守護霊
シランさんは、健二の守護霊だった。
異界渡りをしてしまった健二のことを心配して、あの世にいた祖母が階層の守り人に、守護霊の変更を頼んでくれたそうだ。
地球で生活をしていた時には、江戸時代にお城で料理方の役人をしていた人物が健二の守護をしてくれていたらしい。その人は男性で、知識や経験も豊富な人物だったそうだが、このロウナ星で生きた経験がなかったため、女性ではあるがシランさんに白羽の矢がたったのだと説明された。
「偶然とはいえ、うちの孫が健二に接触した時には驚いたわ。それに住む場所がこの家だなんてねぇ」
おばあさんは、感に堪えないといった風情で、部屋の様子を眺めていた。
「ということは、この世界にやってきてからずっとシランさんが見守ってくれていたんですね」
「ええ。でもフロイデ駅に着いてから、あまりに懐かしくて一足お先に、こっちの家に飛んできちゃったの。駅からここまではマクベイの車で来たの?」
「いえ、セーオムできました。そういえば……つかぬことをお聞きしますが、ラナさんという方がこちらにいらっしゃいますか?」
「ラナ? 生まれたばかりの曾孫がそんな名前だったけど。そういえば孫が年寄りになってるんだから、曾孫も大きくなっているんでしょうね」
「曾孫……ということは、オウさんの娘さんか」
「次女ね。長男がスクレといって、可愛かったけど、線が細くて内向的な子だったわ。学校にあがったばかりの時に、飛び級を打診されていたから、頭が良かったのね。長女はファシーノという名前。彼女は兄とは違ってお茶目で、人を笑わせるばかりしてたの。クルクルの巻き毛をよく三つ編みにしてやってたのよ。どんな女性になっているのかしらね」
へえ~、オウさんには子どもが三人いるのか。
そしてラナという子が、あのセーオムタクシーの兄ちゃんとたぶん知り合いなんだろうな。
「私が健二の目に見えるのは、この家に私のエネルギー体のようなものが微かに残っていたからだと思うの。普通は霊感でもないと守護霊とは話ができないものなのよ」
「ああ、そういうことだったんですか」
「ええ、だから健二はこれまで通り、私はいないものとして生活してちょうだい。ふふ、私の分までアイスティーを入れてくれたのね、ありがとう。でも霊になるとそういう物質的なものはいらなくなるのよ。食べるものも自分の分だけを用意すればいいわ」
「わかりました」
「じゃあ、私は消えるわね」
そう言って、おばあさんは溶けるように、フワリと空気の中に消えていった。
「あ……」
懐かしい匂いはまだ近くに漂ってはいたが、目の前に実像がないとおばあさんの存在を感じられない。
健二は目を閉じて、シランさんと岸蔵のおばあちゃん、二人の姿を頭の中で思い描いた。
ふぅ~、見守ってくれていたのか……
誰も知り合いがいない世界に迷い込み、寂しさを抑えて孤軍奮闘して来たこの半年間。
どこかで応援してくれている身内がいるということがわかっただけでも心強いものがある。
「ありがとう」
健二は二人のおばあさんにお礼を言って、椅子から立ち上がった。
さて、すぐに使うものだけでも片付けておくか。
健二は現実の世界に立ち戻って、忙しく動き始めた。
服や日用品をざっと片付けた後、ストックしていた食料品のダンボールを持ってダイニングキッチンにやってきた健二は、そのまま夕食を食べることにした。
座ったまま、窓から東と南、両方の景観が楽しめるダイニングテーブルは、六人ぐらいが座れるようになっている広いつくりだ。
「ずっと狭い戸建てアパートに住んでたから、なんか落ち着かないなぁ」
テーブルの隅に座って買ってきていた弁当を広げた健二は、サバの切り身を一口食べて、ちょっと生ぬるいビールをグイッとあおった。
「あー、美味い! 腹が減ってたから、弁当でも美味いわ」
キュウリの漬物をボリボリとかじっていると、玄関のチャイムが鳴った。
お客さん?
あ、オウさんか。
そういえばマクベイさんが言ってたな。
健二が玄関の戸を開けると、そこには真っ赤な煽情的な服を着た、若い女性が立っていた。
癖っ毛のある黒い髪が華やかに顔の周りを取り囲んでいる。目は大きく見開かれていて、背が高い健二を興味深そうに見上げていた。
「スィンチャオ、ケンジ!」
「はぁ、スィンチャオ……」
誰だ、この人?
「自己紹介するわね。私はファシーノ、オウの長女よ」
ああ、さっきシランさんが言っていた面白い方の曾孫さんか。
「あ、私は神谷健二と申します。今日からこちらでお世話になります。よろしくお願いいたします」
健二が頭を下げると、ファシーノはケラケラと笑い出した。
「やだ、ケンジってお兄様みたい。真面目なのねー」
そうかい、このくらいの挨拶は社会人の常識だろ。
ファシーノがオウからのメッセージを持って来たというので、ダイニングキッチンに入ってもらって、アイスティーをだした。
ファシーノは椅子に座ったままキョロキョロと部屋の中を見回している。
「クリーニングサービスが入っていたから覚悟してたけど、おばあさまのインテリアじゃなくなってる」
「すみません」
「まぁ、あなたが謝ることじゃないわ。おばあさまが亡くなってからもう17年も経つんだもの、仕方がないことよ。えっとね、ほらこれを読んで!」
ファシーノが自分のバーバルを取り出して、健二の方に画面を見せてきた。
そこには歓迎の言葉と、長く留守をしていたので会社の仕事が終わらないこと、挨拶をできないことを謝罪する文が並んでいた。
「読めるの?」
「ええ、よくわかりました。ありがとうございます」
「へぇ、宇宙人は頭がいいのね。明日の予定も送ってきてたわ」
次のページを開いたファシーノは、自分も一緒に会社まで行くので、心配はいらないと言ってきた。
「ここには、もう新しい会社が用意できていると書いてありますが、ファシーノさんもその会社の社員ということなんですか?」
「ええ、そうよ」
健二が驚いていると、ファシーノは背筋を伸ばしてあらたまった顔をし、爆弾発言をした。
「わたくし、この度、秘書の一人に抜擢されました。よろしくお願いいたしますわ、社長」
「ひ……秘書?」
「ええ。もう一人はタカオさんっていって、お父様の右腕よ。難しいことは彼に聞いてね」
え? じゃあファシーノは難しくない仕事の担当なのだろうか??
彼女を自分の担当秘書にした、オウさんの真意を問いただしたい健二だった。




