな、
あまりにも強力で、そしてあまりにも芳醇なため、
完成したそれを、大地の裂け目に注ぎ込めば、
その、神々しいまでの香りが、
分厚い岩盤を、まるで呼吸するように通り抜け、
地底の、その最も深い場所で眠る、
マグナの旦那の、その鼻先を、
優しく、しかし確実に、くすぐるというわけよ」
ギドさんの、そのどこか楽しげな説明に、
俺たちの顔にも、
少しだけ、笑みがこぼれた。
なんだか、これから始まるのが、
危険な冒険というより、
世界一の酒飲みを起こすための、
壮大なドッキリ企画のように思えてきたからだ。
「ですが、ギドさん」
リリアさんが、
期待と、そしてほんの少しの不安が入り混じった表情で、
慎重に、しかしはっきりと尋ねた。
「その、伝説のお酒を造るためには、
きっと、特別な材料が必要になるのでは…?」
リリアさんの、その的確な質問に、
ギドさんは、満足そうに、
そして、待ってましたとばかりに、大きく頷いた。
「その通りだ、薬屋の嬢ちゃん。
さすがは、目の付け所が違うわい」
「『山の心臓』を造るためには、
三つの、どれ一つとして欠かすことのできない、
伝説級の、そして入手が極めて困難な、
特別な材料が必要になる」
ギドさんは、作戦司令室のテーブルの上に、
一枚の、古びた羊皮紙を広げると、
そこに、力強い、そしてどこか美しい、
ドワーフ特有の文字で、
三つの材料の名を、書き出し始めた。
一つ。
『太陽石のマグマ』。
この東山脈に連なる、
半ば活動を休止した古い火山の、
その火口の奥深くでのみ採取できるという、
太陽のエネルギーをその内に凝縮させた、
燃えるように、そして黄金色に輝く、
粘性の高いマグマ。
その熱を、少しでも失わないうちに、
そして、決して冷ますことなく、
運んでくる必要がある。
二つ。
『水晶清水』。
山脈の中腹にある、
巨大な水晶の鉱脈の中を、
何千年もの、気の遠くなるような時間をかけて流れ、
そして濾過され続けた、
この世で最も、そしてどこまでも純粋な湧き水。
他の、どんな僅かな不純物も、
その水に混ざることは、決して許されない。
道中は、光を嫌う、凶暴な洞窟の魔獣たちの巣窟と
なっているらしい。
そして、三つ。
『煌めき苔の酵母』。
この東山脈の、
それこそ、雲よりも高く、
そして最も、人間が足を踏み入れることを許さないような、
険しい、万年雪に覆われた頂にのみ、
自生するという、特殊な苔。
その苔は、月の光を浴びて、
まるで、夜空に散らばる星々のように、
淡く、そして美しく煌めくという。
その、苔からしか採れない、
特別な酵母菌こそが、
『山の心臓』に、
その、神々しいまでの命を吹き込むのだ。
「…なんだか、どれもこれも、
普通に手に入れるのは、
ほとんど不可能そうなものばかりですね…」
リリアさんの、その正直な感想に、
俺も、心の中で、大きく頷いていた。
これは、もはや、ただの材料集めじゃない。
それぞれが、一つの、独立した、
そして極めて難易度の高いクエストだ。
だが、俺の心は、
不思議なことに、
絶望するどころか、
むしろ、燃え盛るギドさんの工房の炉のように、
熱く、そして激しく、燃え上がっていた。
(面白い…!
最高じゃないか…!)
(これは、俺たち『ドラゴン便』の、
その総合力が、そして仲間たちとの絆が、
本当の意味で試される、最高の挑戦だ!)
俺は、スキルウィンドウを起動し、
ギドさんが示してくれた、三つの材料の採取場所と、
そこへ至るルート、そして、
それぞれのミッションに潜むリスクを、
瞬時に、そして精密に、分析し始めた。
「よし、決まりだな」
俺は、仲間たちの顔を、
リーダーとして、
そして、この、最高にエキサイティングな冒険の
総責任者として、見渡した。
「この、無謀で、
そして最高に胸が躍る材料集めは、
俺たち、三つのチームに分かれて、
同時に、そして電光石火の如く、実行する!」
「まず、最も危険で、そして熱い任務、
『太陽石のマグマ』の採取は…」
「ギドさん!
そして、カイ様!
あなた方、お二人にお願いしたい!」
「ギドさんの、そのマグマを扱う専門知識と、
そして、カイ様の、
炎の魔獣をも切り裂く、その無敵の剣技。
この二人以上の、適任者はいないはずです。
運搬には、ウィンドランナーの中でも、
特に力と持久力に優れた、ゲイルをつけます。
ギドさん特製の、超耐熱コンテナを、
彼なら、きっと安全に運んでくれるはずです」
俺の言葉に、
ギドさんとカイ様は、
互いの顔を、一瞬だけ見合わせ、
そして、ニヤリと、
戦士としての、最高の笑みを浮かべて頷き合った。
「次に、最も繊細で、
そして純粋さが求められる任務、
『水晶清水』の採取は…」
「リリアさん!
あなたと、そして、あなたの最高の相棒である、
シルフィにお願いしたい!」
「あなたの、薬草師としての、
その僅かな不純物も見逃さない、鋭い目と、
そして、どんな魔獣の心をも和ませる、
その優しい心があれば、
きっと、この世で最も清らかな水を、
持ち帰ることができるはずです。
ピクシー・ドレイクたちも、
斥候として、あなた方を全力でサポートしてくれるでしょう」
俺の言葉に、
リリアさんは、
一瞬、その大きな瞳に不安の色を浮かべたが、
すぐに、
「はいっ!
ケンタさん!
私、やります!
必ず、最高の水を持ち帰ってみせます!」
と、その小さな胸を、誇らしげに張った。
その隣で、シルフィとレインが、
「任せて!」とでも言うように、
「ピャウ!」「ピィ!」と、元気に鳴いている。
「そして、最後の、
最も高く、そして最も困難な任務、
『煌めき苔の酵母』の採取は…」
「俺と、リュウガで行く」
俺は、静かに、しかし、
決して揺らぐことのない決意を込めて、そう宣言した。
「夜間の、高高度飛行。
そして、複雑な、予測不能な気流が渦巻く、
極寒の山頂での、精密な作業。
それは、俺と、リュウガの、
そして、ギドさんが作ってくれた、
この、最高の『ドラゴンギア Lv.3』の、
その真価が、最も問われる任務になるだろう」
俺の言葉に、
仲間たちは、
それぞれの、熱い、そして信頼に満ちた眼差しで、
力強く、そして深く、頷いてくれた。
俺たちの、
アースドラゴン『マグナ』を目覚めさせるための、
壮大で、そして無謀な、
しかし、最高に胸躍る作戦が、
今、まさに、始まろうとしていた。
三つのチームが、
それぞれの、異なる困難なミッションに、
同時に、挑む。
それは、俺たち『ドラゴン便』の、
その総合力と、そして何よりも、
仲間たちとの、その揺るぎない絆が試される、
本当の意味での、最初の大きな試練だった。
俺は、リュウガの背に跨り、
仲間たちと、力強く、拳を突き合わせた。
「よし、みんな、行くぞ!」
「それぞれの場所で、
それぞれの、最高の仕事をしてこようぜ!」
「「「おう!!!」」」
「はいっ!」
俺たちの、力強い声が、
リンドブルムの、
どこまでも青く、そして高く澄み渡った空に、
吸い込まれていった。




