スティショナリー計画
秘書のタカオさんが健二に手渡したのは、文具の企画販売計画書だった。
販売といっても研究開発も手がけるらしい。明日には以前オウさんが言っていたラビット社のラージン企画部長が何人かの部下を引き連れて移籍してくるそうだ。
へー、やることが早いな。
「それで社長、今日中には社名を決めてもらわなくてはなりません」
「それは僕が決めていいの?」
「はい、もちろん社長が決めるべきだと思います」
そうか、それならベタだけど考えていたやつにしようかな。
「じゃあ、アースジャパンでお願いします」
「アースジャパンですか……ちなみに、どういった意味なのかお聞きしてもいいですか?」
「アースは僕のいた星の名前で、ジャパンは住んでいた国の名前なんですよ。こちらの言い方だとロウナ・バンナムっていう並びになるかな?」
「なるほど、それはいいですね。オウ会頭が最初に考えられていた、この会社の発信する異世界のアイデアを世界中に広めるという経営理念にも即していると思います」
タカオさんの賛同も得たので、会社名はすんなりと決まった。
次に、会社の総務の仕事を皮切りに、人事、経理、営業、製造、運送、販売などの組織のことや、休日、健康診断、社員食堂といったような福利厚生のことを聞いてみると、タカオさんにひどく驚かれた。
「社長は、会社経営は初めてだと聞いていましたが、そんな変わったアイデアをどこで覚えられたんですか?」
「え? 変わった考え方なんですか?」
「そうですねぇ。この国にも、似通った部署はあります。ですが最後におっしゃった福利厚生の意識は企業の経営形態の中にありません」
「休日も?!」
「ああ、それはあります。でも会社が決めているというより、国民の権利としての休日になります。国の祝祭日以外にはトゥーバイ、チューニャッの二日間ですが、これって社長がいらっしゃったウジャの町も同じですよね?」
「ええ、それはそうなんですが……」
健二としては、調査を受けている場所が町役場だから、国の休みに準拠しているだけだと思っていた。
でも一般企業に自社カレンダーがないのか……これは、ちょっと驚きかも。
日本では企業が勝手に休日を決めていたから、うちの父親なんて祝祭日も仕事をしてたもんな。
権利としての休日か……
あたりまえといっちゃあたりまえなんだけど、それができないで、ブラック、社畜とブツブツ言いながらも働き続けている人がほとんどだ。日本の人たちって、ある意味、素直すぎるのかも。
ほぼタカオさんとのミーティングで一日の仕事が終わると、健二は朝乗ってきた高級車ではなく、近くの駅から電車でフロイデの町まで帰ってみることにした。
この国の常識をもっと肌で感じなければ、どのような異世界のアイデアが求められているのかわからないと思ったのだ。
ファシーノはタカオさんの部下から新人研修を受けていたらしいが、朝、言っていたように買い物をした後で帰るというので、健二はお先に独りで退社した。
会社があるビルを出てから、ブラブラと街中を歩いてみる。
車やバイクはたくさん走っているけれど、アライン燃料を使っているためか、空気は田舎にいた時とそう変わらない爽やかなものだ。
空気清浄機は必要なさそうだな。
駅ビルの中に文具売り場があったので、明日やってくるラージンさんたちとの話し合いの前に、ちょっと敵情視察をすませておくことにした。
売り場に並べられている商品は、なんとなくひと時代前の『昭和』な感じがした。
基本の文具は揃っているし、ファンシーグッズもちらほらと見られるものの、ちょっとデザイン性が低いような気がする。『平成』の時代に育った健二たちが日常的に親しんでいたエスプリの効いた面白グッズは皆無だった。
そして健二がオウさんに話した、消せるボールペンや最後まで芯が使えるシャーペン、修正テープやテープのりなどの新しい技術を必要とするものは、まだ産み出されていないようだった。
そうしてみれば日本人の工夫や開発力ってすごいな。
海外旅行をした時にも思ったけど、日本ほど文具が発達している国は他にないような気がする。
だいたいの方向性が見えてきたので、健二は食品売り場を物色して帰ることにした。
ここはすごかった。
まず、調味料の数がケタ違いに多い!
田舎のウジャの町にはこんなにたくさんのシーズニングはなかった。
それにチーズやハムなどの種類も半端なかった。
こうなると、飲みたくなってくる。生ハムに、カマンベールチーズと、ピクルス、それにフランスパンっぽい硬めの食感のパンを買って帰って、一杯やるかな。
酒はもちろん、ワインでしょう!
ウキウキと買い物を楽しんだ健二は、快速電車に揺られてフロイデの町まで帰ってきた。
駅を出ると、肌寒さを感じた。
どうやら北の首都は秋の深まりも早いらしい。
セーオム乗り場に歩いて行くと、健二の方をじっと見ている男がいた。
……彼か。
「健二さん、ちょっと話があるんだけど……いい?」
どうも厄介ごとのにおいがする。
健二は仕方がなく頷きながら、彼のもとへ歩いて行った。




