第116話 凱旋、そして新たなる時代の幕開け
あの、世界の運命を賭けた死闘から、数日が過ぎた。
俺たちが乗る『さざなみ号』は、
アクアティアの、どこまでも蒼く、そして穏やかな海を、
まるで、勝利のパレードのように、
ゆっくりと、しかし誇らしげに進んでいた。
俺の隣では、
アリア様が、その美しい素顔のまま、
仮面を外した、穏やかな表情で、
故郷の、優しい潮風を浴びている。
その瞳には、もう、
領主としての重圧や、悲しみの色はない。
あるのは、解放された喜びと、
そして、俺たち仲間への、
温かい、絶対的な信頼の光だけだった。
船の上空では、
リュウガと、勇敢なウィンドランナーたちが、
見事な、そして力強い編隊飛行を組んで、
俺たちの船を、優雅に、そして頼もしく護衛してくれている。
『深淵の水晶』の、その清らかなエネルギーを浴びて覚醒したリュウガは、
その瑠璃色の鱗を、
まるで、夜空の全ての星々をその身に宿したかのように、
神々しいまでに、キラキラと輝かせていた。
その姿は、もはや、ただのドラゴンではない。
空の、絶対的な王者としての、
圧倒的な風格と、気高さを漂わせていた。
俺たちの、長く、そしてあまりにも過酷だった冒険は、
今、確かに、終わりを告げたのだ。
そして、俺たちは、
英雄として、
それぞれの、愛する故郷へと、
凱旋しようとしていた。
***
リンドブルムのドラゴンステーションは、
その日、建国以来の、
いや、歴史が始まって以来の、
熱狂と、歓喜の渦に包まれていた。
俺たちが、アクアティア公国を救い、
そして、世界の危機を救ったという知らせは、
ウィンドランナーたちの翼に乗って、
瞬く間に、リンドブルム中に広まっていたのだ。
「ケンタさん!
リリアさん!
ギドの旦那!
お帰りなさい!」
「よくぞ…!
よくぞ、ご無事で…!」
「あんたたちは、このリンドブルムの、
いや、この世界の英雄だ!」
ステーションの中央広場には、
俺たちの帰還を、その一目で見ようと、
リンドブルムの、全ての民が集まったのではないかと思うほどの、
おびただしい数の人々が、
その笑顔と、そして涙で、俺たちを迎えてくれた。
領主であるアルフォンス侯爵、
リリアさんの、心配でたまらなかったであろうご両親、
バルガスさんの牧場の親父さん、
そして、これまで俺たちが荷物を届けた、
全ての、かけがえのない依頼主たちの顔、顔、顔…。
その、一人一人の、
心からの感謝と、祝福の言葉が、
俺の胸に、熱く、そしてどこまでも温かく、染み渡っていく。
(ああ、そうか…)
(俺が、本当に届けたかったものは、
ただの荷物じゃなかったんだ…)
(この、人々の笑顔や、
この、温かい繋がりこそが、
俺が、この世界で、
本当に、本当に届けたかったものなんだ…)
俺は、込み上げてくる熱いものを、
必死で、必死で、堪えた。
社畜だった俺が、
こんなにも、たくさんの人々に、
「ありがとう」と言ってもらえる日が来るなんて。
こんなにも、自分の仕事に、
誇りを持てる日が来るなんて。
夢にも、思っていなかった。
その夜、
アルフォンス侯爵の館では、
俺たちの凱旋と、
そして、リンドブルムとの正式な同盟締結のために
この街を訪れてくれた、アリア様とその一行を歓迎するための、
盛大な、そして心温まる祝賀会が開かれた。
「ここに、我がリンドブルムと、
アリア・ルミナ・アクアティア様が治める、
誇り高きアクアティア公国との間に、
永遠の、そして揺るぎない同盟が結ばれたことを、
高らかに、宣言する!」
アルフォンス侯爵の、その力強い言葉に、
広間は、割れんばかりの拍手と、
そして歓声に包まれた。
二つの、これまで決して交わることのなかった国が、
俺たち『ドラゴン便』という翼を通じて、
今、確かに、一つになったのだ。
俺は、アリア様や、仲間たちと共に、
その、歴史的な瞬間に立ち会えることへの、
計り知れないほどの喜びと、
そして、これから始まるであろう、
新たな時代への、大きな責任を、
改めて、その胸に、深く、深く刻み込んでいた。
***
数日後。
祝賀の喧騒も少し落ち着き、
ドラゴンステーションが、
再び、その日常の活気を取り戻し始めた頃。
俺は、ギドさんの工房へと、
大きな期待を胸に、足を運んでいた。
工房の中は、
いつにも増して、炉の熱気と、
そして、ギドさんの、
職人としての、熱い情熱で満ち溢れている。
彼の目の前には、
俺たちが、あの賢者の島で、
命懸けで手に入れた『深淵の水晶』の、
その清らかで、神聖な輝きを放つかけらが、
静かに、しかし、とてつもない魔力を放ちながら置かれていた。
「…できたぞ、小僧」
ギドさんが、
工房の奥から、
まるで、生まれたばかりの我が子を披露するかのように、
誇らしげに、そして少しだけ照れくさそうに、
二つの、究極の『作品』を、
俺の前に、姿を現した。
一つは、リュウガのための、
真の、そして究極の翼。
『ドラゴンギア Lv.3 “アビス”』。
それは、もはや、ただの鞍やハーネスではなかった。
リュウガの、覚醒したその力と、
そして、俺の意志とを、
完璧に、そして寸分の狂いもなく同調させるための、
まさに、空の王者のための、神聖なまでの戦闘装束。
『深淵の水晶』のかけらを練り込んだ
アダマンタイト合金のフレームは、
驚くほど軽量でありながら、
どんな衝撃にも、どんな魔力にも耐えうる、
絶対的な強度を誇っている。
その流線型の、どこまでも美しいフォルムは、
リュウガの、その神々しいまでの巨体と一体化した時、
おそらくは、音速すらも超える、
未知なる領域の飛行を、可能にするだろう。
そして、もう一つは。
俺が、そしてリリアさんが、
ずっと、ずっと夢見ていた、
究極の、そして魔法の箱。
『コールドボックス・マークIV “ゼロ・フィールド”』。
『深淵の水晶』の、その無限の冷却能力を、
ギドさんの、ドワーフとしての全ての技術の粋を集めて
完全に制御することに成功した、
まさに、奇跡の輸送コンテナだ。
箱の内部は、
ほぼ絶対零度にまで冷却可能であり、
どんなデリケートな食材も、
どんな揮発性の高い薬品も、
その品質を、一瞬たりとも損なうことなく、
アースガルド大陸の、
それこそ、地の果て、海の果てまで、
完璧な状態で届けることができる。
それは、もはや、単なる輸送の革命ではない。
この世界の、食文化、医療、
そして、科学技術そのものを、
根底から、そして永遠に覆すほどの、
とてつもない可能性を秘めていた。
「ギドさん…!
すごい…!
すごすぎる…!」
俺は、言葉を失い、
ただ、目の前の、二つの、
あまりにも完璧で、
そしてあまりにも美しい『作品』を、
呆然と、見つめることしかできなかった。
「フン、当たり前だ。
最高の素材と、
そして、この世界一の鍛冶師である、
わしの腕にかかれば、
これくらいのものは、造作もないわい」
ギドさんは、得意満面に、
そのたくましい胸を張った。
その顔は、これまで見たこともないほど、
誇らしげで、そして満足げだった。
そして、俺自身にも、
大きな変化が訪れていた。
『深淵の水晶』の、その核に触れ、
世界の『調停』を行ったことで、
俺の『異世界物流システム』のスキルもまた、
静かに、しかし確実に、
その真の姿へと、覚醒を遂げていたのだ。
【スキルレベルが3に上がりました】
もはや、それは、
単なるマップ機能や、情報分析ツールではない。
大陸全体の、魔力の流れ、
経済の動き、人々の想いの流れまでを、
まるで、生きている血管のように、
リアルタイムで、そして立体的に可視化する、
まさに、『世界調停システム』とでも呼ぶべき、
神の視点に近いものへと、進化していた。
俺は、その、あまりにも広大で、
そしてあまりにも詳細な、
新しい世界地図を、
事務所の、大きな窓から、
眼下に広がる、活気に満ちたドラゴンステーションの
光景と重ね合わせながら、
静かに、しかし、
これまでにないほど、力強い決意を、
その胸に、新たにしていた。
アクアティアとの『南西航路』は、確かに開かれた。
だが、この大陸には、
まだ、俺たちの翼が届かない場所が、
そして、俺たちの助けを待っている人々が、
たくさん、たくさんいる。
俺は、進化したスキルが示す、
大陸地図の、ある一点を、
強く、そして確かな意志を持って、指差した。
そこは、険しい山々に閉ざされた、
東の、未踏の領域。
ドワーフの国や、エルフの森が、
いまだ、古の姿のまま、眠っているという場所だ。
「みんな、集まってくれ」
俺は、仲間たちを、
新しくなった、作戦司令室へと呼び集めた。
その顔には、もう、
何の迷いも、そして何の不安もない。
あるのは、ただ、
この、最高の仲間たちと共に、
新たな、そしてどこまでも広がる未来へと、
羽ばたいていくことへの、
抑えきれないほどの、期待と興奮だけだった。
「俺たちの、次の目的地が決まった」
「目指すは、東だ」
「この、新しい翼で、
俺たちは、
大陸の、全ての道を、
そして、全ての人々の想いを、
繋いでみせる!」




