舞踏会のお菓子は、なにかしら
来てほしくないと思う日は早く来る。
リュミエールの訪問は途切れることはなく、毎朝の小さな贈り物も途切れることもなく、全てがいつもどおりの朝だった。
「姫様、いよいよ今日でございますね。」
「そうね。」
軽くマリアの言葉を流す。
今日は、あの人の妻となる人を見る。そして私のお役目は終わり。
そう思うと、明日からどうすればいいのかわからなかった。
「お父様、お母様に会いに行くのもいいわね。」
言いようのない胸の焦りに郷里の事をロザリアは口にした。
寵妃になる前は帰りたいとはよく思ったけれど、寂しいから帰りたいとは思わなかったのに…ロザリアはそう思うと思わずため息が出そうになる。
「会いにいけばいい。」
タイミングよくリュミエールが現れ言葉を返してくる。
名目だけとはいえ寵妃が『城を出たい』と発言をしたというのに、リュミエールは特に苛立った様子もなく、表情に変化さえ浮かばなかった。
そう、もう用はないということか。
ロザリアは思う。
「そうですわね。」
今日の晩餐会が終われば、暇を告げればきっと帰れる。
懐かしい国へ。
そう思うと沈んだ気持ちも軽くなる気がした。
「法要はいいのですか?」
あの大量の白い布から、どんな服ができるのかと思っていたが、すべての布は使われることはなかったらしい。
ドレープのきいたシャツに少し色の違う白いズボン、体に沿って数枚の薄い布を肩から腰に纏っていた。
リュミエールは面倒くさそうに肩からかけた薄い布を近くの椅子に放り投げた。
「ただの理由だ。」
そう言ってマリアに目配せをする。
マリアは嬉しそうにお尻を振りながら、小さな体に似合わない力強さで、大きな箱を持ってくる。
「今日は・・・最後だからな。俺が持ってきた。」
首をかしげる。
そういえば…今日の朝の贈り物は『待っていろ』と、かかれた手紙だった。
胸の焦りに気をとられて忘れていた。
「今日はこれをきて出席してほしい。」
箱から出されたのは、白を基調とした薄いピンク色のドレスだった。
運ぶためだけに箱に入れられたのか、皺ひとつついていない。
「汚れたらどうするんですか。」
「こんなときまで変なことを言うな。」
リュミエールはため息をついた。
「いいから、着てこい。サイズはマリアが直している。」
そう言って足早に出て行った。
王妃の法要後の舞踏会に、色が入っているとはいえ王族の喪を連想させる白いドレス。
近親者しかいないとはいえ、着ることをためらわれる色のドレス。
「姫様逃げられませんよ。」
着なくていい理由を言う前に、マリアは目を輝かせながらロザリアに襲い掛かっていた。
「姫様、素晴らしいです。」
着飾ったロザリアにいつも以上に鼻息を荒くしながらマリアはさけんでいた。
普段ならば動きにくいドレスにロザリアは興味なく、マリアの興奮する姿に辟易するだけのロザリアですら自分の出来栄えに目を見張った。
少し古風な肌を隠すドレスは、スカートは美しいドレープを描き、肌を隠すことでロザリアの整った体型を逆に美しさを際立たせていた。
白い生地は清楚さを、ピンクのオーガンジーや飾りは可憐さを。
綺麗に結いあげられた金の髪は光をはなっているようだった。
あの人が望む美しい姿で、私は終わってみせる。
ロザリアは、こぶしを思わず握り締めていた。
「陛下は?」
「先にいかれたようです」
王妃を紹介する席に側室と一緒に行く人間はいない。
握った拳から力が少し抜ける。
「お迎えにあがりました。」
ロザリアを迎えにきたのは宰相と女官長だった。
「お二人が来られなくても逃げませんよ。」
側室の出迎えにしては仰々しい人選にロザリアは嫌味を交えて口を開いた。
「それだけ貴方は重要なのです。」
女官長があきらめた口調で真面目に諭す。
「2年も忘れられていたのにね。」
「国政に全力を尽くしていらっしゃいましたからね。陛下は。」
宰相がエスコートするため腕を差し出す。
「気づかれていたら、夢中になられていましたよ…あの方は甘いものに目がないですからね。お子様ですよ。」
嫌味を宰相が流す。
「本当にお子様で、狙ったものは恐ろしいほど手に入れる。」
「皆さまお待ちかねです。」
女官長が態とらしく咳払いをする。
「ええ。」
側室として、寵姫として最後の場。
好きだと気がついてしまった今ではリュミエールのそばから離れるのは辛いけれど、周りに慰められるのも感傷に浸られるのも大嫌いだ。
それぐらいなら、やせ我慢といわれようとも美しい私の姿を見せつけてみせる。
もう一度ロザリアは拳を握った。
「参りましょう。」
ロザリアの一言で、恭しく扉を守る騎士達は頭を下げ扉を開いた。
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