王都テルス奪還前夜
本日1回目の更新です。
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──王都テルス奪還前夜
王都テルス上空に再びMiG-29戦闘機が姿を見せた。
だが、今回は増槽を下げていない。下げているのは誘導爆弾だ。
王都テルス上空で戦闘哨戒飛行に当たっていた飛竜騎兵4体を短距離空対空ミサイルで一瞬で撃墜すると、MiG-29戦闘機は第603飛竜騎兵旅団の厩舎を爆撃した。厩舎が炎に包まれ、ワイバーンたちが大損害を受ける。
第603飛竜騎兵旅団は2個連隊からなり1個連隊は2個大隊で編成されている。つまり4個大隊の戦闘力がある。そのうち3個大隊相当がこの爆撃で飛び立つ暇もなく壊滅した。残るはたった1個大隊。
これではとてもではないが戦えないと、第603飛竜騎兵旅団は後方に移動。
本国に増援を要請するも『余剰戦力なし』との回答が返ってくるのみ。
本国からの最後の援軍であった第51歩兵師団と第42歩兵師団は王都テルス周辺の守りを固めている。あちこちにバンカーを作り、塹壕をコンクリートで固め、土嚢を積み上げ、監視哨をあちこちに設置している。
それから本国から唯一届いたのは大砲とマスケット。
これらは第51歩兵師団と第42歩兵師団に配備され、習熟のための訓練が行われていた。だが、どの武器も噂に聞くスターライン王国抵抗運動の保有する武器には劣るというのが現状であると言えた。
とは言え、対抗手段が全くないよりもマシだ。
大砲の射程はクロスボウの射程を遥かに上回る。一方のマスケットは命中精度が酷く悪いものの、威力としてはこれもまたクロスボウを遥かに上回る。
だが、航空優勢が敵に奪われたまま、戦闘を行うというのはかなりの不安が残る。敵は好きな場所に攻撃を加えられ、ドラゴニア帝国陸軍にはそれを阻止する術はないのである。それに加えて敵の遠距離攻撃も気になるところだ。
ドラゴニア帝国陸軍が敵の迎撃に懸命になっているとき、スターライン王国臣民も必死になっていた。彼らはドラゴニア帝国陸軍の作戦を妨害するために、様々な方法を使っていたのだ。
各種ギルドがストライキを行い、ドラゴニア帝国のために仕事をしなくなる。商店がドラゴニア帝国との取引を拒否する。スターライン王国の言語を公の場で話し、ドラゴニア帝国の言語を駆逐する。スターライン王国の宗教で結婚式を挙げる。
過激なものとなると、ドラゴニア帝国陸軍の弾薬庫に火を放ち、爆破するものも現れた。ちょっとしたことを見逃し続けたために、スターライン王国臣民たちはもうドラゴニア帝国を恐れていないのだ。
統治の不手際への苦情は属領省に向かい、属領省が対応を求められる。
執政官のサダム・ツー・ベルニサールは頭を抱えていた。
同化政策は順調に進み、そして分断統治の準備も整いつつあった矢先にスターライン王国抵抗運動の反撃である。敵はドラゴニア帝国陸軍の精鋭飛竜騎兵を撃墜してみせ、ドラゴニア帝国恐れるに足らずとの印象を植え付けた。
ドラゴニア帝国陸軍は純粋な軍事的勝利のために動いており、憲兵すら貸してはくれない。だが、サダムにはひとつだけ伝手があった。彼は国家全体戦線党の党員なのだ。そのおかげで今の地位にいると言ってもいい。
彼は党本部に窮状を伝え、党の私兵である武装衛兵隊の派遣を要請した。
武装衛兵隊は既に1個小隊が統治のために派遣されているが、たった1個小隊では今の状況に対処できない。
武装衛兵隊は最初は党の指導者であるヒルニアル・ツー・アルバレスを守るためのボディガードであったが、党の勢いが増すごとに他政党とのトラブルに投入された。前々から無茶な戦争に反対してきた退役軍人の組織する政党や皇帝こそが親政を行うべきとする政党などとの衝突の際には武装衛兵隊が投入された。
国家全体戦線党が政権を握ると、武装衛兵隊は軍の装備を与えられ、各属州で占領統治を補佐することになった。熱狂的な国家全体戦線党の党員である彼らは、ドラゴニア帝国の発展は属州を拡大することにあると信じ、属州省の執政官の護衛などを務めた。時には治安維持のために投入されることすらもあった。
ドラゴニア帝国陸軍の退役将校であるヴィテム・ツー・リーヴェルトが武装衛兵隊司令官に任じられてからはドラゴニア帝国陸軍式の訓練が行われ、単なる護衛や治安維持部隊から、戦闘部隊へと変わる。だが、今のところ、武装衛兵隊が投入された戦線は存在しない。ドラゴニア帝国陸軍は彼らを二線級部隊と認識していた。
何はともあれ、サダムの訴えた窮状に国家全体戦線党は武装衛兵隊の派遣を決定し、サダムの下に1個大隊の武装衛兵隊が配備された。
サダムは彼らに反帝国的活動の取り締まりを命じた。
それからは王都テルスで弾圧が始まった。
スターライン王国の言葉を喋るものは鞭打ち刑に処され、ストライキを行うギルドは燃やされ、ドラゴニア帝国との取引を拒否した商人は絞首刑にされた。スターライン王国の宗教で結婚式を上げた夫婦も投獄され、その後絞首刑となった。
弾圧を逃れて王都テルスの外に逃れた市民の一部はドラゴニア帝国陸軍の陣地を迂回し、前進を続けていたスターライン王国抵抗運動に逃げ込んだ。
彼らは王都テルスの惨状を伝え、一刻も早い王都テルスの解放を望んだ。
王都テルスの惨状を知ったティノやハーサン、アウディス、ボルト、レアンといった各大隊の指揮官が戦意を燃やし、ドラゴニア帝国陸軍の監視哨を次々に制圧し、本陣に向けて進んでいく。
だが、これに別の反応を示すものもいた。
シャリアーデはやはり臣民が無茶な抵抗運動に出て傷ついたことを気にしていた。あの鮫浦とトリャスィーロが提案したMiG-29戦闘機による挑発行為は、彼女が恐れていたことをそのまま引き起こした。
そして、鮫浦たちは今回のことを怪しんでいた。
「どうも誘導されている感じだな。ドラゴニア帝国陸軍の練度は結構なものだ。避難してきた連中が迂回するような場所にだって監視哨を作っているだろう。そうしないと俺たちがそこを迂回突破することになるからな」
「じゃあ、わざと逃がした?」
「ああ。こちらの憎悪を煽って、無為無策のまま突撃させようとしているのかもしれない。連中も連中で真正面から勝てないのならば、それなりに工夫をするだろうからな」
そう言いながら鮫浦は無人偵察機の撮影した映像を見る。
「見ろ。大砲と銃だ。大砲も銃も前装式のものだが、無防備な歩兵には有効だ。これまでのクロスボウとは威力も射程も異なる。敵はこいつにかけていると見たね」
「どうするんです、社長?」
「おいおい。前装式の大砲なんぞに負けていたら、うちの武器は売れんぞ。連中に思い知らせてやろう。現代の戦場の王。火砲の威力をな」
それからも王都テルスに張られたドラゴニア帝国陸軍の陣地に向けてスターライン王国抵抗運動は前進する。
そして、ついにスターライン王国抵抗運動は王都テルスを前にしたのだった。
「数年振りの我らが王都。必ず取り戻しましょう」
「はっ!」
シャリアーデが迷彩服とヘルメット姿で宣言するのに、スターライン王国抵抗運動の将兵が敬礼を送った。
そして、ついにスターライン王国抵抗運動は王都テルス奪還作戦を開始する。
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