鼈甲の欠片
月影に二つの剣が怪しく光る。
城のほうから足音が近づく。
「陛下。」
落ち着いた声でとがめる口調の宰相の声が月夜に響いた。
「黙れ。」
後ろを振り返らずにリュミエールが鋭い言葉で返事をした。
リュミエールの言葉に宰相は足を止めた。
「いいのですか?」
カエ伯爵が問いかける。
「俺が相手をしてやるといったからな。」
尊大な口調でリュミエールは言いきり、剣先を改めてカエ伯爵の咽に狙いを定める。
ゆっくりとした歩調で二人は近づき、銀色の美しい光が金属音とともに合わさり始める。
「どうしてとめないのですか?」
ロザリアは宰相に詰め寄り、当たり前の質問をする。
「お子様ですからね、決めたことを覆すことは難しいのですよ。」
そう宰相は肩をすくめた。
「王が危険にさらされても?」
「危険ね。確かに。」
宰相がうなづいた。
リュミエールの服も少しずつ剣で裂かれ、腕と顔にうっすらと血が滲んでいた。
「死ぬようなまねはさせませんよ。」
そう宰相は言うとロザリアを自分の背後に下がらせる。
「では、私が誰か呼んで参ります。」
そう踵を返そうとすると、宰相がロザリアの手をつかみ自分の背後に下がらせた。
「甘いお姫様はみなくて結構。」
そして、自分の背中でリュミエールの姿を見えないように隠す。
ロザリアは思わず下唇をかむ。
剣の打ち合う音が月夜に響く。
ロザリアは宰相の言葉には答えず、背後の隙間からリュミエールとカエ伯爵の動きを見つめる。
鍛え抜かれた筋肉を生かして、リュミエールの力強い剣がカエ伯爵に向かって何度も振り下ろされる。
それを、壮年の男性とは思えないほどの敏捷さでカエ伯爵はリュミエールの攻撃を捌く。
二人とも激しい動きを繰り返しているはずなのに、呼吸を荒げる様子はなかった。
「まだ腕は衰えていないようですね。」
剣を合わせる二人の動きを見ながら、宰相はため息をつく。
「まだ?」
ロザリアが問いかける。
「もともと陛下の指南役でしたから、彼は…それが仮の伯爵になり、役を得て登城するようになって変わっていった。」
どこか遠いところを見るように、まるで本を読むような淡々とした口調で宰相は続ける。
「それが陛下の母上と会われて、変わっていったはずなのに。」
あからさまなため息をつく。
「欲とは怖いものですね。」
宰相の口調に『どうして。』と声をかけることが何故かロザリアにはできなかった。
少しずつ二人の息遣いが聞こえるようになってくる。
そして-
数度リュミエールとカエ伯爵が剣を合わせた後、二人はゆっくりと間合いを取り出す。
一歩…
二歩…
「次で決まりますね。」
ただ立って静かに見ていた宰相も、腰に下げていた短剣に手をやった。
「陛下が倒れれば…自分の命の重さも分からないお子様にはお仕置きが必要ですね。」
月影に二人に何度も踏まれ、粉々になった鼈甲の髪飾りが、無機質にきらめいていた。




