リリアの冒険日記 第三話:ケンタさんの笑顔と、新しい「ひらめき」の種
ドキドキの市場調査から戻った日の夕暮れ。
私は、少しだけ誇らしい気持ちと、
それ以上に大きな緊張感を胸に抱えながら、
ドラゴンステーションの事務所の扉をそっと開けた。
「ケンタさん…ただいま戻りました!」
事務所の中では、
ケンタさんが大きな机に向かって、
羊皮紙の束と格闘していた。
『異世界物流システム』のスキルウィンドウが、
彼の目の前で淡く光っているのが見える。
きっと、また新しい輸送ルートのことや、
ステーションの運営のことを考えていたのだろう。
その真剣な横顔は、
いつも見ている優しいケンタさんとは少し違って、
なんだかすごく大人びていて、
私の心臓が、またトクンと音を立てた。
「お、リリアさん! おかえり!
早かったね。市場調査、どうだった?」
私の声に気づいたケンタさんが、
顔を上げて、いつもの太陽みたいな笑顔を向けてくれた。
その笑顔だけで、私の緊張は半分くらい、
どこかへ飛んでいってしまうみたい。
「は、はい!
あの、これが、今日見てきたことや、
街の人たちから聞いたお話をまとめたものです…!」
私は、少しだけ汗で湿った羊皮紙のメモを、
両手でそっとケンタさんに差し出した。
ちゃんとケンタさんの役に立てるような情報が
書けているだろうか…。
急に不安になって、顔が熱くなるのを感じた。
「ありがとう、リリアさん。
わざわざ君の大切な時間を使ってもらっちゃって、
本当に助かるよ」
ケンタさんは、そう言って、
私のメモを優しく受け取ってくれた。
そして、一枚一枚、
とても真剣な眼差しで、
ゆっくりと目を通し始めた。
その間、私はなんだか落ち着かなくて、
事務所の中をそわそわと歩き回ったり、
窓の外で羽を休めているピクシー・ドレイクさんたちに
手を振ってみたり。
ケンタさんが、私の書いたものを
どんな風に思うのか、気になって仕方がない。
「…なるほどな。
月光草の輸送コストの問題か…。
確かに、あれは需要があるのに供給が追いついていない典型だな」
「豊作貧乏…農家の人たちにとっては、
本当に切実な悩みだよな。
せっかく丹精込めて作った作物が、
届けられないせいで価値を失うなんて、
あってはならないことだ」
「陶器の破損問題も深刻だ。
ただ速く運ぶだけじゃなくて、
荷物を『安全に』届けるための工夫も、
もっともっと考えないといけないな…」
ケンタさんは、時折頷いたり、
あるいは難しい顔で腕を組んだりしながら、
私の拙いメモを、一つ一つ丁寧に読み解いていく。
その真剣な表情を見ていると、
私の心臓は、期待と不安で、
まるで小鳥みたいにパタパタと羽ばたいているようだった。
そして、全てのメモに目を通し終えたケンタさんが、
ふと顔を上げて、私に向かって、
これまで見たこともないくらい、
優しい、そして心からの笑顔を向けてくれた。
「リリアさん…ありがとう。
本当に、本当にありがとう。
このレポートは、俺にとって、
どんな高価な宝石よりも価値のある宝物だよ。
君の優しい視点と、細やかな観察眼がなければ、
決して気づけなかったような、
大切な情報がたくさん詰まっている」
「け、ケンタさん…」
ケンタさんの、あまりにも真っ直ぐな感謝の言葉に、
私の頬は、夕焼け空みたいに真っ赤に染まってしまった。
心臓が、今にも破裂しそうなくらい、
ドキドキと大きく鳴っている。
嬉しい…ケンタさんの役に立てたことが、
こんなにも、こんなにも嬉しいなんて…。
「特に、この『せせらぎの村』の記録…
美味しい蜂蜜や、温かみのある木工品が、
輸送手段がないために村の外に出回らないというのは、
本当にもったいない話だ。
それに、子供たちが新しい絵物語の本を欲しがっているなんて…
これは、俺たち『ドラゴン便』が、
すぐにでも何かできることがあるかもしれないな」
ケンタさんの瞳が、
新たな可能性を見つけた子供のように、
キラキラと輝き始めた。
「それから、この陶器の破損問題も、
なんとか解決したいところだ。
どんなに素晴らしい品物も、
お客さんの手元に届く前に壊れてしまったら、
元も子もないからな…。
そうだ、ギドさんに相談して、
何か、衝撃を吸収できるような、
特別な『箱』みたいなものを作ってもらえないか、
ちょっと話してみようかな。
リリアさんが薬草を運ぶ時にも、
きっと役に立つと思うんだ」
特別な箱…。
ケンタさんのその言葉に、
私の心の中に、新しい興味の種がポトンと落ちた気がした。
薬草の中には、本当にデリケートで、
少しの衝撃や温度の変化でも
薬効が失われてしまうものがたくさんある。
もし、そんな薬草も安全に運べる箱があったら…。
「ケンタさん、それ、すごく良いアイデアだと思います!
もし、そんな箱があったら、
私も、もっと遠くの珍しい薬草を
リンドブルムの人たちに届けられるようになるかもしれません!」
私は、思わず声を弾ませて言った。
「だろ?
リリアさんの市場調査のおかげで、
また新しい課題と、そして新しい可能性が見えてきたよ。
本当にありがとう、リリアさん。
君は、もう立派な『ドラゴン便』の、
最高の市場調査員だ」
ケンタさんは、そう言って、
またあの大きな手で、私の頭を優しく撫でてくれた。
その温かさが、私の心全体に広がっていく。
(市場調査員…私が…?)
なんだか、くすぐったいような、
でも、すごく誇らしい気持ちでいっぱいになった。
ケンタさんの役に立てるなら、
もっともっと、色々なことを調べてみたい。
このリンドブルムの街の人たちが、
そして、いつかはアースガルド大陸中の人々が、
『ドラゴン便』があってよかったって、
心から笑顔になれるように。
「あの、ケンタさん…!」
私は、胸に込み上げてくる熱い想いを抑えきれずに、
ケンタさんの顔をまっすぐに見上げた。
「もしよかったら、その『特別な箱』のこと…
私も、何かお手伝いできませんか?
薬草を安全に運ぶための工夫とか、
私なりに、何か考えられることがあるかもしれません…!」
私の言葉に、ケンタさんは、
一瞬、少しだけ驚いたような顔をしたが、
すぐに、いつもの優しい笑顔に戻って、
力強く頷いてくれた。
「もちろんだよ、リリアさん。
君の知恵と経験は、
これからの『ドラゴン便』にとって、
絶対に必要不可欠なものになるはずだ。
一緒に、最高の輸送システムを作り上げよう!」
「はいっ!」
私は、満面の笑みで答えた。
ケンタさんの、あの「コールドボックス」という言葉。
それはまだ、ほんの小さなアイデアの種かもしれない。
でも、その種が、いつか大きな花を咲かせて、
たくさんの人々を幸せにするかもしれないと思うと、
私の胸は、期待でいっぱいになった。
その日の夜、私は、
自分の部屋に戻ってからも、
興奮でなかなか寝付けなかった。
羊皮紙のメモを取り出し、
ケンタさんが言っていた「特別な箱」について、
私なりに色々なアイデアを書き出してみる。
(薬草の種類によっては、
乾燥を防ぐための工夫が必要よね…)
(衝撃に弱いガラス瓶のポーションを運ぶなら、
箱の中に、柔らかいクッションみたいなものが必要かしら…)
(もしかしたら、箱自体に、
温度を一定に保つ魔法をかけられるような素材があるかもしれない…
ギドさんなら、知っているかも!)
次から次へと思いつくアイデアを、
夢中で羊皮紙に書き留めていく。
それは、まるで新しい薬草のレシピを考えている時みたいに、
楽しくて、時間を忘れてしまうほどだった。
ケンタさんと一緒に働くようになってから、
私の世界は、確実に広がっている。
そして、私も、少しずつだけど、
新しい自分に変わっていけているような気がする。
(明日、また市場へ行ってみよう。
今度は、壊れやすいものを扱っているお店の人たちに、
もっと詳しく話を聞いてみようかな。
そして、ギドさんの工房にも行ってみよう。
私の考えた『特別な箱』のアイデア、
ギドさんなら、きっと面白がってくれるはず…!)
窓の外には、
リンドブルムの優しい夜空が広がっていた。
遠くで、リュウガさんの穏やかな寝息が聞こえるような気がする。
そして、私の心の中には、
ケンタさんの笑顔と、
これから始まる新しい挑戦への期待が、
まるで夜空に輝く星々のように、
キラキラと、そして温かく灯っていた。
私の、わくわくする市場調査と、
そして『ドラゴン便』での新しい冒険は、
まだ、始まったばかりなのだ。




