リリアの冒険日記 第四話:ギドさんの工房と、コールドボックスのひらめき
ケンタさんに褒めてもらえた「市場調査員」という言葉。
それが、なんだか魔法の呪文みたいに、
私の心に勇気と自信をくれた。
もっとケンタさんの役に立ちたい。
もっと『ドラゴン便』の力になりたい。
そして、このリンドブルムの街の人たちの笑顔を、
もっともっとたくさん見たい!
そんな熱い想いを胸に、
次の日、私は朝一番で、
あの頑固だけど腕は確かなドワーフの鍛冶師、
ギドさんの工房へと向かった。
ケンタさんが言っていた、
「衝撃を吸収できるような、特別な箱」。
薬草を運ぶ私にとっても、
それは喉から手が出るほど欲しいものだった。
もし、そんな夢のような箱があれば、
もっとデリケートで、もっと貴重な薬草も、
遠くの村々へ安全に届けられるようになるかもしれない。
それは、たくさんの人の命を救うことに繋がるかもしれないのだ。
ギドさんの工房は、
ドラゴンステーションの建設が始まってから、
以前にも増して、たくさんの道具や素材で
ごった返していた。
炉の火は、まるで生きているみたいに赤々と燃え盛り、
金槌を打つ甲高い音が、
力強く、そしてリズミカルに響き渡っている。
その音を聞いているだけで、
なんだか私の心までワクワクしてくる。
「ギドさーん!
おはようございます!
リリアです!」
私が工房の入り口から声をかけると、
汗だくのギドさんが、
大きな金槌を片手に、顔を上げた。
その顔は、相変わらず不機嫌そうだったけれど、
でも、私を見るその目には、
ほんの少しだけ、
親しみがこもっているような気がした。
…ううん、きっと気のせいじゃないはず。
「おお、薬屋の嬢ちゃんか。
朝っぱらから何の用だ?
また小僧の使いか?」
ギドさんは、ぶっきらぼうに言いながらも、
作業の手を止めて、私の方へ向き直ってくれた。
「いえ、今日は、ケンタさんからのお使いではなくて…
その、私自身が、ギドさんにお願いしたいことがあって
来たんです…!」
私は、少し緊張しながら、
でも、しっかりとギドさんの目を見て言った。
「ほう?
嬢ちゃんが、このわしに頼み事だと?
珍しいこともあるもんだな。
まあ、言ってみろ。
ただし、くだらん頼みなら、
この金槌で追い返すからな、覚悟しておけよ」
ギドさんは、ニヤリと、
いつもの意地悪そうな笑みを浮かべた。
でも、その瞳の奥が、
ほんの少しだけ優しく揺れたのを、私は見逃さなかった。
「あ、ありがとうございます!
あの、実は…」
私は、ケンタさんが話していた
「衝撃を吸収できる特別な箱」のアイデアと、
そして、私自身が市場調査で感じた、
デリケートな薬草を安全に運ぶことの難しさについて、
一生懸命、ギドさんに説明した。
言葉が足りないところは、
羊皮紙に簡単な絵を描いて補った。
「…というわけで、ギドさん。
何か、薬草を衝撃や温度の変化から守ってくれるような、
そんな魔法みたいな箱を、
作っていただくことはできないでしょうか…?
もし、そんな箱があれば、
もっとたくさんの種類の薬草を、
もっと遠くの村まで、新鮮なまま届けられるようになるんです。
そうすれば、きっと、もっとたくさんの人を
助けることができると思うんです…!」
私の拙い、しかし熱意のこもった説明を、
ギドさんは、腕を組み、
目を閉じて、黙って聞いていた。
その表情は真剣で、
私の言葉の一つ一つを、
まるで貴重な鉱石でも鑑定するように、
慎重に吟味しているかのようだった。
しばらくの沈黙の後、
ギドさんは、ゆっくりと目を開けた。
その瞳には、
職人としての、強い探究心の光が宿っている。
「…ふむ。
嬢ちゃんの言うことも、一理あるな。
確かに、お前たちが運んでいる薬草の中には、
ほんの少しの衝撃や温度変化で、
あっという間に薬効を失ってしまうような、
厄介な代物も少なくない。
それを、今のあの小僧が作った
ただの網カゴで運んでいるのでは、
確かに心許ないわな」
ギドさんの言葉に、私はほっと胸を撫で下ろした。
私の考えを、ちゃんと理解してくれたみたいだ。
「それに、ケンタの小僧が言っていた、
『コールドボックス』とかいう、
中を冷たく保つ箱のアイデアも、
なかなか面白い。
もし、それと嬢ちゃんの言う
『衝撃から守る箱』の機能を組み合わせることができれば…
それは、まさに、
この世界の物流を、いや、薬学の常識すらも
変えてしまうような、
とんでもない発明になるかもしれんぞ…!」
ギドさんの目が、
まるで新しい鉱脈を見つけた時のように、
ギラリと鋭く輝いた。
その顔には、
これまで見たこともないような、
興奮と、そして挑戦への意欲が満ち溢れている。
「よし、嬢ちゃん!
その『特別な箱』、
このギド様が、最高の技術と知恵を絞って、
試作品の一つでも作ってみてやろうじゃないか!
ただし、素材集めは、お前たちも手伝えよ?
ドワーフの秘伝の素材も使うことになるかもしれんからな。
それに、完成したら、
一番最初に、お前さんの大切な薬草を運んで、
その効果を確かめさせてもらうぞ!」
「は、はいっ!
本当ですか、ギドさん!?
ありがとうございます!
私、何でもお手伝いします!」
私は、嬉しさのあまり、
思わず飛び上がりそうになるのを必死で堪えた。
まさか、ギドさんがここまで乗り気になってくれるなんて!
「フン、礼には及ばん。
わしは、ただ、面白い仕事に目が眩んだだけだ。
それに、お前たちの、
その真っ直ぐな目を見ていると、
なんだか、昔の自分を思い出して、
少しばかり、血が騒ぐんでな」
ギドさんは、照れ隠しのように、
ぶっきらぼうにそう言うと、
工房の奥から、
分厚い、古びた革表紙の設計図の束と、
見たこともないような奇妙な形をした工具を
次々と取り出し始めた。
その目は、もう完全に、
新しい発明に取り憑かれた職人のそれだった。
その日から、
私は、薬屋の仕事の合間を縫って、
ギドさんの工房へ通うようになった。
ケンタさんも、配達の合間に顔を出し、
三人で、ああでもない、こうでもないと、
新しい『コールドボックス』のアイデアを出し合った。
ケンタさんは、彼がいた世界の
「クーラーボックス」や「保冷剤」の知識を元に、
断熱材の重要性や、密閉構造の工夫を提案した。
ギドさんは、ドワーフに伝わる
特殊な金属の配合や、
魔力を帯びた鉱石の性質を利用して、
より強力な冷却効果と、
衝撃を吸収する構造を考案した。
そして私は、
薬草の種類によって最適な温度や湿度が違うことや、
光を嫌う薬草のための遮光の工夫、
あるいは、複数の種類の薬草を同時に運ぶための
仕切りのアイデアなどを提案した。
それは、まるで、
三人で一つの大きな夢を、
少しずつ、少しずつ形にしていくような、
とても刺激的で、
そして何よりも楽しい時間だった。
時には、意見がぶつかり合って、
工房の中がピリピリとした空気になることもあったけれど、
それでも、私たちは、
より良いものを作りたいという同じ目標に向かって、
知恵と情熱をぶつけ合った。
そして、数週間後。
ついに、その試作品が完成した。
それは、まだ無骨で、
洗練されているとは言えない形だったけれど、
俺たち三人の想いと、
そして未来への希望が、
ぎっしりと詰まった、
世界でたった一つの、
『薬草専用コールドボックス・マークI』だった。
その小さな箱が、
やがてアースガルド大陸の物流に、
そして人々の生活に、
どれほど大きな変化をもたらすことになるのか、
この時の私たちは、まだ想像もしていなかった。




