リリアの冒険日記 第六話:風花の村と、届けられない想い
ケンタさんとギドさんが、
工房で新しい『コールドボックス』の試作品と
格闘している間、
私にも、何かできることはないだろうか。
ケンタさんが信じて任せてくれた、
『ドラゴン便』の市場調査員として、
もっとたくさんの「小さな声」を集めたい。
もっとたくさんの「あったらいいな」を見つけたい。
そんな想いを胸に、
私は、また新しい冒険に出ることにした。
「ケンタさん、
今日は、もう少し足を延ばして、
西の丘陵地帯にある『風花の村』まで
行ってみようと思うんです」
事務所で、たくさんの羊皮紙とにらめっこしている
ケンタさんに、私は少しだけ緊張しながら声をかけた。
風花の村は、リンドブルムから馬車で半日以上かかる、
少し離れた場所にある。
「風花の村?
ああ、確か、美しい織物と、
珍しい風鈴草が有名な村だったね。
分かった。でも、一人じゃ危ない。
シルフィを連れて行ってくれるかい?
あの子なら、君を安全に村まで送り届けてくれるはずだ」
ケンタさんは、心配そうに、
でも私の挑戦を応援してくれるような、
優しい目で言ってくれた。
その眼差しだけで、私の胸は温かくなる。
「それと、リリアさん。
もしよかったら、これもお願いできないかな?」
ケンタさんが私に差し出したのは、
一通の、丁寧に封蝋された手紙だった。
「風花の村に住んでいる、
エリアーヌさんというおばあさん宛ての手紙なんだ。
差出人は、リンドブルムに住んでいる、
その方の息子さんから。
『母の誕生日なので、せめてお祝いの言葉だけでも届けたい』って、
昨日、ステーションに駆け込んできてね。
本当は、ウィンドランナーの定期便で
明日届ける予定だったんだけど、
もし君が行ってくれるなら、
今日中に届けられる。
きっと、おばあさんも喜ぶと思うんだ」
「はいっ!
もちろんです!
私に、任せてください!」
私は、その大切な手紙を、
まるで宝物のように、両手でそっと受け取った。
ただの市場調査じゃない。
私には今、
息子さんからお母さんへの、
大切な想いを届けるという、
大事な、大事な任務があるんだ。
そう思うと、なんだか背筋がしゃんと伸びるような気がした。
ウィンドランナーのシルフィちゃんの背中に乗り、
私と、そして斥候役としてついてきてくれた
数匹のピクシー・ドレイクさんたちは、
一路、風花の村へと向かった。
シルフィちゃんの飛行は、
もうすっかり手慣れたもので、
風を巧みに捉えて、
驚くほど滑らかに空を駆けていく。
眼下に広がる緑豊かな丘陵地帯の景色が、
まるで絵巻物のように流れていく。
その美しい光景と、風の心地よさに、
私の心も、自然と弾んでいた。
三十分ほどで、
風花の村の上空に到着した。
村は、聞いていた通り、
色とりどりの花が咲き乱れる、
とても美しい場所だった。
家の軒先には、
風に揺れてチリン、チリンと涼やかな音を立てる、
可愛らしい風鈴草の飾りが吊るされている。
私たちは、村の外れの森に静かに着陸し、
エリアーヌおばあさんの家を探した。
村の人に尋ねると、
すぐにその場所を教えてくれた。
「こんにちは!
ドラゴン便です!
リンドブルムにいらっしゃる、
息子さんからのお届け物ですよ!」
私が、少しだけ緊張しながら扉を叩くと、
中から、足の少し不自由そうな、
でも、とても優しそうな瞳をしたおばあさんが出てきた。
「まあ…!
リンドブルムの、息子から…?
本当に、届けてくださったのかい…?」
エリアーヌおばあさんは、
信じられないという顔で、
私から手紙を受け取った。
その手は、小刻みに震えている。
彼女が、震える手で封蝋を破り、
手紙に目を通し始めると、
その優しい瞳から、
ぽろり、ぽろりと、
大粒の涙がこぼれ落ちた。
「ああ…あの子ったら…
私の誕生日を、覚えていてくれたんだねぇ…
嬉しい…本当に、嬉しいよ…」
おばあさんは、手紙を胸に抱きしめ、
何度も、何度も、私に「ありがとう」と言ってくれた。
その涙は、悲しい涙じゃない。
温かくて、キラキラした、
幸せの涙だった。
その姿を見て、
私の胸にも、熱いものが込み上げてきた。
ケンタさんが言っていた、
「物流は、人の想いを繋ぐ仕事なんだ」という言葉の意味が、
また一つ、心の深いところで分かったような気がした。
エリアーヌおばあさんにお礼を言われ、
温かいハーブティーまでご馳走になった後、
私は、村の小さな広場で行われている市場へと向かった。
ここでも、きっと何か新しい発見があるはずだ。
市場には、
リンドブルムでは見かけないような、
美しい模様が織り込まれた布製品や、
村特産の風鈴草を使った可愛らしい工芸品が並んでいた。
「わぁ、すごく綺麗…!
この織物、リンドブルムで売ったら、
絶対に人気が出ますよ!」
私が、露店にいた女性に話しかけると、
彼女は、少し寂しそうに微笑んだ。
「ありがとう、お嬢ちゃん。
そう言ってくれると嬉しいよ。
でもね、この織物は、
湿気にすごく弱くてね。
リンドブルムまでの長い道のりを馬車で運ぶと、
どうしても途中で湿気って、
せっかくの風合いがダメになっちまうんだよ。
だから、この村でしか売れないんだ」
「それから、この風鈴草の飾りもそうさ」
隣の店の男性が、会話に加わってきた。
「この花は、摘んでから一日も経つと、
綺麗な音色が出なくなっちまうんだ。
だから、遠くの街へ運ぶことはできない。
この村を訪れた旅の人に、
お土産として買ってもらうくらいしかねぇんだよ」
湿気に弱い、繊細な織物。
鮮度が命の、美しい音色を奏でる花。
どちらも、本当に素敵で、
たくさんの人を笑顔にできるはずなのに、
運ぶことができない、というだけで、
その可能性が閉ざされてしまっている。
なんて、もったいないんだろう…。
私は、羊皮紙のメモを取り出し、
夢中で書き留めた。
「風花の村、特産品。織物(湿気厳禁)。風鈴草(鮮度が命、一日で音色劣化)。
特別な保管・輸送方法が必要」
(そうだ…!
ギドさんが作ってくれている、あの『コールドボックス』。
あれは、ただ冷やすだけじゃない。
ケンタさんが言っていた。
中の湿度も、ある程度調整できるような工夫ができるかもしれないって…!
それに、リュウガさんやウィンドランナーさんたちの速さがあれば、
一日しか持たない風鈴草だって、
きっと新鮮なまま届けられるはず…!)
私の頭の中に、
新しいサービスのアイデアが、
まるで泉のように湧き上がってきた。
それは、まだぼんやりとした輪郭しか持たないけれど、
でも、確かに、
たくさんの人を笑顔にできる、
素敵なアイデアのはずだ。
「よし…!」
私は、きゅっと唇を結んだ。
この発見を、早くケンタさんに伝えなくちゃ!
そして、ギドさんにも相談してみなくちゃ!
帰り道、
シルフィちゃんの背中に揺られながら、
私の心は、
新しい挑戦への期待で、
大きく、大きく膨らんでいた。
ケンタさんと出会って、
私は、たくさんのことを知った。
物流というものが、
人々の生活を、そして想いを繋ぐ、
とても大切なものだということ。
そして、私にも、
そのお手伝いができるかもしれないということ。




