壊れた飴
捕まる。
そう思ったロザリアは思わず髪につけていた、鼈甲の髪飾りをカエ伯爵に投げつけた。
鼈甲の髪飾りは迷うことなく真っ直ぐカエ伯爵の瞳を狙って進んでいくが、カエ伯爵は驚いた様子もなく剣先で鼈甲の髪飾りを捕らえ、芝生の上に落とす。
「往生際が悪いのか、並みの姫ではないと驚くべきか?」
そして足で踏むと、鼈甲の髪飾りが軽い音を立て破片となる。
剣先で鼈甲の破片を軽く触る。
冷たい音が静かな闇の中に響く。
「どちらだと思いますか?」
ロザリアはカエ伯爵の問いかけを無視した。
きっと時間を稼げば、寵妃である自分を探しに誰かがやってくる…それまで時間を稼げば…
「時間稼ぎですか。」
ロザリアの心のうちを見透かしたようにカエ伯爵が言った。
「もったいないですね。」
ゆっくりと壊れた鼈甲の破片をカエ伯爵が片手に取り、月影にかざす。
「美しい色ですね。」
半透明の褐色をした鼈甲に月影が当たる。
黄色が強い鼈甲が、月影にあたり赤みを強く輝かせる。
剣を下ろしたカエ伯爵の頬に、鼈甲の破片から光あたり、まるで血が付いている錯覚を起こさせる。
「人が焦がれる美しさ…貴方の好きなお菓子でさえ、似せたものをつくるほどに…。」
咽の奥で笑いにならない声を出す。
「鼈甲飴のことを言っているのか、こんな時に面白いな。」
背後でお芝居のように拍手をする音が聞こえる。
カエ伯爵がその気になればロザリアを捕らえられる距離にいるのに、カエ伯爵は動かなかった。
興味をなくしたように壊れた鼈甲の髪飾りを捨てた。
芝生の上に鼈甲の破片が音も立てず落ちる。
「タイミングのいいことで、陛下。」
そういって優雅に腰を折り、形のいい唇に弧を浮かべる。
「白々しいな。」
「お互い様ですね。」
カエ伯爵は肩をすくめた。
「寵妃がいなくなった、探すのは当たり前だ。」
リュミエールはロザリアの腕をつかみ、自分の後ろに移動させる。
「利口なお前の事だ、足がついたのは分かっていたのだろう。」
「ええ。」
「どうして留まった。」
「消えようと思いましたよ、けれど…久しぶりに前国王に会えるかと思うとね。足が動かなくなりました。」
リュミエールの眉がピクリと動く。
「親父に?」
「ええ、王妃がいなくなった程度で王位を降りた王にね、一度お会いしたくて。」
「牢で会うか。」
カエ伯爵は片手に持っていた剣を再び挙げた。
玩具ではない鈍い光が、月光を受ける。
「それよりも、貴方と手合わせするほうが楽しそうだ。」
カエ伯爵は不気味に微笑んだ。
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