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会社

ファシーノが健二の秘書になったのは、ほんの何十分か前らしい。


「パーティに出てたら急にパパに呼び出されるんだもの、まいっちゃったわ~」


マクベイさんが、健二がバーバルを使えないらしいということをオウさんに報告したので、連絡要員として雇われたようだとファシーノは言っていた。

確かに家の敷地内に秘書が住んでいれば、連絡しやすいというのはわかる。それに娘なので、オウさんにとっては無理が言いやすかったのだろう。



「それは、すみませんでした」

「もうっ、健二はすぐに謝り過ぎよ。これもあなたのせいじゃないでしょ? パパったら、健二がバーバルを使えないことを忘れてたらしいの。大企業の経営者のくせに、意外と抜けたところがあるのよねー」


世界規模でグループ展開しているジェニインダストリーの会頭でも、娘にかかったらただのうっかり者の父親になってしまう。


ファシーノは人差し指で顎を叩いて何か考えていた。


「それはそうと、バーバルが使えないと不便じゃない? んー、そういえば急行のランチの注文はどうしたの? あれって、バーバル画面になってると思うけど」


あ、そういえばそうだな。

以前、地球で乗った飛行機で使ったタブレットの記憶があったから、なんとも思わずに操作したけど、注文はできてるみたいだった。個人が持っているバーバルとは違う機能だったんだろうか?


「昼食の注文をするのには、差し支えなかったようです」

「ふうーん、まぁいいか。それより健二、言葉遣いが硬いわよ。あなたは、わたしよりも5歳も年上なんだから、年下の部下にそんなに丁寧にしゃべらなくてもいいわよ」

「……はぁ」


それを言うなら、自分はどうなんだ?

初対面の上司にこの言い方。先が思いやられるよ。


この遠慮のないファシーノの勢いに押され気味の健二は、ただ苦笑するしかなかった。




翌日、健二はファシーノと一緒に黒塗りの高級車に乗って、会社があるという南区に向かっていた。


この車専門の運転手さんがいるらしく「ダオといいます。よろしくお願いします」と挨拶された。

ダオさんの運転はさすがにスムーズで、朝のフロイデの町をなんなく走り抜けると、たくさんの車がスピードをあげて走っている高速道路に入っていった。



片側が10車線もある広い高速道路が、もうずっと続いている。フリーウェイになっているらしく、料金所のようなところもない。

30分は走っただろうか。高速道路を下り、河口の橋を渡ると、そこは高層ビルが立ち並ぶベイエリアになっていた。


「ビルがある……」


思わず健二が口にした独り言が聞こえていたのだろう、隣に座っていたファシーノがクスリと笑った。


「田舎の町とは違うでしょ? 南区はちょっと前に再開発されたばかりだから、どのビルも比較的新しいの」

「そうなんだね。僕たちの会社も、ビルの一角にあるの?」

「ええ。セザン・モーイビルの上層階を10階ほど借りたって言ってたわ。自社ビルを建てるのには時間がかかるから、しばらくは借り暮らしでも仕方がないわね。でもセザン・モーイの下3階はデパートになってるから便利よ。あそこにはブランド店も入ってるから、今日、帰りに寄ってみようかしら」

「……」


ファシーノがサラッと10階ほど借りたって言ったけど、マジですか?

これ、最初から赤字経営じゃね?


新しい(モーイ)という形容詞が付いているので、地球風に言うと「ニューセザン」ビルという名前なんだろう。健二の会社が入っているというビルは、(ガー)にほど近い一等地に建っていた。

車は大通りから一本入った裏通りを進み、緑の植栽がほどこされたビルの玄関前に止まった。

どうやら表通りにあるデパートの入り口と他のオフィスの出入り口は、分かれているらしい。


高速エレベーターで59階まで上がると、そこでは瘦せ気味の壮年の男性が健二たちを待ち受けていた。

その男性は穏やかな表情で軽く頭を下げると、二人の側へやって来た。

この人が、オウさんの右腕と言われている人なんだろうか? 思っていたよりも、腰の低そうな印象を受ける。


「スィンチャオ、神谷社長。私、この度、社長秘書をすることになりましたタカオと申します。よろしくお願いいたします」


へぇ、やっぱりこの人がタカオさんか。

よかった、話しやすそうな人だな。


「スィンチャオ、タカオさん。こちらこそよろしくお願いします。初めてのことばかりなので、お手数をおかけすると思いますが、ご指導ください」

「タカオおじ様、これをパパから預ってきたの、ハイ」


健二がタカオさんに挨拶していると、ファシーノが横から茶封筒を差し出してきた。


「お嬢様~、会社ではタカオさんでお願いいたします。それにお父様のことも、人前ではオウ会頭と呼ぶようにしてください」

「えー、今は三人だけだからいいじゃない」

「ファシーノさん!」


タカオさんの低くなった声に、ファシーノも不満顔をしながら仕方なく頷いた。

やれやれ、経営にはど素人で宇宙人の俺に、社会人としては新人のファシーノ。タカオさんも大変な役目を引き受けてしまったと思ってるだろうな。




案内された社長室には、健二とタカオさんの机が鉤の手になるように配置されていた。

いよいよ今日から起業家に向けての仕事がスタートする。


健二は、ワクワクしてくる気持ちを抑えきれなかった。

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