リリアの冒険日記 第十話:繋がる想いと、未来への新しい扉
旅商人さんから託された、
夜空の星のかけらのようなキノコ『星影だけ』。
あの、とてつもなく難しかった依頼を
ケンタさん、ギドさんと、そしてリュウガさんと一緒に
見事に成功させてから、
私たちの『ドラゴン便』の名声は、
まるで追い風に乗るように、
リンドブルムの街を越えて、
遠くの国々にまで届き始めているようだった。
ドラゴンステーションは、
毎日がお祭りのように賑やかだ。
「ケンタさん!
今日は、遥か南の国の貴族様から、
『氷晶の洞窟で採れるという氷の花を、
溶けないうちに届けてほしい』という、
ものすごく難しい依頼が来ています!」
「リリアさん、ありがとう!
よし、それはギドさん特製の
『コールドボックス・マークIII』の出番だな!
リュウガ、準備はいいか!」
「グルルゥ!」
「ギドの旦那!
西の国の鍛冶師から、
アンタの作った『ドラゴンギア』の設計図を
見せてほしいって、熱烈な手紙が届いてるぜ!」
「フン、ドワーフの秘伝の技を、
そうやすやすと見せられるか!
だが、まあ、酒の一樽でも持ってくるというなら、
考えてやらんでもないわい!」
そんな活気に満ちたやり取りが、
ステーションのあちこちで、
毎日、繰り広げられている。
私も、受付カウンターで、
次々と舞い込んでくる依頼の羊皮紙の束を
整理しながら、
その賑わいを、自分のことのように嬉しく、
そして誇らしく感じていた。
ケンタさんが蒔いた、小さな夢の種が、
今、たくさんの仲間たちの手によって、
大きな、大きな花を咲かせようとしているんだ。
そんな、希望に満ちたある日の午後だった。
ステーションの入り口に、
一人の、少し年のいった羊飼いの男性が、
途方に暮れたような顔で、
所在なげに立っていた。
その手には、
ふわふわとした、真っ白な羊毛の入った袋を、
大切そうに抱えている。
「あの…こんにちは。
何か、お探しですか?」
私がカウンターから出て声をかけると、
羊飼いさんは、びくりと肩を震わせ、
おどおどした様子で私を見た。
「あ、いや…
ここは、あの、空飛ぶ竜の運び屋さんの
事務所だと聞いて…
わしのような者が、
来るところではなかったかもしれん…すまない」
彼は、そう言って、
力なく帰ろうとした。
「待ってください!」
私は、思わず彼の腕を掴んでいた。
その瞳の奥に、
深い、深い悩みの色が見えたからだ。
「何かお困りごとなら、ぜひお聞かせください!
私たち『ドラゴン便』は、
どんな小さな声にも、耳を傾けたいと思っているんです!」
私の言葉に、
羊飼いさんは、少しだけ驚いたような顔をしたが、
やがて、ぽつり、ぽつりと、
自分の悩みを話し始めてくれた。
「…わしはな、
このリンドブルムから西へ馬車で二日ほど行った、
小さな山間の村で、羊を育てておるんだ。
うちの村で採れる羊毛は、
それはもう、雪のように白くて、
雲のように柔らかい、自慢の品でな。
昔は、リンドブルムの織物ギルドが、
それなりの値段で買い取ってくれておったんだが…」
羊飼いさんの顔が、
悲しそうに曇る。
「最近は、もっと安くて、
質の悪い羊毛がどこからか大量に入ってくるようになって、
わしらの羊毛は、
ほとんど買ってもらえなくなってしまったんだ。
『お前たちの羊毛は、質はいいが値段が高すぎる』ってな。
このままじゃ、村の暮らしは立ち行かなくなってしまう…。
この自慢の羊毛を、
本当に必要としてくれる人が、
どこかにいるはずなんだが…
わしらには、どこで、誰が、
この羊毛を欲しがっているのか、
知る術がなくてのう…」
彼の言葉は、私の胸に、
ずしりと重く響いた。
これは、私がこれまで見てきた
「運べない」という問題とは、少し違う。
良いものを作っているのに、
それを誰に売ればいいのか分からない…。
届けたい相手が、見つからない…。
そんな、もっと切なくて、
もっと悲しい問題だった。
その時、
私の頭の中に、
ふと、ある記憶が蘇った。
それは、私が初めて市場調査に行った時に出会った、
リンドブルムの織物職人のおばあさんの言葉だった。
『最近の羊毛は、質が悪くてねぇ…。
昔はもっと、白くて柔らかな、
良い羊毛が手に入ったもんだが…。
今の羊毛じゃ、良い織物は作れないよ…』
(もしかして…!)
私の心の中に、
一つの、確かなひらめきが生まれた。
「あの…!
その羊毛、少しだけ、
私に見せていただけませんか?」
私は、羊飼いさんから、
雪のように白い羊毛の束を受け取った。
その手触りは、信じられないほど柔らかくて、
そして、温かい。
これは、間違いなく、一級品だ。
「分かりました。
少しだけ、お時間をください。
もしかしたら、
その素晴らしい羊毛を、
心から必要としている人を、
私、知っているかもしれません…!」
私は、羊飼いさんに力強くそう告げると、
羊毛のサンプルを少しだけ分けてもらい、
ステーションを飛び出した。
目指すは、リンドブルムの中央市場、
あの織物職人のおばあさんの店だ!
「おばあさん!
これ、見てください!」
息を切らせて店に駆け込んだ私が、
羊毛の束を差し出すと、
おばあさんは、最初、怪訝な顔をしていたが、
その羊毛に触れた瞬間、
その目を見開いた。
「こ、これは…!
なんて白くて、柔らかな羊毛なんだい!
これだよ、これ!
わしがずっと探し求めていたのは!
これなら、最高の、天女の羽衣のような布が織れる!
リリアちゃん、一体どこでこれを…!?」
おばあさんの声は、興奮で震えていた。
その様子を見て、私の確信は、
喜びに変わった。
繋がったんだ…!
良いものを作っても、買い手が見つからずに困っていた羊飼いさんと、
良い材料が手に入らずに、作りたいものが作れずにいた織物職人さん。
二つの、これまで決して交わることのなかった想いが、
今、私の小さな行動で、
確かに、繋がったのだ!
その日の午後、
私は、ケンタさんに、
今日の出来事を、興奮しながら報告した。
私の話を聞き終えたケンタさんは、
いつものように優しく微笑むと、
少しだけ真剣な、
そしてどこか誇らしげな目で、
私にこう言った。
「リリアさん、君がやったことは、
ただの『おせっかい』なんかじゃない。
それは、俺がいた世界でいうところの、
『サプライチェーン・マネジメント』の、
まさに第一歩だよ」
「さぷらい…ちぇーん…?」
また、新しい不思議な言葉だ。
「うん。
つまり、物を作る人(生産者)と、
それを欲しがっている人(消費者)を、
ただ繋ぐだけじゃない。
その間に流れる『情報』…
例えば、『こんな良いものがあるよ』とか、
『こんなものが欲しいんだけど』っていう情報を、
上手く整理して、結びつけてあげることで、
新しい価値や、新しいビジネスを生み出す。
それもまた、俺たちが目指す『物流』の、
すごく、すごく大切な役割なんだ。
リリアさん、君は今日、
ただ荷物を運んだわけじゃない。
新しい『商売の道』を、君自身の手で切り開いたんだよ」
ケンタさんの言葉は、
私の心に、温かい光と共に、
新しい、大きな誇りを灯してくれた。
私の、わくわくする市場調査の旅は、
ただの調査じゃなかったんだ。
それは、この世界の未来を、
少しだけ明るくするための、
大切な、大切な冒険だったんだ。
その日から、
『ドラゴン便』には、新しい部門が生まれた。
それは、ただ物を運ぶだけじゃない。
大陸各地の素晴らしい特産品を発掘し、
それを本当に必要としている人々の元へと届ける、
『トレーディング部門』、
あるいは『地域商社』とでも呼ぶべき、
新しい役割だった。
そして、ケンタさんは、
その大切な部門の責任者を、
この私に、
任せてくれたのだ。
私の胸の中には、
ケンタさんへの感謝と、
そして、これから始まる新しい挑戦への期待が、
まるでリンドブルムの空いっぱいに広がるオーロラのように、
どこまでも、どこまでも、
美しく、そして力強く広がっていくのを感じていた。




