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第98話 蒼茫たる大海原へ ~初めての海上長距離飛行と洋上の日常~

リンドブルムの仲間たちの温かい声援を背に、

俺たちの翼は、アースガルド大陸の上空を、

ひたすら南西へと向かって飛び続けた。


数日間、順調な飛行を続けていた俺たちだったが、

やがて、その眼下に広がる景色は、

これまで見慣れた緑豊かな平原や、

険しいながらも生命の息吹に満ちた山岳地帯とは、

全く異なる様相を呈し始めた。


どこまでも、どこまでも続く、

ただひたすらに、蒼い世界。

空と海の境界線すら曖昧になるほどの、

圧倒的な、そしてどこか畏怖の念を抱かせるほどの、

広大な大海原が、

俺たちの眼前に、その姿を現したのだ。


「うわぁ…!

これが、海…なんですね…!

本で読んだことはありましたけど…

こんなに広くて、こんなに青いなんて…

まるで、空がもう一つあるみたいです…!」


リリアさんが、生まれて初めて見る、

本当の意味での広大な海に、

感嘆の声を上げ、言葉を失っている。

その美しい蒼い瞳は、

水平線の、その遥か彼方へと続く、

無限の青さに吸い込まれるように、

キラキラと、まるで宝石のように輝いていた。

彼女の純粋な感動が、

俺の心にも、新鮮な驚きと共に伝わってくる。


「フン、海なんぞ、

ドワーフにとってはただの大きな水たまりだわい。

わしの故郷の、地底湖の方が、

よっぽど深くて神秘的だぞ。

だが、確かに、この広さと、この色は圧巻ではあるな。

どこまでも続く、この青さは…

悪くない」


ギドさんも、腕を組みながら、

いつものように憎まれ口を叩きつつも、

珍しく素直な、そしてどこか詩的な感想を漏らした。

彼の心の奥深くにも、

この雄大で、そして荒々しい自然の造形美は、

確かに響いているのだろう。


俺も、この世界の海を見るのは初めてだった。

俺がいた現代日本の、

護岸工事で固められ、

多くの船が行き交う、

どこか人工的で、穏やかな光景に慣れた海とは、

全く違うものだった。

もっと原始的で、荒々しく、

そして、底知れないほどの力強さと、

安易に近づくことを許さないような、

触れてはならない神秘的な雰囲気を漂わせていた。

まるで、生命が生まれたばかりの、

太古の地球に迷い込んでしまったかのような、

そんな錯覚に陥るほどだった。


リュウガも、そして若いウィンドランナーたちも、

初めて経験する本格的な海上飛行に、

最初は少し戸惑い、

いつもより慎重に、そして少しだけ不安そうに

翼を動かしているようだったが、

すぐにその特殊な環境に順応し、

力強い潮風を、まるで旧知の友のように巧みに捉えて、

力強く、そしてどこまでも優雅に、

大空を、そして大海原を舞い始めた。

時折、海面近くをスリル満点に低空飛行し、

巨大な、銀色の鱗を持つ、見たこともないような魚が、

太陽の光をきらめかせながら水面から跳ねるのを見ては、

嬉しそうに、あるいは驚いたように、

甲高い、楽しげな鳴き声を上げている。

彼らにとっても、この長い、長い旅は、

きっと、新鮮な驚きと発見に満ちているのだろう。


だが、この息をのむほどに美しい大海原も、

決して安全なだけの場所ではなかった。

むしろ、目印となるものが何もないこの広大な空間は、

陸上での飛行とは比較にならないほどの、

未知なる危険と、そして困難が潜んでいる可能性があった。


「ケンタさん、スキルウィンドウの気象情報によると、

この先の海域で、急なスコールが発生する可能性があります。

それに、海流も複雑で、

場所によっては強い下降気流が発生しているようです」

リリアさんが、ケンタが作った飛行計画書と、

スキルウィンドウの情報を照らし合わせながら、

的確な進言をしてくれる。

彼女は、もうすっかり、

『ドラゴン便』の優秀なナビゲーター兼オペレーターだ。


「よし、分かった。

少しルートを変更しよう。

少し遠回りになるが、

あの雲の切れ間を抜けて、

気流の安定した海域へ出る。

ウィンドランナーたちは、斥候として先行し、

周囲の状況を報告してくれ!

特に、不審な船影や、

魔獣の気配には、最大限の注意を払うんだ!」

俺は、ケンタが前職で培った

長距離輸送の運行管理のノウハウ…

(天候変化への即応、

リスクを回避するためのルート変更、

そして、仲間たちのコンディション管理など)を、

この異世界で、今、まさに実践していた。


夜になると、俺たちは、

ギドさんがこの旅のために特別に開発してくれた、

『フローティング・キャンプ・ユニット』

(複数の防水コンテナを連結させ、

海上に浮かべることができる、簡易的な浮島だ)で、

交代で仮眠を取った。

空と海の境界線が溶け合う、満点の星空の下、

仲間たちと交わす、他愛もない会話と、

リリアさんが作ってくれる、温かいスープが、

俺たちの疲れた心と体を、優しく癒してくれた。


ピクシー・ドレイクたちは、

斥候として周囲の島影や不審な船影を探すだけでなく、

時には、海面を飛び交う小さな飛魚を、

遊び半分で、しかし見事な飛行技術で捕らえてきては、

「ご馳走だ!」とばかりに、

得意げに俺たちに見せびらかした。

その健気で愛らしい姿は、

この長く、そして単調になりがちな洋上の旅における、

何よりの清涼剤となっていた。


そんな、穏やかで、

しかし常に緊張感を伴う日々が、

数日間、続いた。


俺たちの絆は、

この果てしない大海原の上で、

さらに強く、そして深く、

結ばれていくのを、俺は確かに感じていた。


だが、この静けさが、

永遠に続くはずがないことも、

俺たちは、心のどこかで分かっていた。


「ケンタさん!

あれを…!」

斥候として先行していたウィンドランナーの一頭、シルフィが、

血相を変えて、

そして緊張を孕んだ、甲高い警告音を発した!


俺たちが、シルフィが示す方向へと視線を凝らすと、

遥か前方の、水平線と空が交わるあたりに、

まるで小島のような、

黒々とした、そして不気味な巨大な影が、

ゆっくりと、しかし確実に、

海面へと浮上してくるのが見えた!


そして、その影から、

大蛇のように太く、おびただしい数の吸盤を持つ、

無数の、おぞましい触手のようなものが、

まるで獲物を求める、飢えた巨大な蛇のように、

不気味に、そしてゆっくりと蠢きながら、

こちらへと伸びてくる!


「な、なんだあれは…!?

まさか…

古文書にあった、伝説の海棲魔獣…

クラーケン…か!?」

俺は、思わず息を呑んだ。

スキルウィンドウの危険察知機能も、

これまで聞いたことのないような、

けたたましい、そして断末魔のような警告音を、

狂ったように発している!

表示される危険度は、

もちろん、過去最高レベルを振り切っていた!


「グルルルルルァァァァァッ!!!」

リュウガが、全身の瑠璃色の鱗を、

まるで刃のように逆立て、

威嚇の、そして仲間を守るための咆哮を上げる!

ウィンドランナーたちも、

瞬時に、完璧な戦闘態勢に入り、

鋭い爪を突き立て、

俺たちを守るように、周囲を旋回し始める!


海洋大国ネプトゥーリアの、不穏な影がちらつく、

アクアティア公国への、長く、そして険しい道のり。

その最初の、そしておそらくは最大の試練は、

伝説に語られる、

恐るべき、そして巨大な海棲魔獣との、

決して避けることのできない、

壮絶な死闘なのかもしれない…。


俺は、腰に差したギドさん特製の、

アダマンタイト合金が練り込まれた剣の柄を、

汗ばむ手で、強く、強く握りしめ、

迫りくる巨大な、そして絶望的なまでの影を、

鋭い、しかし決して怯むことのない目つきで睨みつけた。

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