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リリアの冒険日記 第八話:魔法の箱と、届けられた風の音色

ケンタさんが、

私の言葉に、

力強く頷いてくれた。


「俺たちの次なる目標は、

温度と湿度の両方を自在に操れる、

究極の『特殊環境コンテナ』の開発だ!」


その言葉を聞いた瞬間、

私の心の中に、

ぱあっと、温かい光が灯ったみたいだった。


私の、小さな、小さな発見が、

ケンタさんとギドさんの、大きな、大きな力と結びついて、

今、新しい未来を創り出そうとしている。

そのことが、嬉しくて、誇らしくて、

なんだか胸がいっぱいになってしまった。


その日から、

ギドさんの工房は、

まるでお祭り前夜のような、

不思議な熱気に包まれた。


ケンタさんは、

彼がいたという世界の知識…

『クーラーボックス』とか、『じょしつざい』とか、

私にはまだよく分からない、

でも、なんだかすごそうな魔法の道具の話を、

熱心にギドさんに伝えている。


そして私は、

薬屋の娘としての知識を総動員して、

風花の村の織物が嫌う湿気のこと、

風鈴草が好む、朝露のような優しい湿り気のこと、

それぞれの荷物が、一番心地よくいられる環境について、

一生懸命、二人に説明した。


「なるほどな…

ただ乾燥させればいいという訳でも、

ただ湿らせればいいという訳でもない、と。

荷物によって、

それぞれ『最適な環境』があるというわけか。

フン、面倒だが、面白い…!」


ギドさんは、

私の拙い説明に、真剣に耳を傾け、

時には鋭い質問をしながらも、

その全てを、彼のドワーフとしての知識と技術の中に

吸収していくようだった。

その目は、まるで新しい鉱脈を見つけた時のように、

ギラギラと、そして楽しげに輝いていた。


失敗も、たくさん、たくさんあった。


思ったように湿度が保てなくて、

箱の中に入れた薬草が、カラカラに乾いてしまったり。

逆に、湿気を加えすぎて、

大切な織物が、しっとりと重くなってしまったり。


箱の重さも、大きな問題だった。

ギドさんが最高の性能を追求するあまり、

頑丈な金属の部品を使いすぎて、

ウィンドランナーのシルフィちゃんが、

「重すぎるよぅ」とでも言うように、

「ピャウ…」と悲しそうな声で鳴いたこともあった。


その度に、私たちは三人で頭を寄せ合い、

ああでもない、こうでもないと、

夜遅くまで議論を重ねた。


ケンタさんが、

「もっと軽い素材で、でも丈夫な構造はないかな?」と、

不思議な形の骨組みの絵を描いてみせたり。


ギドさんが、

「フン、それなら、この『風吸いの石』の粉末を

もっと細かくして、箱の内壁に塗り込んでみるか」と、

新しいアイデアを試したり。


そして私が、

「それなら、箱の中に、この『潤いの苔』を

少しだけ入れてみてはどうでしょう?

この苔は、周りの湿度を優しく保ってくれるんです」

と、薬草の知識からヒントを出したり。


それは、本当に、

まるで三人で一つの大きな夢を、

少しずつ、少しずつ、

手探りで、でも確かに形にしていくような、

とても刺激的で、

そして何よりも、心から楽しい時間だった。


ケンタさんが励ましてくれ、

ギドさんが知恵を貸してくれ、

そして、リュウガさんやシルフィちゃんたちが、

私たちの無茶な実験に、

文句一つ言わずに、辛抱強く、

何度も何度も、試作品の飛行テストに

付き合ってくれたから。


私たちは、一度も諦めなかった。


そして、

あの市場調査の日から、

数週間が過ぎた、ある晴れた日の朝。


ついに、その箱は完成した。


それは、ギドさんの卓越した技術と、

ケンタさんの革新的な知識、

そして、私のささやかな、しかし切実な想いが詰まった、

この世界でたった一つの、

『マルチ・コントロール・ボックス』。


ケンタさんは、それを、

「夢を運ぶ、魔法の箱だ」と、

優しい笑顔で呼んでくれた。


「リリアさん、

この箱の、記念すべき最初の荷物は、

君に決めてほしい。

君の発見がなければ、

この箱は生まれなかったんだからね」

ケンタさんが、私の目をまっすぐに見て、

そう言ってくれた。

その言葉が、どれほど嬉しかったか…。


私は、迷わず、

そして胸を張って答えた。


「はい!

それなら、ぜひ、

風花の村の、エリアーヌおばあさんの息子さんに、

お母さんが心を込めて織った、

あの美しい織物を。

そして、村で一番綺麗に咲いた、

あの儚い音色を奏でる風鈴草を、

届けたいです!」


私の言葉に、

ケンタさんも、ギドさんも、

力強く頷いてくれた。


私たちは、完成したばかりの

『マルチ・コントロール・ボックス』を、

ウィンドランナーのシルフィちゃんの背中に、

慎重に、そして丁寧に装着した。

箱の中には、

風花の村から特別に取り寄せた、

湿気を嫌う美しい織物と、

鮮度が命の風鈴草が、

それぞれに最適な湿度に保たれた区画に、

そっと、優しく収められている。


「シルフィちゃん、頼んだわよ!

エリアーヌおばあさんの、大切な想いを届けるのよ!」

私が声をかけると、

シルフィちゃんは、「ピャウ!」と、

いつもより少しだけ、

誇らしげな声で鳴いた。


リンドブルムから、

エリアーヌおばあさんの息子さんが住む、

隣町までの飛行は、

あっという間だった。

シルフィちゃんの翼は、

まるで風と一体になったかのように、

滑らかに、そして力強く空を駆けていく。


お届け先の、素朴な木の扉を、

私は、少しだけ緊張しながら、

でも、大きな期待を胸に、コンコンと叩いた。


「こんにちは!

ドラゴン便です!

風花の村にいらっしゃる、

エリアーヌ様からのお届け物ですよ!」


中から出てきたのは、

エリアーヌおばあさんによく似た、

優しい目をした若い男性だった。

彼は、私が差し出した『マルチ・コントロール・ボックス』を、

不思議そうな顔で見つめている。


「さあ、開けてみてください。

きっと、驚きますよ」

私が微笑みながら言うと、

彼は、おそるおそる、箱の蓋を開けた。


その瞬間、

彼の目が見開かれ、

そして、息を呑む音が聞こえた。


箱の中の織物は、

風花の村で見た時と寸分違わず、

その美しい風合いと、鮮やかな色を保っていた。

湿気でよれたり、色褪せたりした様子は、

どこにもない。


そして、彼が、

そっと風鈴草を手に取った、その時。


チリン…


まるで、風花の村の、

朝露に濡れた草原の風が、

そのままこの場所に吹いてきたかのような、

どこまでも澄み切った、

そして、儚くも美しい音色が、

静かに、静かに響き渡った。

一日しか保たないはずの、奇跡の音色。


「…母さんの…織物…。

それに、この音…

子供の頃、村でいつも聞いていた、

風鈴草の音だ…」


男性の瞳から、

ぽろり、ぽろりと、

大粒の涙がこぼれ落ちた。

それは、悲しい涙じゃない。

故郷を想う、温かくて、

そして、とても優しい涙だった。


「ありがとう…

本当に、ありがとう、ドラゴン便さん…。

母さんの想いと、

そして、故郷の風の音を、

届けてくれて…」


その言葉と、その涙が、

私にとって、何よりも嬉しい報酬だった。



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