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第105話 約束の地へ ~アクアティアの本当の夜明け~

ケンタ率いる、空飛ぶ運び屋『ドラゴン便』と、

俺たち、追い詰められた小国アクアティア公国との間に、

歴史的な、そして運命的な同盟が結ばれた、その瞬間。


それは、

絶望という名の、深く暗い海の底に沈みかけていた

俺たちにとって、

まさに、天から差し伸べられた、

力強く、温かく、そして何よりも眩しい、

一筋の、奇跡の光明だった。


「…では、アリア様。

まずは、この危険な、そして長居は無用な海域から、

安全な場所へと移動しましょう。

あなた方の、その勇気ある船『さざなみ号』を、

我々の翼で、全力で守りながら」

ケンタ殿は、そう言うと、

相棒のリュウガと、

そして、いつの間にか俺たちの周囲を旋回していた

俊敏なウィンドランナーたちに、

まるで長年、大艦隊を率いてきた熟練の提督のように、

冷静に、そして的確な指示を与え始めた。

その姿には、不思議なほどの説得力と、

そして安心感があった。


リュウガが、その山のような巨体で、

俺たちの小さな船『さざなみ号』の風上に立ち、

まるで天然の、しかし絶対に砕けない防波堤となって、

未だに荒れ狂う高い波から、

その脆い船体を、優しく、しかし力強く守る。

ウィンドランナーたちは、

船の周囲を、まるで主君を守る忠実な守護騎士のように

完璧な編隊を組んで旋回し、

ネプトゥーリアの、卑劣な追っ手や、

あるいは、新たな海棲魔獣の出現に備えて、

その鋭い目で、四方八方を、

寸分の隙もなく警戒してくれている。

その統率の取れた、そして息をのむほど美しい編隊飛行は、

もはや、芸術の域に達していた。

あれが、ケンタ殿が育て上げた、『ドラゴン便』の力なのか…。


俺たちは、

生まれて初めて間近で見る、

人間とドラゴンたちとの、

そのあまりにも見事な共同作業に、

ただただ、息を呑んで、

畏敬の念を込めて見入るばかりだった。


やがて、ケンタ殿は、

リュウガの背中から、

ひらりと、まるで風に乗るかのように軽やかに

『さざなみ号』の、少し傾いた甲板へと舞い降りてきた。

その、無駄のない、そして洗練された身のこなしは、

彼が、ただの人の良い運び屋などではないことを、

雄弁に物語っていた。


「アリア様、フィンレイ様。

今後のことについて、

少し、詳しくお話を伺わせていただいてもよろしいでしょうか。

我々が求める『深淵の水晶』と、

あなた方が守ろうとしている『海神の涙』。

そして、その大いなる力が眠るという、

古代遺跡の正確な場所について…」

ケンタ殿は、

俺たちに向き直り、

その真剣な、しかしどこまでも穏やかな表情で、

静かに言った。


私と、長年アクアティアに仕えてきた宰相補佐のフィンレイ様は、

一度、固く、そして覚悟を決めて顔を見合わせた。

そして、これまでの、

アクアティア公爵家にのみ、

代々、血と共に秘密裏に伝えられてきた、

古代の、そしてあまりにも重い遺物にまつわる、

全ての真実を、

ケンタ殿と、そして彼の仲間たち――

心優しき薬師のリリアさん、

そして、頑固だが腕は確かなドワーフのギドさんに、

包み隠さず、正直に語り始めた。


私たちが、あの運命の『海神祭』の夜に、

必死の思いで解き明かした、

古文書に隠された、本当の謎。

星図が示す、真の、約束の場所。

そして、その力が、

単なる兵器ではなく、

この星の、この海の、

全ての生命の循環そのものを、

静かに、そして優しく司る、

巨大な、そして神聖な調停装置である可能性…。


俺たちの話を、

ケンタ殿と、リリアさん、そしてギドさんは、

驚きと、そして強い興味の表情で、

黙って、しかし何よりも真剣に聞いてくれた。

その瞳には、俺たちへの、

そして俺たちの国の運命への、

深い共感の色が浮かんでいた。


「…なるほど。

やはり、俺たちが探していた『深淵の水晶』は、

あなた方の『海神の涙』と、

同じものか、あるいはその一部と考えるのが自然ですね。

そして、その力は、使い方を、

いや、その力を求める者の心を一歩間違えれば、

この世界そのものを破滅させかねない、

あまりにも強大で、そしてあまりにもデリケートなものだと…」

ケンタ殿は、腕を組み、

深く、深く、何かを確かめるように考え込んでいる。


「だが、同時に、その力を、

それを扱う者の心が正しくあるならば、

この世界を、もっと豊かに、

もっと平和にすることができる、

無限の、そして素晴らしい可能性を秘めている、ということでもある。

俺の『異世界物流システム』も、

もしかしたら、その偉大なる力の一部なのかもしれない…」

彼は、誰に言うでもなく、

しかし、何かを確信したように、そう呟いた。


「…ケンタ殿」

それまで黙ってケンタ殿の話を聞いていた

フィンレイ様が、

その老練な瞳を輝かせ、重々しく口を開いた。

「では、我々が、そしてあなた方が、

共に目指すべき場所は、ただ一つ。

その、古文書が、そして星図が示す、

真の『賢者の隠れ島』。

そして、そこに眠る、古代の遺跡ですな。

ネプトゥーリアの連中も、

おそらくは不完全な、そして歪んだ情報ながら、

その島の存在を嗅ぎつけているはず。

奴らよりも先に、我々がたどり着き、

そして、その大いなる力を、

悪しき者の手から、正しく保護しなければならない。

それこそが、我らに課せられた使命です」


「ええ、その通りです、フィンレイ様。

問題は、どうやって、

ネプトゥーリアの監視網を掻い潜り、

その、まだ見ぬ島へとたどり着くか、ですが…」

俺は、再び、マードック氏から譲り受けた

アースガルド大陸の、広大で精密な海図を広げた。

そこには、無数の航路が描かれているが、

『賢者の隠れ島』へ続く道は、どこにもない。


その時だった。

俺たちの船『さざなみ号』の船長である、

あの、どこまでも胡散臭いが、

しかし、どこか頼りになる吟遊詩人、リオさんが、

ニヤリと、まるで全てお見通しだとでも言うように、

悪戯っぽく笑って言った。


「なあに、ケンタの旦那。

それに、アクアティアの姫君。

それなら、何の心配もいらねえよ。

この、アースガルドの海の航路なら、

あの、図体ばかりがデカいネプトゥーリアの海軍よりも、

この俺たち、『語り部』の一族の方が、

よっぽど、よっぽど詳しいんでね。

奴らが、逆立ちしたって知らないような、

古の、秘密の航路があるのさ。

それに、この『さざなみ号』も、

見た目はこんなオンボロ船だが、

いざとなれば、結構速いんだぜ?

あの、気難しいドワーフの旦那ギドさんのことだが、

俺の頼みで、こっそり、

そしてとんでもないお宝と引き換えに、

特別製の、魔力で動くエンジンを積んでくれたからな!」

リオさんは、そう言って、

得意げに、そして悪戯っぽくウインクしてみせた。


こうして、

俺たち、絶体絶命のアクアティア公国の一行と、

ケンタ殿率いる、奇跡の翼『ドラゴン便』、

そして、リオさん率いる、謎多き『語り部』の一族による、

奇妙で、しかし、おそらくは

この世界のどこを探しても見つからないであろう、

最強の、そして最も希望に満ちた合同船団が、

この、嵐の過ぎ去った大海原の上で、

今、正式に結成されたのだ!


俺たちの船は、

リオさんが知るという、

古の、そして秘密の航路を通り、

ネプトゥーリアの執拗な監視網を、

まるで、海に溶ける幻のように、

巧みに、そして鮮やかに掻い潜りながら、

星図が示す、南の、

まだ誰も見たことのない、

そして地図にも載っていない、未知の海域へと、

その小さな、しかし力強い船首を向けた。


リュウガと、勇敢なウィンドランナーたちは、

俺たちの船を守るように、

そして、これから始まる本当の冒険への

抑えきれない期待に胸を膨らませるように、

大空を、力強く、そしてどこまでも楽しげに舞っている。

ピクシー・ドレイクたちも、

マストの一番てっぺんで、

キラキラと黄金色に輝く海面を、

キャッキャと嬉しそうに眺めていた。


船の上では、

リリアさんが、海魔との戦いで傷ついた

ウィンドランナーたちの翼を、

その優しい手で、そして治癒の魔法で、

献身的に手当てをしたり、

ギドさんが、リオさんの、気のいい船員たちと、

ドワーフ秘蔵の、喉が焼けるような強い酒を酌み交わしながら、

陽気に、そして少しだけ音痴な、

ドワーフの古い、勇ましい歌を歌ったりと、

これまでの、息が詰まるような緊張が、

まるで嘘のような、

穏やかで、そして心から温かい時間が流れていた。


私は、甲板の、少しだけ高い場所で、

ケンタ殿と、ただ二人きりで、

夜空に、まるで宝石を散りばめたように輝く、

南の空の、美しい十字星を見上げていた。

その星は、まるで、

俺たちの進むべき、そして目指すべき場所を、

静かに、しかし力強く示しているかのようだった。

ひんやりとした夜の潮風が、

私の髪を、そして彼の黒髪を、優しく撫でていく。


「…ケンタ殿」

私は、そっと、彼に尋ねた。

「あなたは、なぜ、

私たちを、助けてくださったのですか…?

何の義理も、何の得もないはずの、

見ず知らずの、異国の者である私たちを、

なぜ、命を懸けてまで…」


ケンタ殿は、

私のその問いかけに、

少しだけ照れたように、

しかし、その真っ直ぐで、

どこまでも澄んだ瞳で、

私を、そして、私たちがこれから向かう

アクアティアの、未来の海を、

力強く見つめながら、

静かに、しかし、

その言葉の一つ一つを、私の心に刻み込むように、

確かに、答えてくれた。


「…困っている人がいたら、助ける。

それに、理由なんて、本当は必要ないのかもしれませんね。

それに、アリア様。

あなたの、あの時の瞳…

たった一人で、国を、そして民を、

その全てを守ろうとする、

その気高い、そして決して、

絶対に屈しないという、あなたのその瞳を見て、

俺は、どうしても、放っておけなくなったんです。

それに…俺の夢も、

もしかしたら、あなたと同じなのかもしれない。

ただ物を運ぶだけじゃない。

人々の想いを繋ぎ、

そして、この世界を、

この、俺が迷い込んだ、

でも、今は愛おしいと思えるこの世界を、

ほんの少しでも、良い場所にしたい。

そのために、俺の、そして俺たちの翼があるんだと、

そう、心の底から信じたいんです」


彼の、そのあまりにも真っ直ぐで、

そして温かく、

そして、あまりにも眩しい言葉に、

私の胸は、

キュンと、甘く、そして少しだけ切なく締め付けられた。

仮面の下で、私の頬が、

きっと、夕焼けよりも、

そしてどんなルビーよりも真っ赤に染まっているのが、

自分でも、はっきりと分かった。

心臓が、ドキドキと、

嬉しそうに、そして少しだけ恥ずかしそうに、

高鳴っている。


この人となら、

この、竜の翼を持つ、不思議な運び屋さんと、

そして、その温かい仲間たちと一緒なら、

きっと、どんな困難も乗り越えられる。

そして、この国の、

本当の、本当に輝かしい夜明けを、

この目で見ることができるかもしれない。


私は、そう、心の底から、強く、強く信じることができた。

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