第101話 アクアティアの闇と、海上の巨大なエネルギー
アクアティア公国の港町で、
俺たちは、この国を覆う、
重く、そして息苦しいほどの闇の気配を、
まるで鉛の外套のように、その肌で感じていた。
海洋大国ネプトゥーリアの、
あまりにも横暴で、理不尽な圧政。
そして、その巨大な脅威に、
たった一人で、か細い肩で立ち向かおうとしている、
若く、そして気高い領主、アリア様。
酒場で聞いた、彼女の噂。
民のために気丈に振る舞いながらも、
その仮面の下では、
どれほどの孤独と絶望を抱えているのだろうか。
俺の脳裏に、まだ見ぬその領主の姿が、
なぜか、鮮明に焼き付いて離れない。
「…ケンタさん、
あのアリア様という方、
本当に、この国の領主様なんですね…。
あんなに、お若いのに…
たった一人で、国を背負っているなんて…」
夜、俺たちが身を寄せている簡素な宿の一室で、
リリアさんが、心配そうに、
そしてどこか、同じ女性として、
深い尊敬の念を込めて呟いた。
その声は、小さく震えていた。
「ああ…。
あの小さな肩に、
この国全ての運命がのしかかっているんだ。
そう思うと、俺は…」
俺は、言葉を詰まらせた。
ただ『深淵の水晶』を手に入れるという、
自分たちの目的のためだけに、
この国を、この苦しんでいる人々を、
そして、まだ見ぬその気高い領主を、
このまま見過ごすことなど、
俺には到底、できそうになかった。
社畜だった頃の、何もできなかった自分とは、もう違うのだから。
「フン、ネプトゥーリアのやり方は、
気に食わんにもほどがあるわい。
力に任せて、弱き者を虐げ、その富を奪うなど、
ドワーフの誇りが、このわしの魂が、許さん」
ギドさんも、苦々しい表情で、
愛用の金槌の柄を、ギリリと音を立てて握りしめている。
彼もまた、この国の現状に、
他人事ではない、強い憤りを感じているのだろう。
その瞳の奥には、静かだが、
しかし確かな闘志の炎が燃えていた。
俺たちは、まず、
当初の目的通り、『深淵の水晶』が眠るという
古代遺跡の情報を集めることに集中した。
だが、酒場の店主や、
リリアさんが集めた情報通り、
遺跡周辺の海域は、
ネプトゥーリアの、あの禍々しい黒い軍艦によって
厳重に封鎖されており、
近づくことすら困難な状況だった。
空からの偵察を試みたウィンドランナーたちも、
強力な魔力探知の結界が張られているのか、
一定以上近づくことができなかったという。
「どうする、小僧。
このままでは、手も足も出せんぞ。
ネプトゥーリアの監視網を掻い潜って、
海に沈んだ遺跡に潜るなど、
無謀にもほどがある。
下手をすれば、リュウガやウィンドランナーたちまで
危険に晒すことになる」
ギドさんが、腕を組み、重々しく唸る。
その言葉は、厳しい現実を俺たちに突きつけていた。
その時だった。
【ピピピッ! ピピピッ! 警告!
南東の海上にて、
大規模な魔力反応を複数探知!
うち一つは、極めて高レベルの、
これまでに観測されたことのない、
未知なる神聖エネルギー反応です!】
俺の脳内に、
『異世界物流システム』からの、
これまで聞いたこともないような、
けたたましい、そして切迫した警告音が響き渡った!
「な、なんだ!?
南東の海上…?
遺跡があると言われている岬の方向とは、
少し違うが…
このエネルギー反応は、一体…!」
俺は、スキルウィンドウのマップ機能を
瞬時に起動する。
そこには、アクアティアの沖合、
少し離れた、何もないはずの海域で、
複数の船と思われる光点と、
そして、その中心で、
まるで天と地を繋ぐ柱のように、
あるいは、空に新たな太陽が生まれたかのように、
巨大な、青白いエネルギーの奔流が、
確かに、そして力強く表示されていた!
そのエネルギーは、破壊的なものではなく、
むしろ、何かを守ろうとするような、
祈りのような、神聖な性質を帯びているように感じられた。
「ケンタさん、どうしたんですか!?
顔が真っ青ですよ!」
リリアさんが、俺のただならぬ様子に気づき、
心配そうに、そして不安そうに声をかけてくる。
「分からない…!
だが、海の上で、何かとんでもない、
常識を超えたことが起ころうとしているのは確かだ!
あの船の光点…
一つは、ネプトゥーリアの軍艦に違いない!
そして、それに追われている、小さな船がいる…!
もしかしたら、ネプトゥーリアの奴らが、
何かを、誰かを、追い詰めているのかもしれない!」
俺の心に、強烈な、そして確信に近い嫌な予感がよぎる。
あの小さな船に乗っているのは…
まさか、あのアリア様では…!?
「リュウガ! ウィンドランナーたち!
緊急出動だ!
理由を説明している暇はない!
急いで現場へ向かうぞ!」
俺は、仲間たちに、
魂の底から叫んでいた!
理由は、まだ分からない。
だが、行かなければならない。
行かなければ、きっと、
取り返しのつかないことになる。
俺の、社畜時代に培われた、
理不尽なまでの危機察知能力が、
そう強く、強く、告げていた!
俺たちは、人目を忍んで入り江へと急ぎ、
リュウガと、精鋭のウィンドランナーたちの背に跨ると、
スキルウィンドウが示す、
巨大なエネルギー反応のポイントへと、
これまでのどの飛行よりも速く、
全速力で、一直線に向かった!
そこには、
俺たちの想像を、
そしてこの世界の常識を遥かに絶する光景が、
そして、俺たちの運命を、
いや、この世界の運命すらも大きく変えることになる、
劇的な出会いが、
俺たちを待ち受けているとも知らずに…。




