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まずはここから

朝、健二が家を出ると、玄関前にはセーオム(バイク)にまたがったブライがいた。


「お、もうきてたのか。スィンチャオ、ブライ」

「スィンチャオ、健二さん。今日からよろしくお願いしまーす」

「ああ、よろしくな。ダオさんの車で行くから、一緒にきてくれる?」

「ふぉーい」


意外にも素直に返事をして、ブライが後をついてきた。

彼の髪は今日も反抗的に逆立っているが、態度自体はおとなしいものだ。


ブライを助手席に乗せてもらい、健二は後部座席のファシーノの隣に座った。

車が走り出すと、ファシーノが小さな声で聞いてきた。


「ちょっと健二、マコーミックのボンボンがどうしてここにいるのよ? ラナがなんか企んでるの?」

「いや……まぁ、ラナさんも関わっているといえばいえるのか?」

「もう、後で詳しいことを教えてよね」

「わかった」


朝っぱらから年下の秘書に叱られる社長。

今日も長い一日になりそうだ。



会社では、ファシーノは昨日に引き続き、新人研修にいってもらった。ブライは部屋の隅に座らせて、健二の仕事を見ていてもらうことにした。

健二はラージンが率いる文具メンバーとの会議だ。


「社長、さきほど提出した報告書にも書きましたが、オウ会頭から事前に聞いていた特殊なボールペンや修正テープの研究開発はもうスタートしています。でも、何か既存の技術で作れるような新しい文具のアイデアはないですか? できたら販売や営業の連中を早めに動かしたいんですよ」


四角い顔をして柔道でもしているかのようなたくましい体格をしたラージン部長は、勇猛な見た目だけではなく仕事にも精力的に突進していくタイプらしい。

健二としても、会社の経理経営のことを考えると、早めに利益を確保したいところだ。

そのためいくつか考えていた案を皆で検討してもらうことにした。


「僕は昨日、そこの駅の文具コーナーを偵察しただけだから、この国にすでにある物なのかもしれないんですが、三つほど思いつく製品があったので、売れるものかどうか皆で意見を交わして欲しいと思います」

「わかりました」


「最初はハサミです」

「は?」

「社長、さすがにハサミはあります」


健二の異世界のアイデアを待ち構えていたメンバーは、肩透かしを食らったようで互いに微妙な顔を交わし合った。


「普通のハサミではないんですよ。ペンと同じくらいの大きさに収まる形にするんです。ちょっとこれを見てください」


健二がラフスケッチをした、2パターンのペン型ハサミの図面を見て、若い女の子が一人喜んだ。


「わー、この大きさならバッグに入れて持ち歩けますね!」


ラージンは何を喜んでいるのかわからなかったらしく、その子に問いかけた。


「普通のハサミだってバッグに入るだろう」

「もう部長、そんなのオシャレじゃないですよ。カバンの中に武器を持ってるみたいで怖いじゃないですか」

「それなら持ち歩かなければいいだろう」


ラージンの粗野な考えに、その子はチッチッと指を横に揺らした。


「服の糸のほつれが気になることもありますし、何かの袋の口を開ける時にハサミが手元にあると便利なんです。爪の手入れを気にしている女性なんかには、ウケると思いますよ。私の場合、店で服を買って、すぐにタグを切り取れるのがいいなと思います」

「私もペン型はいいと思います。口紅なんかと形状が似てますし、バッグに入れていても違和感がないです」


女性陣には好評のようだ。

健二は自分の経験や聞いたことを話してみることにした。


「僕の場合は教師をしていたから、ペンやハサミはよく使っていたんです。普通のハサミだと特別に持ち歩かなくてはならないけど、ペン型にしているとボールペンと並べて服の胸ポケットにさしておけるんですよ」


その意見には男性陣も頷いた。

男というものはたいてい何でも服のポケットに突っ込む生き物だ、わかりやすい例えだったのだろう。


「それにこれは聞いた話なんだけど、旅行の団体客が乗ったバス(セーカック)がある日、水害にあって濁流の中で孤立してしまったそうです。水かさが増してくるので、皆で窓から出てバスの屋根に避難したんだけど、そこで水に落ちないように、皆でつかまった命綱が、バスの窓にかけられていたカーテンを利用したものだったんですよ。カーテンを裂いて命綱を作る時に活躍したのが、旅行客たちがそれぞれカバンに入れていたこういう持ち運び用のハサミだったらしいです」

「へぇー」

「まぁこんな究極の使い方はそうそうないけれど、普段、持ち歩かないハサミを気軽にカバンに入れられるようになるという点では、お勧めのデザインなんですよ」


「それに細めの筆箱にも入れやすそうですね」

「それです!」


次に健二は『自立する筆箱』について話すことにした。


この立つ筆箱には全員が驚いた。

横にして使うものを立てる。

ちょっとした発想の転換で、まったく別の可能性を秘めてくる。

机にも筆立ての代わりにそのまま筆箱を立てて置けるし、よく絵を描く人は色鉛筆やカラーペンを種類別に入れて置ける。

何より中に入っている文具が格段に取り出しやすそうだと大好評だった。


後は付箋のデザインについて健二が話すと、文具デザイナーの面々は目から鱗が落ちたような顔をしていた。

ハートや動物や星の形だけではなく、イケメンが癒しの言葉をかけてくれたり、美女が会社の連絡をくれたりするものなども好評だった。

この世界の流行に合わせて、もっと遊べばいいと健二が言うと、メンバー全員の目が輝きだした。



そんな会議をそばで見ていたブライは、健二が書いた文具の図面が気になったのか、だんだん近づいてきて最後には高身長を生かして皆の後ろから覗き込んでいた。


健二とラージン部長はその様子を見て、二人でこっそりと笑い合った。


若い者には文具は身近なツールだからな。

こういうデザインや流行りは、十代の学生や若い女の子の方が敏感だ。

彼がチームに入ってくれるのなら、どちらにとってもいい結果が出るんじゃないかな。

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